駄文(妄想ver)

□ビーナス可愛いよアテナ
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しかし、いまや
決心が少しぐらついていた。
ビーナス氏は寝床のなかで
ぶつぶつ言った。

なにも、そう急にやめることはない。
禁煙するか、しないかは、
もう一本吸いながら改めて検討する
ことにしよう。長い間
つきあってきたタバコに、
お別れのキスぐらいしなくては悪い。

猫が奇怪なものを見るような
目付きで彼を見つめている。
ビーナス氏は自分に理屈を
言い聞かせ、ふたたび枕元に
手を伸ばした。

だが、手にはなにも触れなかった。
彼は身を起こし、激しく瞬きした。

眠る前にあったはずの灰皿、
タバコの箱、ライターが
なくなっていたのだ。

彼は目をこすったが、
タバコのないことに
変わりはなかった。また、
自分をつねってみるとたしかに痛かった。


ははあ、禁煙を実行させるために、
アテナがどこかに隠したな。

しかし、昨夜の手前もあり、
また元日の朝から妻の機嫌を損ねるのも
感心しないことなので、
ビーナス氏は猫をどけて起き上がり、
顔を洗って食卓についた。

――妻の作ってくれた食事はいつも
通り美味しかった。
幸せな気分で食事を終え、
年賀状を一通り読んだ。
そしてストーブ側の椅子で
新聞を読みはじめ、
猫をごろごろと撫でる頃になると

……タバコへの欲求が、
再び攻め寄せてきた。

ストーブの中ではこうこうと
マキが燃えている。見ていると
タバコへの情熱も湧きあがって
くるように思えて、たまらず
彼は妻に言った。

「昨日はああ言うたけど、
一本くらい勘弁して。」

「一本って…なんのこと?」
妻は驚いたように聞き返す。
「いや、あの、その、タバコ……」
「タバコ?なにそれ、また
外国の可愛ええ子役の子?」
妻は呆れたように笑った。
いつものことだったし、彼は
この笑顔が大好きなのだ。

「たのむ。吸わせてくれ。ぼくのために
してくれたんと思うんやけど、
タバコを吸うことは罪じゃない!
いっけん意味もないように思えることも
みんなに意味があって尊いんやって。
それより本当に罪深いんは
石原だわ、あいつは妙な偏見ばっか
持っとるし政治家としては最悪やし、
なんで東京市民はあいつをやめさせへんの
かな、ぼくが思うに石原の……」
「分かった、もう分かったよ
ビーナスさん!」
叫ぶように妻は言った。

「でも、タバコってほんと
なんなん?ビーナスさんのために
タバコは出したいけど、タバコなんて
うちにはないやんか。」
「アテナ、いい加減芝居はやめよ、
ライターで火をつけて吸って、
灰皿に捨てる……あれや。」
ビーナス氏はジェスチャーを
交えながら妻に説明する。

「ライターは分かるけど灰皿って…?」
妻の表情をながめ、ビーナス氏は
首をかしげた。結婚して数十年、
隠し事があれば大体の察しがつく。
しかし、いまの彼女の態度は
本心からのように見えた。
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