□やぶれたラブレター
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「むぅ…」

川瀬葵は悩んでいた。
中学1年生の教室は休み時間特有の喧騒に包まれており、各々好き勝手なことをしているクラスメイトたちは誰も葵を気にしていない。
葵の手にあるのは、文字が書かれた紙だった。
薄水色に白いドット柄が描かれており、等間隔に罫線が引かれている。
机の上にはその紙とお揃いの封筒が置かれており、葵の手にあるものが手紙だとわかる。
その可愛らしいデザインの便箋には、罫線に沿ってその便箋にはあまり似合わない力強く時折文字が斜めにずれた決してうまいとはいえない文字が踊っていた。

そんな便箋と顔を突き合わせてうんうん唸り続ける葵。
その声にいい加減しびれをきらしたのか、前の席のクラスメイトが眉根を寄せたまま振り返った。

「さっきから何やってんの?」

「あ、リョーマ君」

クラスメイト、もとい越前リョーマは葵が中学に入学してから初めてできた友人だ。
異性間ではあるが、同性の友人よりも仲が良いのではないかと葵は思っている。
ともに行動することが1番多いのはリョーマで、よき相談相手であり、休日には二人で遊びに良くなど学校外でも仲がいい。
あまりにも仲がよすぎるため交際説が流れるほどだ、葵はその噂を知らないが。
クラスメイトたちも気を利かせているのか、リョーマと葵がいるときは邪魔をしないようにとあまり話しかけてくることはない。

「だって、これ…」

困ったように眉を寄せ、葵はリョーマに便箋を渡す。
怪訝そうな表情を浮かべたまま便箋を受け取ったリョーマは、葵を一瞥してから便箋に視線を落とした。

「………なっ」

その文字を見た瞬間、リョーマが驚愕したように息を呑んで小さく声を上げる。
そこにある特徴的な文字は、川瀬葵さんへから始まり、差出人の名前で締めくくられていた。

"聞いてほしいことがあります。とても大事な話なので、一人で来てください。今日の放課後、桜の木の下で待っています。"

「こいつ、誰か知ってんの?」

不機嫌そうな表情を隠さないまま、リョーマは差出人について葵に問う。
どこかで見たことがあるようなないような、どこにでもいそうな姓名だった。

「うん、隣のクラスの人だよ。委員会も同じだし、リョーマ君も知ってるんじゃないかなぁ?」

リョーマと葵は図書委員だ。
簡単に容姿の特徴を説明すれば、リョーマは理解できたのかああ、あいつかと言葉を漏らした。
しかしリョーマの機嫌は決してよくなるわけでもなく、むしろ益々悪くなるばかりである。

「……で、葵は行くわけ?」

リョーマにとって重要なのは、葵が手紙を受け取ったことではない。
手紙の内容に葵が応じるか否かが重要なのだ。
ギリ、とリョーマが歯軋りをする。
その音は葵の耳には届かないのだろう、葵はへにゃっと崩したような笑みをリョーマに向けた。

「ううん、行かないよー」

寸分の迷いなく告げられる言葉。
リョーマは柄にもなく安心したように小さく息を吐き、念のためにその理由を聞いてみることにした。
いや、行かなくてもいいんだけど、と心の中で漏らしながら。

「だって、その人とあんまり仲良くないし…。それに、今日はリョーマ君と一緒に帰る約束してるでしょ?リョーマ君待たせちゃうわけにもいかないし」

当然でしょ、と言うように吐き出される言葉。

葵は知らないのだろう、指定された場所である桜の木の下の意味を。
そこは告白すれば必ずうまくいくと噂されている木であった。
校内新聞でも紹介されたソコは(詳しい場所は書かれていないが知ってる生徒は多い)所謂告白スポットなのだ。
つまり、今回葵の悩みの種であったその便箋は遠まわしにこれから告白しますと告げているラブレターのようなものだった。

たまたまではあるが、リョーマのその桜の木の下の告白スポットについて知っていた。
その容姿と男子テニス部レギュラーで大会でも功績を残しているリョーマはモテる。
呼び出し場所に指定されるのは桜の木の下が多く、なんとはなしに不思議に思ったリョーマがデータを駆使する乾に聞いたところそんな答えが返ってきたというわけである。
ちなみにリョーマはその呼び出しに応じたことは一度もないため、桜の木の下で告白されたことは一度もない。
ニコニコ笑う葵に悪意はない。
悪意なくあっさりとフられてしまった隣のクラスの生徒に、リョーマは心の中で哀れむと同時にざまぁみろと罵った。

「ふーん。…ま、何されるかわかんないし行かないのが正解じゃない。てか何に悩んでたわけ?」

「えー、だって待ってますって書かれてるのに行かないから、ずっと待たせちゃうかなぁって思って」

時間は指定されていないため、差出人は葵がいつ来るかわからないだろう。
放課後のすぐに待ち始めたとしても、完全下校時刻までは軽く2時間はある。
少なくとも2時間は待ち惚けさせてしまう可能性もあり、少なからず葵には罪悪感が芽生えているらしかった。
とはいえ話から察するに最初から応じるつもりはなかったらしい。
その理由はリョーマと一緒に帰る約束をしているから。
リョーマは自分を優先されたことが嬉しいのだろう、先ほどまでの不機嫌さはなくなりそれなりに上機嫌になっていた。

「ま、別にいいんじゃない?葵の用事も気にせず今日にしろって言ってきたのは向こうなんだし」

「んー…」

でも、といまだに迷っている様子の葵。
それに気づいたのだろう、リョーマはさり気なく話題を変えるために口を開いた。

「そういや、今日一緒に帰るじゃん?どっか行きたいトコあるなら付き合うけど」

「え、ホント!?あのね、ちょっと前から気になってるお店があるんだけど!」

リョーマの作戦がうまくいったらしい。
葵はぱっと花を咲かせるような笑顔を浮かべて雑誌で紹介されていたという店について語り始めた。
その頭の中にはきっと差出人のことなど残っていないだろう。
あまりにも予想通りの葵の反応に、リョーマはふっと笑みを漏らした。

「ん、じゃあそこ行こうか」

「うん!」

会話は完全に彼氏彼女のソレだが、一応言うなら二人はまだ交際していない。
けれどリョーマは少なからず葵を想っているし、葵もリョーマを想っていることは確かだ。
まだ交際関係にまで発展していないことをもどかしく感じているクラスメイトたちは、その会話に聞き耳を立てて心中では早くくっつけ!と叫んでいた。
リョーマは葵の頭を、愛しむようにそっと撫でる。
よく頭を撫でられている葵はいつも通り気持ちよさそうに目を瞑り、リョーマにされるがままになっていた。

「ちょっとゴミ捨ててくる」

ふと葵の頭から手を離したリョーマ。
葵は一瞬疑問符を浮かべながらも、すぐにわかったと返事をして次の授業の用意を始めた。

教室の後方に置かれているゴミ箱。
リョーマは乱暴にポケットにしまっていたゴミ、もといぐしゃりと潰された便箋と封筒を取り出した。
便箋と封筒に指をかけると、リョーマは躊躇うことなく指を動かした。
びりびり、と音を立てて破られる便箋と封筒。
文字は読めず修復不能になるまで細切れになるレターセットだったものたちを、リョーマは無感動に冷め切った目で見つめていた。
はらはらと重力に従ってゴミ箱に落ちていく紙切れ。
差出人の想いが詰まったそれをビリビリに破いたリョーマは、嘲笑うように小さく笑みを浮かべてゴミ箱の前をあとにした。

「何捨ててきたのー?」

「ちょっと、ね」

捨てられたのは葵の手にあった手紙だ。
しかしもう葵の中で手紙の存在は忘れられたのだろう。
いつの間にか机の上から消えていた封筒と、リョーマから返されなかった便箋の行方を葵が気にすることはなかった。



やぶれたラブレター



(ね、ね、リョーマ君)

(ん、何?)

(英語の宿題なんだけど、わかんなくて…)
(教えてくれる?)

(……しょうがないね、葵ってホント馬鹿)

(うぅ…否定できないのが悲しいよ)

(でも、そんな馬鹿な葵も嫌いじゃないよ)

(……!)
(わ、私もリョーマ君のこと好きだよっ)


((((((((((なんでこれで付き合ってないんだよ!?))))))))))
 

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