□涙の止め方
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俺の部屋のベッドで気持ち良さそうに眠るカルピン。
そんなカルピンを愛おしげに見つめているのは、俺の恋人でもある葵だった。
時折ゆらゆらと左右に揺れる尻尾で鼻をくすぐられて、くちゅんとくしゃみを漏らしている。

「…葵、いい加減にしなよ」

「んー、もうちょっと休憩!」

さっきからこの会話は何回も繰り返している。
もうちょっとと言われるたびに5分くらい待ってるけど、葵が休憩を終えるのは一体いつになるのだろうか。

そもそも今葵が俺の部屋にいるのは、葵が夏休みの宿題を手伝ってくれと言いだしたからだ。
8月も下旬であり、もう2週間もしないうちに2学期が始まる。
俺はもう宿題は終えているが、葵は前半から遊び呆けていたため終えていないらしい。

ようやく始めたと思えば、数時間もしないうちに休憩したいと言い出して。
なんだかんだで葵に甘い俺は仕方なく休憩にしたわけだが…。

「カルピンもふもふーっ」

葵は眠っているカルピンの腹に顔を埋めた。
そしてぐりぐりと顔をこすりつける。
カルピンは爆睡しているのか、ほあらーと鳴くだけで起きることはなかった。
完全に葵に気を許してるってことなんだけど、俺としては少し複雑だったりする。
葵は動物が好きだから、放っておけばカルピンに構いっぱなしになるだろうし。

「葵、」

「あとちょっとーっ!」

宿題が終わらないってこともあるけど、カルピンに構いっぱなしっていうのもちょっとムカつく。
葵はそのうち俺の方すら見なくなって、ひたすらカルピンを見つめていた。

……ちょっとどころかかなりムカつく。

たしかにカルピンは可愛い、それは認める。
毛並なんかそこらへんの猫よりもいいし、ちょっとぽっちゃりだけどそこもいい。
だけどだからってカルピンに葵を独占されてるみたいで多少腹立たしい。
カルピンだって雄だし。
葵のこと気に入ってるし。
てかそもそも今日は葵のためにやってるんじゃん。
なんでカルピンにつきっきりなわけ。

「……もういい」

「え?」

考えれば考えるほど自分が馬鹿みたいに思えてきた。
カルピンに嫉妬してることも。
葵を甘やかしすぎていることも、全部。

「好きだなけカルピンと戯れてれば?」

「ちょ、リョーマ…?」

今まで暇つぶしに回していたシャーペンを机に放り投げる。
芯がでていたのか、課題のノートに短い線が描かれた。
葵が唖然としているのがわかる。
けどもう限界だし、正直勝手にやってろっていう気持ちも湧き出てきた。
机に広げていた課題を片付けて、葵が持参していた鞄に押し込む。
だいぶ適当に入れたから折れ曲がったりしてるだろうけど俺には関係ない。

「気が済んだらさっさと帰ってよ」

「り、リョーマ…っ!」

「ホントは今すぐ帰って欲しいんだけど…アンタに言ってもムダみたいだし」

きっと俺は冷めきったような表情をしているのだろう。
声のトーンもいつもより低い気がする。
それは今まで葵に見せないようにを気をつけていた一面で。
だからこんな俺を見るのは葵はきっと初めてだろう。

部屋を出て扉を閉める瞬間に見たのは、今にも泣き出しそうな葵だった。

親父も母さんも菜々子さんも、何に気を使ったのか出かけてしまったため今家にいるのは俺達だけだ。
そういれば冷凍庫にアイスがあったなと思いだしキッチンに向かった。
カップアイスをつつきながら、少しやりすぎたかもしれないと後から罪悪感が湧き上がってきた。
結局俺は葵のことが好きだから。
仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないけど。
自分でやっておいて勝手に後悔するとか俺も大概自分本位の人間だと思う。

「リョーマ…」

きぃ、と閉まっていたリビングの扉が開けられた。
双眸に涙をためている葵は本当に申し訳なさそうに眉根を寄せている。

「……何」

いつもよりもぶっきらぼうに答えれば、それだけで葵はくしゃりと顔を歪めた。
カップアイスをつついていたスプーンを銜えながら葵に目を向ける。

「ご、ごめんなさい…っ!あの、私がお願いしたのに、勝手に休憩とかしちゃって……ずっと、長引かせちゃって、ごめんなさ…っ!」

言っている最中に我慢の限界が訪れたのだろう。
葵はついにぼろぼろと涙を零し始めてしまった。
食べかけのアイスを放置して椅子から立ち上がれば、びくりと葵が肩を揺さぶる。
ひっくひっくと絶え間なく嗚咽が響いて、葵の泣き顔なんて見たくないのにどうしてこうなったんだろう。

「…もういいから」

「ごめんなさい…っ!」

ぽんぽんと頭を撫でてやっても葵はただ謝り続けた。
そんなに俺が怒ってるとでも思ってるのだろうか。
なかなか泣きやまないから実力行使に出ることにした。

「葵」

名前を呼べば恐る恐るあげられる顔。
視線が交わった瞬間に、葵の唇に噛みついた。
下唇をずっと噛みしめていたのか、ほんのりと鉄の味がする。
ちゅっと音を立てて唇を離せば、突然のことに驚いたのか葵の涙は止まっていた。

「もういいよ。俺もごめん」

「…リョーマぁっ!」

目線を合わせてそういえば、葵はぶるりと体を震わせて俺に抱きついてきた。
やっぱり俺は、葵にだけは勝てそうにない。



涙の止め方



(ごめんね、ホントにごめんねっ)

(もういいってば、しつこい)

(だって…リョーマ、怒ってるでしょ?)

(今は怒ってないよ)
(それより、アイス食べる?)

(…うん)

(俺の食いかけだけど)

(え)

(はい、あーん)

(……!)
 

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