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□幸福倫理
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燦々と降り注ぐ太陽がジリジリと皮膚を焼いていく。
真夏日になっているのかいつもはうるさいセミの声が聞こえなくて、静かな変わりにただただ暑かった。
「あっつ…」
思わずそんな声が漏れてしまう。
その呟きが聞こえたのか、隣にいた彼が呆れたように溜息を吐いたのがわかった。
「だから外行くの止めようって言ったじゃん」
「だってアイス食べたいんだもん」
むーっと唇をとがらせれば、リョーマは額に浮かんでいた汗を右手で拭った。
リョーマの左手は私の右手と繋がれている。
このくそ暑い日に手を繋ぐなんて自殺行為も甚だしいし、互いの手には既に汗が流れている。
それでも離さないのは所謂意地というやつなのだろう。
そこに少しでも愛情があればいいな、なんて。
「家になかったっけ?」
「昨日リョーマが食べちゃったじゃん!」
「あー…あれ最後だったんだ」
そうだよ、なんて頬をふくらませてみればリョーマは少しバツが悪そうな顔をして視線をそらした。
いつもアイスを買っているスーパーまでは数百メートル。
たったそれだけの距離のために車を出すのはもったいないからと私たちはいつもスーパーまで歩いていた。
「そんな顔しても可愛くないから」
「ちょっと、未来の妻に向かってそれはないんじゃないの」
私はつい先日リョーマにプロポーズをされた。
もう結婚の日取りは決まってるし、結婚に向けての準備も始めている。
私とリョーマの左手にはエンゲージリングがはまっているし、高校を卒業したときから同棲をしていたようなものだからあまり生活に変化はない。
けれど1ヶ月もすれば私たちはただの恋人じゃなくって生涯を共にする夫婦になるんだ、って考えるとそれだけで頬が緩みそうになる。
「俺はもうお前の旦那のつもりなんだけどね」
「…どうしよう今キュンってした」
苦笑交じりのリョーマの言葉に思わず心臓が跳ねたのがわかる。
付き合い始めたときから思ってたけど、リョーマは私をキュン死にさせるつもりだ絶対。
そりゃもう結婚してるのとほとんど変わらないしご近所さんには若夫婦って勘違いされてるけど…やだなんか恥ずかしいけど嬉しい。
「顔赤いよ」
クスクス笑いながら指摘するリョーマ。
いつもはうるさいなんて叫ぶんだけど、今日はまぁいいかって気分になってえへへと笑みを漏らした。
だってよくよく考えると顔が赤くなるってことはつまりそれだけリョーマのことが好きってことだもんね。
「なんか機嫌いいね」
「そーかなー?」
「かなり。そんなに俺と一緒にいられるのが嬉しいの?」
ニヤリと少し意地悪そうな笑みを浮かべてそう問うリョーマ。
私の機嫌がいいなんてたぶんそれくらいなんだろうな。
「だって最近リョーマ仕事ばっかりなんだもん」
「当たり前でしょ。これからはお前も養っていかなきゃダメなんだから」
プロポーズされてから、リョーマはたびたび私のことを名前ではなくお前というようになった。
蔑むような言い方じゃなくて、愛しげに優しくいわれる言葉はまるで長年連れ添った夫婦の呼び方みたいでちょっとくすぐったかったり。
でも名前で呼ばれるのもお前って呼ばれるのも嬉しいのは確かだ。
もっとも、他の人に言われたら蹴りたくなるんだろうけど。
「もうリョーマかっこいい!」
がばっと腕に抱きつけば、リョーマは大きく息を吐いて暑いんだけどといってきた。
けれど無理矢理引き離そうとしないのはやっぱりリョーマの優しさで。
これが冬ならリョーマはむしろ抱擁くらいしてくれるんだろうな、なんて想像ができる。
「ね、リョーマは何のアイス食べる?」
「適当でいいよ、そんなの。葵はどうせいつものでしょ」
「うん、ゴリゴリ君美味しいよ」
「…安上がりだよね、ホント」
私は昔からゴリゴリ君が好きだ。
安いし大きいし、中身が氷みたいになってるから夏にはぴったりだと思う。
最近のお気に入りは梨味で、安定のソーダもいいけどこっちも捨て難い。
値段が値段なだけに、よくリョーマにそんなんでいいのかって笑われるけど。
「節約するところは節約するの!」
「それは節約とは言わない。…まぁいい心掛けなんじゃない?頼りにしてるよ奥さん」
ふっと頬を緩めたリョーマが私の頭をさらりと撫でた。
結婚前はマリッジブルーになって結局別れる人が多いっていうけど、きっと私たちには当てはまらないだろう。
まだ恋人、まだ婚約者。
でも、もうすぐ夫婦になれる。
何年かしたら私たちの間に子供が出来て、また家族が増えるんだろうな、なんて。
リョーマが緩みきった私の頬をつついて、ニヤニヤしてるなんてまた笑うのだった。
幸福倫理
(うわ、スーパー涼しっ)
(はいはい、さっさとアイス買って帰るよ)
(はーい)
(ね、リョーマはどれにするの?)
(ん…葵はどれがいい?)
(これはちょっと気になるかなー…)
(じゃあそれにする)
(半分こでいいでしょ)
(もちろんっ)