□可愛い家族
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青春学園中等部には、一人の人気男性教諭がいた。
25歳である彼は教員歴3年目であり、英語を担当している。
1年生のクラス担任も受け持っており、そのルックスと教え方の上手さから非常に人気が高かった。
男性教諭、もとい越前リョーマは同時に男子テニス部の顧問も務めている。
実はここ青春学園中等部はリョーマの母校であり、リョーマは男子テニス部に在籍していたのだ。
在学していたのは10年ほど前だが、設備は多少向上したもののほとんどリョーマの記憶の母校と変わりがない。
しかもリョーマの担当している1年2組はリョーマが1年生の時に在籍していたクラスであり、教室の場所も変わっていなかった。

リョーマにとって、青春学園中等部1年2組の教室はある意味思い出深い場所だった。
そのほかに思い出深い場所といえばやはりテニスコートや部室だが、部活動での思い出を除けば一番に浮かぶのは教室なのだ。
その理由は単純で、リョーマの妻である葵と初めて出会い、よく時間を過ごした校内での場所が教室だからである。
ちなみに2年生と3年生では残念ながらクラスが別れてしまったため、2年と3年の教室はそこまで思い出深く残っていない。

「───連絡は以上。何か質問ある?」

帰りのSHRを進めていたリョーマは、最後に生徒への連絡事項を告げて質問の有無を問うた。
ぐるりと琥珀色の瞳が教室内を見渡すが、生徒は誰も手を挙げなかった。

「ないみたいだね。じゃ、SHR終わり。号令かけて」

リョーマが担当するクラスのSHRは終わるのが他のクラスより数分早い。
日直の号令がかかれば、生徒たちは一斉に席を立って礼をする。
そこで解散となるのだが、リョーマはいつもSHR後に足止めを食らっていた。

「越前先生!ちょっと聞きたいんですけど…」

「あっ、私も私も!」

それは生徒(主に女子)が勉強に関する質問を投げかけてくるからである。
英語のワークを片手に持った女子生徒が教卓に駆け寄り、リョーマに英文を差してわからない箇所を質問する。
ついでにとばかりに他の生徒たちもリョーマの解説を聞くため、せっかく早めにSHRが終わっても生徒たちが教室をあとにするのは他のクラスと変わらない。
リョーマは仕方なさそうに溜息を漏らし、生徒の質問一つ一つに丁寧に答えて言った。

「わかった?」

「はいっ!」

「じゃ、今日は終わり。さっさと部活行きなよ」

生徒の名簿や連絡事項の書かれた紙などが挟まれているバインダーで自身の肩を軽くトントンと叩くリョーマ。
その表情はどこか呆れたようなものではあるが不満げではなく、やはり教師という職業のせいか生徒に慕われるのは悪い気がしないらしい。
ふっと小さく口元に笑みを浮かべ、そのまま教室をあとにした。

「やっぱ越前先生カッコいいよねーっ!」

リョーマがいなくなった教室では、途端に黄色い声があちこちで上がりだす。
頭はいいし顔もいいし、教師からも生徒からも信頼が厚く、テニスも強い。
まさしく非の打ちどころがないようなリョーマに、年頃の少年少女たちは大きな憧れを抱くのだ。

「もーっ、あたし越前先生と同い年なら絶対狙ってた!」

「アンタには無理無理」

「何それひどーっ」

コントにも聞こえる会話に、周囲の生徒がどっと沸く。
基本的に仲の良いクラスのため、ありえないようなことを発言しても笑いのタネになるだけだ(本人が不愉快にならない程度の)。

「でもさ、やっぱ越前先生ほっとく女なんていないよね。結婚してて、しかも子持ちでしょ?」

「越前先生からプロポーズしたって話聞いたことあるよ?」

「奥さん美人なんだってねー!」

そんな色恋沙汰で盛り上がる女子たちに、ある男子生徒が口を挟んだ。
それはリョーマが顧問を務める男子テニス部の部員だ。

「越前先生がここのOBってのは皆知ってるだろ?で、先生テニス部だったらしいんだけどさ…中学ん時から付き合ってたのが今の奥さんらしいぜ!」

「えっ、うっそマジ?」

「うわー、純粋!」

男子生徒からの情報に、女子生徒たちは更に盛り上がる。
リョーマが21歳で結婚し、3歳の子持ちであることは有名な話だ。
単純計算で6年以上の交際期間を経ていることになり、その間の浮気等も一切ないということに色めき立つ。
ちなみにリョーマは子煩悩の愛妻家としても有名である。
常に妻である葵と息子の写真を持ち歩いているとか。

「越前先生、マジで奥さんと子供のこと好きみたいでさ。休憩時間に話聞いたら盛大に惚気てくれたよ」

苦笑を漏らす男子部員。
想像できるようなできないようなリョーマの姿に、女子生徒たちは微妙な表情を浮かべて顔を見合わせた。
それでもリョーマの人気が衰えることはないのだが。

「ってヤベ!もう時間じゃん、部長に走らされる…っ!じゃ、またなー!」

ふと時計を見上げた男子部員が、さっと顔を青ざめさせて教室を飛び出す。
背後からのばいばーい、という挨拶を聞きながら廊下を走った。

青学男子テニス部には、いつからか遅刻したり揉め事や問題を起こした場合はグラウンドを罰走させられるというルールがあった。
罰走を命じるのは主に部長だが、リョーマが顧問になってからはリョーマが罰走を命じることもある。
OBであるリョーマは部長を務めていた期間もあったため、当然と言えば当然なのかもしれないが。

猛ダッシュをしたところで既に部活開始時刻は過ぎているため、男子部員は結局部長により罰走10周を命じられるのだった。





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