短編集

□図書室にて
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ある日の事。

「越前君、その本はあそこの棚ね」

「ウィース」

青春学園中等部の図書室で、二人の男女が忙しそうに動き回っていた。
各々の手には数殺の本が乗せられており、本棚に入れたり整理をしたりしていた。

男子生徒の名前は、越前リョーマ。
女子生徒の名前は、葉桜澪。

二人は図書委員で、先輩後輩の仲である。
なぜ二人が本棚の整理をしているか。
それは、たまたま当番だった二人に、司書が会議を理由に整理を任せたからである。
根が真面目である澪は否応なくそれを了承し、リョーマが巻き込まれた、という次第だ。
この時間帯に人はほとんどおらず、窓の外から部活動に勤しむ生徒達の声が聞こえる。

「葉桜先輩、これは?」

「それは、そっちの棚」

「どーも」

澪は文学少女で、1年生の頃から図書室に入り浸っていたため図書室についてわからないことはないと豪語するほどだ。
司書が二人に任せたのも、澪がいるから、というのも確かに理由に含まれていた。

「んー…っ」

半分ほど終わったところで、澪が大きく伸びをした。
制服の裾が上げられ、僅かに白い腹部が見える。
一瞬、リョーマはチラリとそれを見てしまい慌てて顔をそらした。

「ちょっと休憩しよっか」

「…ウィース」

「?顔、赤いけど…大丈夫?」

「大丈夫っス」

原因が自分だとは気づかない澪が心配そうに聞く。
そんな澪に、思わずリョーマは溜息をついた。
何を隠そう、リョーマは以前から澪に好意を寄せているのだ。
いつから好きなのか、どこが好きなのかはよくわからない。
気がつけば目で追っていて、気がつけば好きという感情が確かにそこにあった。それだけだ。
最近気がついた感情に、戸惑いつつもリョーマはそれとなく澪に伝えようとしていた。
が、澪の稀有な鈍感さのせいで全くといっていいほど伝わっていない。

「…俺も、まだまだだね」

「何か言った?」

「なんでもないっスよ」

「そう?」

澪は特に追求することなく、本を開いた。
静寂が二人を包み込む。
澪にとって心地の良いそれは、リョーマにとってはソワソワとする原因でしかなかった。

もっと、声が聞きたい。
もっと、話していたい。
もっと、自分を見てもらいたい。
もっと、もっと、もっと。

リョーマの中で湧き出てくる感情に、呆れ、戸惑い、驚愕し、落ち込んだ。
先輩は自分のものなんかじゃないのに、独占欲だけが溢れ出る。
そんな自分がどうしようもなく醜く、滑稽で、哀れだった。

思考を断ち切るように息を吐き出し、止めていた整理を再開する。
澪は読書に没頭しており、リョーマの行動に気がついていないようだ。
特に何かを言うわけでもなく、リョーマは静かに整理を進めた。
もともと大体の本の場所を把握しているので澪に聞くこともなかった。
それでも先程まで聞いていたのは、純粋に話がしたかったから。
自嘲気味に苦笑し、チラリと澪の横顔を盗み見た。

長いまつげに整った鼻筋、白い肌に、漆黒の髪。
一般的に美少女に分類されるであろう澪は一心不乱に本の文字列をなぞっている。

「……」

どうすればあの目を自分に向けてもらえるだろうかと思考を巡らせたとき──澪が本を閉じた。
恐らく読み終わったのだろう、机の上がまっさらになっているのを見て驚きの声をあげた。

「え、越前君?もしかして、一人で…?」

山済みになった本を全て片付けるくらいの時間は経っていた。
時計を見れば、もう数十分で部活が終わるであろう時間帯。

「先輩、集中したらまわりに気づかないから。何回も声かけたんスけどね」

もちろん噓だ。
声などかけていないし、かけるつもりも毛頭なかった。

「ご、ごめんっ」

しかし、リョーマが言ったとおり澪は一度集中しだすと周りが見えなくなるタイプだ。
実際に声をかけたとしても、気がつかなかっただろう。

「いいっスよ、別に。条件があるけどね」

「な、何…?」

「名前」

「え?」

「名前で呼んでよ。俺も、澪先輩って呼ぶから」

澪は呆けたように口を半開きにして固まってしまった。

「…先輩?」

「っあ、えと、ホントにそれでいいの?」

リョーマは頷く。

「なーんだ、ファンタおごれって言うのかと思った。今月ピンチだから、恐かったんだよね」

好意を寄せる相手に飲み物をおごらせようとするほどリョーマは落ちぶれていない。

「先輩の中の俺ってどんなイメージなんスか」

「ごめんごめん、よくおごらせてるから、つい」

テヘッ、と言いながら可愛らしく笑う澪に怒る気にもなれない。

「ま、いいや。俺部活いくんで」

言いながら澪の隣の席においてある鞄に近づき、手に取る。

「うん、またね」

「…じゃーね、澪先輩」

チュッ、というリップ音が響く。

「え」

それは、リョーマが澪の頬にキスをした音だった。
クス、と笑いリョーマが図書室から出て行く。

「…〜〜〜っ」

澪は顔を真っ赤にしてその場にヘナヘナとしゃがみこんだ。



図書室にて



(…リョーマ君のばかっ)
(……カッコイイだろ、ばか)

((…今の反則))




*****

実はリョーマは図書室の外で聞いてたっていうオチ。
 

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