GOD BREATH YOU
□Feeling
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「ただいまー! 麦茶チョーダイ!」
こんがりと日に焼けた美保が、けたたましい蝉の鳴き声と共に玄関から飛び込んできた。額を流れる汗もそのままに、蝉の脱け殻が詰まった虫籠と帽子をテーブルに置く。
「ぷはぁ! おー、おかえりヨシ坊」
キッチンに立っていた長男の手には、大きな麦茶の容器と空のコップ。
「麦茶はー?」
「ごめん。今飲んじゃった」
「えええーっ」
「でも昨日兄ちゃんが買っておいたアイスならあるんだけどなー?」
「アイス!? やったあ!」
「ジャジャーン! ……あれ?」
「アイスはー?」
「おっかしーな。昨日ここに入れたはずだぞ」
「ふお? イホおはえひー」
冷凍室の引き出しをガサゴソと探す二人の背後に、夜勤明けで寝ていたはずの三男が顔を出した。口からは棒付きの涼しげな水色が覗いている。
「あ、アイス」
「ん? コレか? なかなか旨えぞ。えーと、ハチミツソーダバーだってさ」
シャクシャクとアイスを噛み砕き、三男は右手に持っていた空き箱の商品名を偉そうに読み上げた。
「お前それ全部食ったのか!?」
「俺が1本や2本で満足するわけねーだろ」
「兄ちゃんアイスぅ」
美保が情けない声を出す。
「あー、ゴメンなヨシ坊。兄ちゃんまた明日買ってきてやるから、な?」
「……ふぅっ、ぅうえええええええん! あいすぅうう」
喉をカラカラにして帰宅してみれば麦茶が飲めず、期待したアイスもお預けにされ、美保は泣き出した。かすれた声に悲愴感が滲む。
「わーゴメンゴメン! アイスくらいで泣くなよミホ。ホラ、残り食うか?」
「うぎゃああああ! ぢいにいのばがー! はげー!」
「禿げてねえよ!?」
「ふわあああああん! あいすぅー!」
「今すぐアイス買ってこい禿げ!」
「禿げてねえから!!」
「見えたぞヨシュアス。あれがアダメラの街だ」
ウォルドンを出発して一月が経ち、ローマンドに入国してからは十日が経過していた。果てなく続くかと思われた荒れ野が終わり、馬車は漸く砂漠の入口へ到着した。
「はげ……ほえ?」
寝起きの美保を抱え、ドノヴァンは馬車の窓を大きく開け放った。薄暗い車内から美保の目に飛び込んだのは、荒野の黄色い土と白い砂の境界上にそびえる土壁。目の覚めるような青銅色に塗られた四角い建物の四隅の尖塔には、三角の黄色い旗が風になびいている。
「どこが、まち?」
「あの青い建物の中全部がアダメラの街なんだよ。砂漠を横断する商人達の重要な補給基地だ」
「ふーん」
砂対策として開口部の少ない高い壁にぐるりと囲まれたその中に、住居や店舗、病院に学校に神殿と、生活のすべてが迷路のように混在している。補給基地と同時に国家防衛の拠点でもあり、駐留する多くの兵士でアダメラは常に活気に溢れていた。
「あの中に何千人もの人が住んでいるそうだぞ」
「メルデの人口が2万人ほどですから、それを考えると恐ろしい数字でございますね」
「なんでもいいかだ、はやくおりたいよ」
ローマンド入国と同時に乗り換えた大型の箱馬車には座席がなく、その分空いた空間に座布団や毛布を重ねて横になれるのは良かったが、整備された巡礼用の道と言えども小石や窪みで車体が何度も跳ね、とても快適と言える旅ではなかった。
「もう少しのご辛抱ですよ神子様。その前に、こちらをお召しください」
苦笑するマクエルベスの手には、見覚えのあるベールと銀冠が乗せられている。
「このあちゅいのに。はいはい、かぶりますよー」
ブツブツと文句を溢す美保に、マクエルベスが顔を隠すベールと銀冠を被せた。ドノヴァンも準礼装に着替え、身支度を終えている。
「お部屋に着いたら何か冷たい物を頂きましょうね」
「あ、うん」
一瞬アイスを連想して目を輝かせた美保だが、直ぐににそれは無いと気付き肩を落としたのだった。