3
□アイアイ傘
1ページ/1ページ
今日は朝から空が鈍色だった。
太陽を分厚い雲が隠し、周囲を薄暗くしている。
天気予報では降水確率が高いとのことだったが、私はその今日に限ってお天気お姉さんの言葉を無視してしまった。
結果、午後からぽつぽつと降り出した雨は放課後には土砂降りになっていた。
「うーわー…」
どうして今日に限って傘を忘れてしまったんだろう。
普通の傘だけじゃなくて折り畳み傘も忘れるとか、もう最悪としか言いようがない。
そういえば今日は朝からあまりいいことがなかったな、なんて思って考えれば考えるほど今日は不運続きだった、気がする。
朝はいつもより10分遅く起きてしまったために時間がなくて。
今日に限って髪の毛はうまくまとまらないし寝癖が治らなくて。
いつもはしっかり食べる朝ご飯をほとんど食べられなかったから途中からずっとお腹がすいていて。
体育の授業があったのに昨日は用意していた体操服を持ってくるのを忘れて見学になり。
やっとお昼になったと思えば食べている途中にはしゃいでいた男子が机にぶつかってきたことにより弁当をぶちまけられ(滅茶苦茶謝られたけどほとんどお昼ご飯食べられなかった)。
授業中はあてられまくるし、でもわからないから答えられないし。
そして今のこの傘忘れ。
いつもなら鞄に入っている折り畳み傘は、今日に限って定位置にいなかったのだ。
思わず溜息がでた。
しかし雨がやむことはなく、心なしかますます強くなっているような気もする。
「最悪だー…」
どうしよう。
今日はお母さんもお父さんもいつもより遅くなるって言ってたから迎えに来てもらえないし。
仲の良い友達は用事があるからってさっさと帰っちゃったし。
少し待てばやむかもなどと淡い期待を抱きつつ図書室で時間をつぶしたせいで生徒はほとんど残っていない。
仕方なく職員室に傘を借りに行けばもう全部貸し出したぞーと笑われ。
で、昇降口で鞄を持って突っ立っているというわけだ。
もう帰るしかないよね、やむまで待とうと思ったら日が変わっちゃう。
鞄を傘代わりにして頭の上にやればなんとかなるだろう、うん!
「───あれ、川瀬?」
深呼吸をしていざ参らん、と意気込んだところで声をかけられた。
すっと浸透するように耳に入ってきたその声は、1年生の中で最も人気のある男子生徒、一部では王子様と呼ばれているクラスメイトのものだった。
「越前君!」
振り返ればそこにいるのはやっぱり越前君で。
越前君はまさしく傘を広げようとしている瞬間であり、鞄を頭の上に持ち上げている私を見てキョトンとした表情をしている。
ああどんな表情でもカッコよく見えるとか美少年めずるいぞ。
「何やってんの?」
「いやー、今日傘忘れちゃって…鞄を傘代わりにして帰ろうかと」
「何それバカじゃん」
クツクツと笑う越前君。
思いっきりバカにされたけど腹立たしくないのは、越前君がイケメンで厭味ったらしくないからだろう。
きっとこれが堀尾とかだったら私は殴るか蹴るかしてるはずだ。
あと越前君は何か越前って呼び捨てにできないオーラがある。
なんでだろう、越前君がテニス部のレギュラーだからかな。
「越前君はどうしたの?」
「さっきまで部活があったんだよ。屋内で筋トレしてた」
雨だからテニスできないんだよね、なんて不貞腐れた様子で言う越前君は本当にテニスが好きなんだなってわかる。
まぁ私はテニスなんてほとんどわかんないしまず打てないんだけどさ。
雨の日でも部活が休みになることがない、それがテニス部が強豪たる所以なのかもしれない。
単純にチートメンバーが集まってるだけかもしれないけど。
「ふーん、お疲れ様」
「ん。…で、川瀬はまさかそのまま帰る気?」
「だって今日迎えに来てもらえないし…」
家までゆっくり歩いて15分、走れば10分もかからずにつくだろう。
越前君は大きく溜息を吐くと、手に持っていた傘を広げた。
やっぱりみんな傘持ってるよね、なんで忘れちゃったんだろう私のバカ。
「…何やってんの、行くよ」
「え?」
そのまま帰るのだろうと思っていたら、越前君は雨の中に飛び込む寸前で止まって私を見ていた。
間抜けな声を出す私に、越前君はふぅと息を吐いて手まねきする。
これはその、傘に入れてくれるということなのだろうか。
いやいやいやいや待て待て待て。
調子に乗るなよ私、皆の王子様たる越前君と普通に会話出来てるだけで恐れ多いことなのに!
「だから、家まで送るって言ってんの」
「マジですか」
「そのまま帰らせて風邪でもひかれたら後味悪いじゃん」
越前君は性格までイケメンでした。
ほら早く、と急かされるままに越前君の隣に移動すれば、越前君はようやく満足気な笑みを浮かべて歩き出す。
一歩足を踏み出せば途端に雨が叩きつけられる。
「…もうちょっとこっち寄ってくれる?傘からはみ出そう」
「うわあああごめんなさい!」
テニス部エースの越前君を濡らすわけにはいかない。
そう思って慌てて中に寄り、はっと気がついた。
私と越前君の距離がうんと近づき、今にも手が触れそうなほどなのだ。
歩くたびに肩が軽くぶつかる。
きっと私は赤面していることだろう、どうしようどうしようどうしよう。
「川瀬…」
「ひゃいっ!」
苗字を呼ばれて返事をすれば、舌がうまく回らなくて変な声がでた。
ひゃいってなんだひゃって!
くそうと一人悶々としていれば、越前君がクツクツ笑うのがわかった。
恐る恐る顔をあげれば、間近に整った越前君の顔が合って。
綺麗な琥珀色の瞳だとか、長い睫毛だとか、アウトドアスポーツなのに白い肌とか。
女であることが恥ずかしくなるくらいだ。
「ご、ごめん何?」
「川瀬ってさ、結構面白いよね」
「お、面白い!?」
褒められているのか貶されているのかどっちだ。
何が、と聞いてもはぐらかされて答えてくれなくて。
「川瀬の家ってどっち?」
「…こっち、だけど」
越前君の家まで送るというのは本当らしい。
三叉路で道を聞かれ、答えれば越前君は了解といって歩き出す。
いつもと同じ帰路なのに、越前君が送ってくれているからかなぜかいつもと違うように見えて。
ドキドキと心臓がうるさいから、きっと私は越前君のことが好きなんだろうなーなんてなんとなく思った。
アイアイ傘
((やばいどうしよう自覚したら恥ずかしくなってきた…っ))
((あ、なんか顔真っ赤))
((しかも百面相始めたし…))
((やっぱ川瀬って面白い))