□不要なものは
1ページ/1ページ






大学に入ってすぐ、俺と葵は同棲を始めた。
交際歴5年目にして大学生になった俺達は、大学を卒業すると同時に結婚することになっていた。
本当は今すぐにでも結婚したいくらいだが、18での結婚はまだ早すぎると互いの両親に止められた。
それでも結婚は確実だし、プロポーズももう済ませてる。
だから俺達は正確にいえば恋人ではなく婚約者という関係だ。

「…葵?」

そんな婚約者である葵と俺は、今日はどちらも講座をとっていないということでデートをする予定になっていた。
大学生といえども、中学高校とテニス部で活躍をしていた葵は他の奴ら見たいに髪を染めたり化粧をしたりしていない。
大学に入って少し活動も落ち着いたところで、葵は本当は前々から興味があったという化粧品を集め始めた。
けれど、葵は学校に行く前に化粧はしない。
理由を聞けば、頬を染めながら葵は「可愛いと思われるのはリョーマだけでいいから」と応えてきた。
葵は彼氏(婚約者)の贔屓目なしに可愛いと思う。
目鼻立ちははっきりしているし、唇はぷっくりしているし、アウトドアスポーツのはずなのに肌は白いし。
高校と大学ともに入学してすぐは葵がフリーだと思われていた時はよく告白されていた。
まぁ、全部追い払ったけど。
葵が可愛いのは分かるけど、正直あいつら調子乗りすぎだよね。
大学生デビューでもしたかったわけ?

…話がそれた。
葵は三面鏡の前に座って片目を閉じ、プルプル震える手でペンを持っていた。
このマンションは、たまたま不動産会社を営んでいた葵の親戚に無理を言って貸してもらっている部屋だ。
普通のマンションよりも広いここは、二人で暮らすには十分すぎる。
家賃は親戚価格で安めにしてもらったと葵が言っていたが、本来の家賃は今の家賃の比ではないだろう。
とはいえこのマンションに住むのも結婚して俺が新しい家買うまでの間なんだけど。
だから結婚後にも使えるようにと新しい家具をいくつか購入していた。
葵が今使っている三面鏡も、結婚後に使えるからと数ヶ月前に購入したものだった。

「何やってんの?」

「アイライン引いてるの!」

「……ああ、そう」

どうやら葵は久し振りに化粧をするらしい。
最後に葵の化粧姿を見たのは…確か、大学の入学式だったかな。
それから一回もまともなデートしてないし、毎日顔合わせてるから化粧姿は本当に久々だ。
入学式の時は母さんたちにやられてたから、実は葵が化粧をしているところを見るのは初めてだったりする。

「うぅ…上手くいかない」

どうやら失敗したらしい。
葵ははぁ、と溜息を吐いて鏡台の机部分においていたコットンを取り出した。
それを瞼に乗せて、失敗したアイラインを拭き取る。
正直いえば、葵に化粧は必要ないと思うんだよね。
二重瞼だし、目は大きいし、睫毛は長いし。
口紅か色つきリップ塗ったら、それだけで化粧ばっちりしたみたいな顔立ちだし。

「…やろうか?」

「え、リョーマできるの?」

「同棲する前に、念のために覚えとけって母さんと菜々子さんに叩き込まれた」

俺の言葉に葵は苦笑を漏らす。
母さんと菜々子さんは葵のことを実の娘と妹みたいに可愛がってる節がある。
だから化粧慣れしていない葵のために覚えろと言われて俺には全く無関係であるはずの化粧について覚えさせられた。
まぁ葵のためならと覚える気を出した俺も俺なんだろうけど。

「ほら、貸して」

「あ…うん」

葵は戸惑ったようにアイライナーを渡してきた。
目を瞑るように言えば、葵は何の疑いもなく目を閉じる。
警戒心がないんだから信頼されてるんだか、どっちかわからないけどまぁよしとしよう。

「いいって言うまで閉じててよ?」

「はーい」

目を瞑りながら返事をする葵に、思わず頬が緩むのがわかった。
葵にはあんまり濃いのは似合わないから、薄めにラインを描いていく。
…よし、うまくいった。
アイライナーのキャップを閉めても、俺がいいと言っていないからか葵は目を閉じたままである。
あまりにも無防備な葵に、自分がさせたことながら思わず笑みが漏れた。
グロスを塗っているのか、唇は桃色に色付き艶々と輝いている。
何となくその唇に噛みつきたくなって、でもあまり深いキスをすればそのグロスが俺の方にもつくのは安易に想像ができる。
だから俺は、葵の唇に触れるだけのキスを落とした。

「ちょ、リョーマっ!?」

さすがにそれには驚いたのか、葵はばっと目を開いて体をのけ反らせた。
そんなに離れなくてもいいと思うんだけど…。

「まだいいって言ってないけど?」

「リョーマがキスなんてするからでしょ!?」

「したかったから」

「〜〜〜〜っ!」

葵は顔を真っ赤にさせて俺から目を背ける。
チークなんてしなくてもいいほどに赤く染まった頬が可愛くて、気づけば葵の頬にもキスをしていた。

同棲して気がついたのは、俺は俺が思ってる以上に葵のことが好きだってこと。
より正確に言うなら好きっていうよりは愛してるなんだけど。
それからもう一つ気がついたのは、どうやら俺は人よりもスキンシップが多いらしい。
アメリカじゃ外でのキスなんて普通なんだけど日本じゃあまり見かけない。
公衆の面前でキスしているのは一部のバカップルだけらしい(だから外でキスしたら怒られた、結構理不尽だよね)。
外がダメなら家でするしかないし、俺は葵と触れ合う時間は大事だと思ってる。
そこは葵も一応理解しているのか、恥ずかしがりこそすれ嫌がることは一度もなかった。

「ねぇ、葵。キスさせて?」

「……もう、しょーがないな。リョーマは甘えん坊なんだから」

頬を緩めて俺の方を向く葵。
俺に甘えん坊なんて言いながら、甘え率が高いのは葵の方なのにね。
まぁ葵に甘えるのも甘えられるのも甘やかすのも好きだからいいんだけどさ。

「調子乗りすぎ」

えへ、と笑いを零す葵に噛みつくようなキスをした。
グロスがつくとか、グロスがとれるとか、そういうのはもう気にしないことにする。
ついたら拭えばいいし、とれたらまた俺が塗ってやればいい。
葵も同じ考えなのか、何も言うことなく俺にすべてを委ねてきた。
ちゅ、とリップ音を立てて唇を離せば、予想通り葵のグロスはほとんど取れていた。

…でも、やっぱり葵は化粧なんてなくても充分すぎるくらい可愛いよね。



不要なものは



彼女のメイクとその技術。
化粧しなくても充分可愛いし、化粧するなら俺がしてやりたい。
だから葵は、これから先も変わらず不器用であり続けてほしい。
…そんなこと思う俺って、ちょっとひどいのかもね。


(もう、リョーマのせいでグロスとれたーっ)

(俺が塗りなおしてやるって)
(だいたい、あのグロスの塗り方じゃダメでしょ)

(え)

(はみ出てたしムラがあったし、場所によって濃さも違ったし)

(…う、そ)

(やっぱりお前には俺がいないとダメらしいね?)

(い、意地悪…っ)
((てかリョーマの方がメイクうまいって…))
((ちょっと泣けてきた))
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ