短編集

□脆く、儚い
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ザーザーとうるさいくらいに降りしきる雨。
まるでバケツの水をひっくり返したような勢いで降る雨を窓から見て、思わず溜息が漏れた。

「残念だったね、リョーマ」

「…そーだね」

壁際に置かれたベッドに座って、俺に微笑みかける澪に視線を戻す。

「でも、まあ、俺は澪といられるからいいよ」

「あら、それは嬉しいわね」

クスクス、と笑う澪。
俺は澪に近づき、隣に腰を下ろした。
当然のように、澪は俺の肩に頭を乗せてくる。

「親父も、母さんも、菜々子さんも心配してる。おじさんも、おばさんも、皆」

解ってるはずなのに。
大事にされている澪だから、自分の家族に、俺らの家族に、心配されるのはわかっているはずなのに。

「だって、会いたくないんだもの」

澪は、一歩も部屋から出なくなった。

おじさんにもおばさんにも会わなくなり、親父にも母さんにも菜々子さんにも会わなくなった。
ずっと声も聞いていないらしい。

唯一、澪が部屋に入れてくれて、唯一あってくれるのは俺だけ。

どうして俺だけなのか、理由は解らない。
でも、解らなくてもいい。

澪は、俺だけを特別視してくれる。
澪は、俺だけを頼ってくれる。
澪は、俺だけを見てくれる。
澪は、俺だけに会ってくれる。

それだけで、充分過ぎるほどだ。

だって澪が好きだから。

俺らはただの、幼馴染だけどね。

「でも、リョーマは別だよ?」

ニコ、と満面の笑みを浮かべる澪。
けど───この笑みは、俺の大好きな澪の笑顔とは違う。

全部、全部、アレがあってからおかしくなったんだ。

澪が部屋から出なくなったのも。
たぶん、俺だけにあってくれる理由も。
昔とは違う笑顔になったことも。
澪が、少し狂ってしまったのも。

数週間前。
正確には、一ヶ月とちょっと前の事。

俺も、澪も、家族みんなも好きだった、澪の兄貴が事故で死んだ。

それも、澪の目の前で。
轢かれそうだったらしい澪を助けて。

俺も兄貴って呼ばせてもらってる、血の繋がりはないけど俺にとっての兄貴。

兄貴は昔から馬鹿だ。
お人好しで、自分より他人を優先して、いつもニコニコ笑ってる。
けど皆兄貴の事が好きだし、誰からも慕われてる。

兄貴を轢いた乗用車の運転手は、携帯電話を操作しながら運転していたらしい。
だから反応に遅れ、結果兄貴を轢いてしまった。

そのショックかららしい。
澪の髪の毛は真っ白になって、ずっとずっと部屋に引きこもってる。

澪は兄貴が好きだから。
家族の中の誰よりも兄貴の事を好きで、ずっと澪を見ている俺よりも、兄貴の事を好きで。
兄貴がもしいなかったら、きっと澪は俺だけを見てくれた。

そう思ったことは何回もある。
ただ、兄貴にいなくなって欲しいとか、そういうのは一切思わなかった。
だって俺も兄貴が好きだから。
澪が好きな、兄貴が好きだから。

結果的に兄貴はいなくなった。
思ったとおり、澪は俺だけを見てくれるようになった。

けど、こんなのを望んだわけじゃない。

「…澪」

「あはっ、あはははっ、ねぇ、リョーマ。お兄ちゃんが呼んでる。お兄ちゃんが、おいでって言ってるよ!」

突然笑い出した澪。
俺には、兄貴の姿なんて見えない。
立ち上がり、今にも窓の外に飛び出していきそうな澪を抱きしめる。

「お兄ちゃん!お兄ちゃんがいるの、呼んでるの!」

「違う。違うよ、澪。兄貴なんていない。もしいたとしても、澪を危ない目にあわせるわけないだろ!?」

なんでだろう。
澪のなかには、今でも兄貴がいる。

兄貴が呼ぶ、って言って今までに何回も何回も窓から飛び降りようとした。

澪を大事に可愛がってる、兄貴がそんな事するわけないのに。

「澪。澪、危ないよ。ほら、兄貴なんていない。ここには、俺と澪しかいないよ」

真っ白になっても、昔みたいに艶々して触り心地の気持ちいい澪の頭を撫でる。

「リョーマ…お兄ちゃん…いなくなっちゃったよ…?」

震える声で呟くようにいい、澪は俺に抱きついてきた。

グズグズと鼻を啜り、嗚咽を交えて俺の服を、縋るように握り締める。

好きなのに。
こんなにも好きなのに。
すぐ傍にいるのに。

それでも俺は、手の届かないほど遠くにいる兄貴に勝てない。

澪の一番は、いつまでもきっと兄貴だけなんだ。

俺の一番は、いつまでたっても澪なのに。

「…俺は、ずっと一緒にいるよ。絶対、澪を置いていかないから」

約束するよ。

だから、お願い。

兄貴の変わりでもいい。

俺を、俺だけを見て。

好きなんだ。

愛してるんだよ。

「リョーマ…おに、ちゃ…」

崩れるように座り込んだ澪。

何故か、窓も部屋の扉も、開いていないのに風が吹いた。

『大丈夫、リョーマと澪ならやれるよ。俺の分まで、生きて』

「兄貴」

聞こえたのは、まさしく兄貴の声。

「おに、ちゃ…?」

「ねぇ、聞こえた?澪」

頭を撫でながら問えば、澪はコクコクと頷いた。

「兄貴が言ってる。生きろって。だから、一緒に生きよ?兄貴の分まで、生きるんだよ」

「わ、たし…」

「大丈夫。俺はずっと澪と一緒に生きる。例え澪が俺を拒絶しても、俺はずっと澪の傍に居続けるよ」

「………」

澪は何も答えなかった。

兄貴、こんな俺でも、兄貴みたいに澪に好かれるようになる?

兄貴みたいに、一緒に澪の傍で生きられる?

もし澪を連れて行きたいなら、もう暫く待ってよ。

俺と、澪が、寿命を全うするまでは。

だって約束したんだよ。

ずっとずっとずっと昔に。

澪は、憶えてないかも知れないけどね。

───『わたし、しょうらいはリョーマとけっこんするの!それで、いっしょにしぬんだよ!』
───『じゃあ、やくそく。しぬときは、おれといっしょだよ』
───『うん、やくそく!』





脆く、儚い




((そんな澪を、俺は守れる?))
((否、守るしかない))
((だって、澪には俺しかいないんだから))






○アトガキ○


夢主は、兄が死んだことによるショックで引きこもりになりました。
部屋から一歩も出ず、リョーマにしか会わない。
未だに死んだことが受け入れられない、そんな感じです。

リョーマもリョーマで、慕っていた夢主の兄の死を受け入れられない。
だから、説明描写(?)は、過去形ではなく現在形にしました。

夢主は、実は昔の約束を覚えています。
だから、リョーマにだけ会って、リョーマとだけ話をする、という裏設定。

1mgでも感動していただければ幸いです!
 

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