短編集
□恋人ですが何か?
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「アンタさぁ、いい加減リョーマ君に付きまとうの止めたらぁ?」
「メーワクってわかんないわけー?」
ああ、もう、くだらない。
ここは屋上。
燦々と降り注ぐ太陽の下、私、葉桜澪。
絶賛リンチなう。
…蹴られた腹がジクジクと痛む。
私に暴力を振るっている女子達は、越前リョーマという私のクラスメイトのファンだ。
翡翠のまじった黒く、濡れたような光沢を放つ髪の毛。
猫を思わす、琥珀色のわずかにつり上がった二重瞼の目。
肌は健康的な色、艶やかな唇はきゅ、と結ばれているときが多い。
その、誰もが認める眉目秀麗という四字熟語がぴったりな容姿をもち、強豪と謳われる男子テニス部に一年生にしてレギュラーの座を勝ち取った実力者。
つい先日行われた全国大会で優勝を飾った彼は、多くのファンを持っている。
本人は興味がないようだが。
私と彼はクラスメイトだ。
そして───誰にも知られないように、密かに付き合っている。
彼女達は、それを知らない。
それでも私に暴力を振るうのは、単純に私達が仲が良いから。
恋人同士ならあたり前だけど、それを知らない彼女達にとっては彼に纏わりつくウザイ女としか写っていないだろう。
私達は入学当初、つまり彼が有名になる前からの付き合いなのだ。
私は彼に一目惚れをし、彼も私に一目惚れをしていたらしい。
彼から告白されて、晴れて恋人同士になった。
関係を隠そう、といったのはどちらだったか…忘れてしまったけれど、たぶん私だったと思う。
なぜ隠そうとしたのか。
単純に、彼がモテたから。
関係を明らかにしてしまえば、きっと全校の女子を敵に回すようなものだったから。
…まあ、結果として関係を隠していようがいまいが、いじめられたことに変わりは無かったようだが。
暴言を吐き続け、殴る蹴るなどの暴行を振るう彼女達。
「アンタさぁ、ちょっと可愛いからって調子乗ってんじゃない?」
へぇ、あなた達は私が可愛いって認めてくれるんだね。
「ほーんと…リョーマ君はこんな女に付きまとわれてかわいそー」
叶わない恋をしているあなた達の方が可哀想。
だって、彼は、リョーマは、何があっても私を愛してるって言ってくれたよ。
「あ…やば。そろそろ行こ。次、遅刻したら面倒じゃん?」
「確かに…」
私を囲んでいた人たち──クラスメイト達は、バタバタと足音を立てて屋上を出て行った。
あー、体中が痛い…。
制服で隠れないような場所まで怪我させやがって…あんた達の事リョーマに内緒にしてるんだから、考えてよね。それくらい…。
「うぅ…」
呻き声をあげながら、ドアノブを掴んで体を起こす。
どうやら閉じ込められたわけではなさそうだ。
扉を開け、階段の手摺にもたれながらゆっくりと降りる。
チャイムが鳴り、先ほどまで騒がしかった廊下も静寂に包まれた。
壁に手をつきながら、教室に向かう。
屋上から教室まではそれほど距離はなく、あえて目立つように前の扉を開けた。
「…澪!?」
ガタッ、と立ち上がったリョーマが近づいてくる。
「葉桜さん、遅刻ですよ?越前君も座って…何か然るべき理由はありますか?」
「斉藤さんと清水さんと長谷川さんと水城さんに屋上で暴力振るわれてました」
そういえば、彼女達はガタッと音を立てて立ち上がる。
「は、はぁ!?何言ってんだよ!」
「ふ、ふざけないでよっ!」
大真面目だっての。
ホントは嫌だったんだけど…。
ポケットから携帯を取り出し、録音していた声を聞かせた。
『アンタさぁ、いい加減リョーマ君に付きまとうの止めたらぁ?』
「!?」
『メーワクってわかんないわけー?』
先ほどの屋上でのやり取りだ。
私だってバカじゃない。
これは立派な傷害罪だし、動かぬ証拠が欲しかった。
呼び出されたときに携帯の録音機能のアプリを起動させたのだ。
その後、殴ったり蹴られたりという音が聞こえる。
彼女達は顔面を蒼白させ、クラス全員の視線を集めている。
「…詳しく話を聞く必要がありそうですね」
先生はそう言った。
「…ねぇ、まさか…今まで澪が用事あるって言ってたの、アンタらのせい?」
リョーマが私の肩に手を置きながら、彼女達を睨みつけて言う。
「っそいつが悪いのよ!ベタベタベタベタ、リョーマ君に付きまとって!」
「そうよ!だからあたし達で…」
言葉は遮られた。
リョーマが、教室の壁を強く蹴ったことによって。
しん、とした静寂が教室に広がる。
今の音が聞こえたのだろう、隣の教室がざわめいた。
「サイテーだね」
その声色は、聞いたことがないほど低く、冷たいものだった。
「澪」
しかし、私の名前を呼んだときは優しい声色で。
顔をあげた瞬間、キスをされた。
ちゅっ、というリップ音が静まり返った教室に響く。
リョーマとは、もう、数え切れないほど唇を重ねていた私にとって、特に恥ずべき行為ではない。
「付きまとうって、アンタら馬鹿?恋人同士なんだから当然だろ」
あーあ、隠してた意味なくなっちゃった。
「…人の彼女に手ぇ出しといて、よく平然と俺に話しかけれたよね。…ホント、サイテーな奴ら」
「リョーマ…」
「澪も澪だよ、もっと早く言えばいいのに…」
「ダメよ。リョーマにはテニスに集中してもらいたかったもん…」
私のせいで、テニスに影響があるなんて嫌なの。
「澪もバカだよね…俺にとってはテニスよりお前の方が大事なんだけど?」
その声色は優しくて。
私は微笑んで言う。
「だって、テニスしてるリョーマも大好きだもん!」
「…ホント、可愛い奴」
リョーマがまたキスをしてくれて。
「俺も、澪の事好きだよ」
「知ってる。私も好きだよ」
リョーマはその艶やかな唇の端を上げ、優しげに微笑んでくれた。
恋人ですが何か?
私に暴力を振るっていた人たちは、無期限停学…つまり、退学となった。
普通の中学校では有り得ないけれど、これも私立校のなせる業だろう。
そのことがあって以来、私は誰かに暴行を振るわれることはなくなった。
「帰るよ、澪」
「うん!」
もう一つ変わったことといえば───
あの時、私達が付き合っているという話は校内にあっという間に広がり、公認カップルになったことだ。
まだ女子の鋭い視線はあるけど…でも、一部の人には認められてる。
「リョーマ、大好き!」
「知ってる。…俺は愛してるけどね」
「あっ、ずるい。私も」
「まだまだだね」
こんな会話を、堂々と出来るようになったのは嬉しいかな、なんて。
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