短編集
□ファーストコンタクト
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どうやら、私は恋というものをしているらしいです。
"らしい"と言うのは、イマイチ恋というものを理解していないから…なんですけど。
恋?なにそれおいしいの?状態なんですよ。
ちなみに私の感情を教えてくれた友人はニヤニヤしながら私の恋愛事情について興味を示しています。
…不本意ながら、どうやら私の感情というのは強情で、一度胸が高鳴ってしまえばなかなか収まってくれません。
どうしてくれよう、この高鳴り。
はい、ドキドキドキドキいってます。
うるさいです。
心臓が飛び出ちゃうんじゃないでしょうか。
「……」
原因は、校舎裏にある巨木に凭れて寝ていたこの人にあります。
嘘です。
この人に恋とやらをしてしまった私に原因があります。
簡単に説明すると、寝ていた彼───越前リョーマ君の脚に躓いてしまい、盛大にこけたというのが今の現状です。
穴があったら入りたい。
「…随分派手にころんだけど、へーき?」
「うぁ!だ、大丈夫です。お心遣い、痛み入ります」
会話終了。
なんですか、うぁ!って。
ああ、誰か今すぐ数百メートルくらい穴を掘って私を埋めてください。
「…アンタ、たしか隣のクラスの……葉桜、だったよね」
ああ、信じられますか。
接点などほとんど皆無といって言い私の名前(苗字だけど)を覚えててくださったようです。
「あ、はい、そうですけど…」
「…突っ立ってないで、座ったら?」
「え、あ、あの、失礼します」
越前君は座っていたすぐ隣をポンポン、と叩き、私に座るスペースを開けてくださりました。
…いい人だと思います。
座った所で何をすればいいかわからない私は、もぞもぞと体を動かしました。
「ぷっ」
越前君が吹きだし、口元を抑えて肩を振るわせ始めました。
…笑いを堪えているようです。
「……いっそのこと、盛大に笑ってください」
「ク、ククク…っあ、んた、おもろい…っ」
途切れ途切れに笑いを含みながら、越前君が言いました。
笑いを堪えすぎてか、目尻にうっすらと膜を浮かべています。
「あの…越前君?」
「ククク…っ」
必死に笑いを堪えながら、越前君は「何?」と聞いてきます。
未だに目尻に膜をはったままです。
…端整な顔立ちをしている人は、何をしても絵になりますね。
「あの、先程は失礼しました。死角になっていたのか、越前君に気がつかなかったようで…」
「ふーん。まぁ、本読みながらだったら死角も増えるんじゃない?」
…アハ。
実は、越前君に躓いて盛大に転んだとき、私の手には本が握られていたんです。
訂正します、今も本は手の中にあります。
「ねぇ、葉桜」
「はいっ」
「アンタもしかして…俺の事、好き?」
ニヤリ、と不敵な笑みを浮かべて越前君が言いました。
私は一瞬、キョトンとしてしまいました。
目を瞬かせていると、「あれ、違った」と越前君が小さく呟きました。
「あ、いえいえ、違いません。当たってます」
「…ふつー、そんな簡単に言わないでしょ」
「そういうものですか?何分、恋愛経験というものは皆無に近いですので」
そういえば、越前君は納得したように頷きます。
「ま、これから知ってきゃいいんじゃない?」
「そうですね。そのつもりです」
「よろしくね、澪」
「あ、はい。宜しくお願いします」
軽く頭を下げてから、ふと思いました。
…何を宜しくするのでしょうか。
あと、ナチュラルに名前呼びに変わっている気がします。
顔をあげた瞬間、越前君のドアップがありました。
そして、額にぬくもりとチュッという音が同時にします。
「?」
「やっぱ、アンタっておもしろいよね…」
越前君は、そういって優しげに微笑みました。
「それ、やるよ」
越前君は立ち上がった後、私に何かを投げてきました。
何とかキャッチに成功すると同時に掌に冷たさを感じます。
越前君が私に投げたものは、Fantaと描かれたジュースでした。
「じゃあね」
その声に顔をあげると、既に越前君はどこにもいませんでした。
「…不思議な人」
私は小さく呟き、先程いただいたジュースをプルタブをあけ、口に含みました。
炭酸独特のシュワシュワとした感触とほんのり広がるグレープの味。
気がつかないうちに、私の口角があがっていました。
ファーストコンタクト
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ちなみに額のぬくもり=でこチューです。
接点はほとんどないけど、たまたま見かけた夢主に興味があるリョーマ君、みたいな。
名前を知っているのは、きっと誰かに呼ばれているのを聞いたからです(笑)