□あなたにキスを
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電気は消され、カーテンで閉め切られているため外の光も遮断されている。
そんな薄暗い部屋にいるのは私と彼氏である越前リョーマ君だった。
リョーマ君の部屋にあるテレビに映し出されるのは、数年前に放送された恐怖映像スペシャルのDVDだった。
50位から上位に向けてランキング形式で放送されていたもの。
1つ1つは2分か3分程度のもの。
けれどそれが延々と休みなく続くのだから恐ろしすぎて仕方ない。

「ひっ…!」

50位の時点で既に怖かった。
なのにそれが更に怖くなっていくとかもう無理だよ…!
ちなみに私はホラー系のものが大嫌いである。
隣にいるリョーマ君は平気らしく、いちいち怯える私を見てはニヤニヤと笑っている。

「も、ヤダぁ…っ!」

突然アップになった血だらけの女の人。
ひやぁっ、と情けない悲鳴をあげた私は思わず顔を両手で覆った。
と、次の瞬間にテレビが停止されたのか無音になる。
はぁと隣で溜息を吐く気配がして、恐る恐る手を外す。

「…この程度で何ビビってんだか」

呆れたようなリョーマ君の声。
リョーマ君に目を向ければ視界が滲んでいて、そこから私が泣いていたということを理解する。

「って、何泣いてんのさ…」

少し慌てたようなリョーマ君が立ち上がり、部屋の扉に向かった。
何をするのかと目をこすりながら見ていれば、部屋が明るくなる。
電気をつけにいったのだろう、リョーマ君はすぐに戻ってきて私の頭に手を乗せた。

「そんなに擦ったら目が赤くなるだろ?」

安心させるように微笑んだリョーマ君が、私の涙を親指で拭った。
部屋に響くのは私の嗚咽だけ。

「だ、だってぇ…!」

「そんなに怖い?コレ」

「私が嫌いって知ってるくせにぃ…っ!」

そう訴える私に、リョーマ君はクスクスと笑うだけだった。
そもそも今日はのんびりお家デートの予定だったのに…。
約束の時間にリョーマ君宅にお邪魔し、そのまま部屋に案内された後のこと。
何するのと聞いた私ににこやかな笑みを浮かべたリョーマ君がこのDVDを見せてきたのだ。

「そんなに泣くなって。大丈夫だから…」

「だって、だってリョーマ君…っ!」

大丈夫だって、そう何度も言うリョーマ君は困ったように私を抱き締めた。
私の頭を胸板に押し付けるような抱き締め方。
リョーマ君に縋(すが)るように胸元の服を握れば、リョーマ君はクスリと微笑んだ。

「俺がいるから平気だってば」

「う、ん…」

まるで私を安心させるように頭を撫でてくれるリョーマ君。
リョーマ君の手は魔法の手なんじゃないかってくらいにすぐ安心できて。

「リョーマ君…」

「今回は葵に免じてここで終わってあげるよ」

クスッと微笑んだリョーマ君。
リモコンに手を伸ばしたと思うと、テレビの画面は真っ黒になった。
リョーマ君がテレビを消したのだろう。

「リョーマく、…っ」

「そんなに怖かったの?」

「当たり前じゃんかぁ…」

しょうがないな、なんて笑ったリョーマ君は私の頭をぐしゃぐしゃに撫でてきた。
せっかくリョーマ君に褒めてもらおうと思ってポニーテールにしたのに台無しだよ…。

「ぐちゃぐちゃ」

「リョーマ君のせいだよっ」

もう、なんて不貞腐れる私に、リョーマ君はクツクツと笑い声をあげるだけで。
いつの間にか恐怖心は小さくなっていた。
だからきっとリョーマ君なりに私を安心させようとしてくれたんだと思う。

「リョーマ君…ありがと」

「何のこと?」

何もしてないよというようなリョーマ君の反応。
恩着せがましくないところとかもう…好き!

「でも、もう止めてよこういう怖いのとか…」

眉根を下げて言えば、リョーマ君はヤダと即答して笑う。
うぅ…リョーマ君ってば絶対サドだ!

「怖がる葵も可愛いからさ」

「…もうヤダ」

「そんな俺でも好きなんでしょ?」

ふん、と鼻で笑うリョーマ君。
否定できなくて、その上事実を指摘されたのが恥ずかしくて一気に顔が赤くなったのがわかった。

「…大好き」

「ん、俺も」

ふわりと優しげに微笑んだリョーマ君の顔が近づいてくる。
次の瞬間にはリョーマ君と私の唇が重なっていた。
いまだにリョーマ君のキスに慣れなくて、ますます顔が赤くなるのがわかる。
リョーマ君は本当に女の私が悲しくなるくらいに整った顔をしていて。
好きだけど、まだまだ慣れることはなかった。
こうやってリョーマ君と付き合いたいとか、キスされたいとか思ってる人はいっぱいいるんだろうけど。
でもやっぱり私はリョーマ君が好きで、リョーマ君も私のことを好きって言ってくれて。
だからリョーマ君の彼女っていうポジションを奪われたくなかった。

「リョーマ君だーい好き」

少し長めのキスも終わり体が離れた。
そう告げながら肩に頭を乗せれば、リョーマ君も私の方に頭を乗せてくるようになった。
ぐりぐりと頭の押し付け合いをする私たちってきっと仲良いんだろうなーなんて。

顔を見合せて、私たちは今日何度目かのキスを交わした。



あなたにキスを



(葵ってキス好きだよね)

(だって、リョーマ君が相手だもん)

(…可愛い)

(なんで押し倒すのかなリョーマ君!?)
 

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