□夫婦でダイエット?
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10月に入り、つい数週間前までの真夏日はどこに行ったのか寒さを覚えるようになっていた。
はぁ、と息を吐き出してみれば、そこからは寒さを表す白いソレが見えていた。

「冷えてきたねー」

「こたつに足突っ込みながら何言ってんのさ」

こたつの上に置いてあったリモコンでテレビのチャンネルを次々に変えながらそういえば、彼は呆れたように私を横目で見ながらそう言ってきた。
彼は結婚して2年目になる私の旦那だ。
高校に入ってから交際を始めて無事にゴールインし、今でも昔のように仲がいいと自負している。

「だって冷え性なんだもん。足の先冷たいよ」

私と同じくこたつに足を突っ込みながら、湯気の出ている緑茶をすする彼、リョーマ。
私は末端冷え性なのか、分厚い靴下を履いてこたつに足を入れても爪先はいつも冷たかった。

「知ってるよ。何年悠香と一緒に寝てると思ってんの…」

私たちは同棲期間中から同じベッドで寝ていた。
だから私が冷え性であることをリョーマはよく分かっていて、今までにも冗談半分に冷たい足をリョーマに押し当てることが何度かあった。
夏は文句は言われないけど(足癖悪いよとは言われる)、冬に本気で眠りかかっている彼に意図的に冷えた足先を当てると怒られる時がある。
それが偶然当たるだけなら靴下を履くように言われるだけだけど、一度意図的にやったらしばらく口を聞いてもらえなかったのは苦い思い出だ。

「どうすれば冷え性治るかなー」

この時間帯に見る番組がなくて、結局テレビを消してリモコンをこたつの上に置いた。
リョーマも見るものがなかったからか、特にそれに対して何かを言うことはない。
この冷え性にはずっと昔から悩まされてきたのだが、リョーマは「無理じゃない?」と冷たい返事をするだけだ。

「なんとかしたけりゃ新陳代謝あげなよ。…だからテニスすればいいって言ってんのに」

リョーマは幼い頃からずっとテニスをやっていた。
普通に就職した今でもテニスはずっと続けていて、私はいつもそれを見るだけだ。
なぜって私は運動音痴で、一度やらせてもらったテニスで盛大に空振りしたことがあるほどだ。
テニスの弾を打ち返すのって難しいよね、リョーマは簡単にやってのけるけど。

「だから、私はリョーマと違ってテニスなんてできないのーっ」

「じゃあ走る?とにかくもっと運動した方がいいんじゃない」

私はリョーマが猛反対をしたために専業主婦をやっている。
バイトやらパートやらもしていないから、家事をする以外にまともな運動などしていない。
まぁ家事を運動に分類していいのかどうかはわからないけれど。

「最近、体重増えたって言ってたじゃん」

「う…」

ここ2,3ヶ月で私の体重は数キロも増加してしまった。
20歳代である私としてはやはり体重増加は気になるもので、家事をしながら多少のエクササイズはしているもののゆっくりとしか減少しないのだ。

「だってー…」

結婚してまだ2年、一応新婚と称される時間しか経過していない。
リョーマへの想いは小さくなるどころか毎日一緒にいるだけでだんだん大きくなるばかりで、当然ながらリョーマにはいつまでも学生時代のように可愛いと言ってもらいたい。
要するに、ダイエットがしたいのだ、私は。

「運動なら俺も付き合うんだから、いいじゃん別に。最初はちょっとでもいいからさ、何か始めた方がいいと思うよ?」

ちなみにリョーマは他の同年代よりも引き締まっている。
腹筋だって割れてるし、体脂肪率だって低いみたいだし。
それに、昔よりも随分美形に磨きがかかったと思う(ご近所さんでも有名な美旦那、だそうだ)。

「あのね、悠香。運動してる方が当然健康にもいいんだよ?俺はいつまでもお前には元気でいて欲しいんだから」

「はーい…」

「三日坊主にならないように、俺がしっかり見張ってあげる」

クスリと笑みを浮かべたリョーマは、相変わらずカッコいい。
けれどサディスティックな一面を持っているリョーマが見張るだなんて…厳しそうだ。
リョーマは中学時代と高校時代、男子テニス部の部長を務めていた期間がある。
その時のメニューはかなりスパルタだったらしく、リョーマの友人でもある堀尾君たちが愚痴っていたくらいだ。

「じゃ、早速行こうか?」

「え」

「天気もいいみたいだし、ホラ、ジャージに着替えてさっさと行くよ」

どうやらリョーマは今すぐにでも動きたいらしい。
こたつから足を抜くと、立ちあがって私に手を伸ばしてきた。
その手をとろうと伸ばした瞬間、こたつの上に置いていたスマートフォンが振動する。
画面に表示されたのは、1つ年上である友人の杏ちゃんからのメールだった。

「…見るだけね」

仕方なさそうに息を吐いたリョーマは、スマホを見る許可をくれた。
画面をスライドしてロック画面を解除すれば自動的にメール画面が開いて。
内容を要約すれば、来週末にでも一緒に夕食を食べないかという御誘いだった。
杏ちゃんもつい最近結婚したばかりで、どうやら夫婦そろって一緒に行こうと誘ってくれたらしい。

「杏ちゃんが今度一緒にご飯食べないかって」

「杏サンが?」

杏ちゃんは結婚して苗字が橘じゃなくなった。
前まで橘サンと呼んでいたリョーマは、杏ちゃんが結婚してからは杏サンと呼ぶようになっていた。
杏ちゃん夫妻と私たち夫婦は既に何度か一緒に食事をしたり遊んだりしている。
リョーマと杏ちゃんの旦那さんはウマが合うらしく、健康のためにと二人ともお酒は飲まないけれどかなり話が弾むと言っていた。

「ふーん…まぁ、いいんじゃない?」

「わかった、じゃあメール送るね。ちゃんと休みとってよ?」

「はいはい、わかってるよ」

リョーマの仕事は、お給料はかなりいいわりに希望休の融通がきくらしい。
たぶんリョーマの仕事ぶりも評価されてるんじゃないかと私は思っているが、1週間前までに休みの希望をすれば休日が取れることが多いのだ。
もちろんその代わりに本来の休日が仕事になるのだが。
了承の返信を送れば、すぐに楽しみ!という内容の返信がくる。
このメールにも返信すると、結局いつまでもメールを続けてしまうことになるためスマホの画面を切った。

「じゃ、来週食べに行くためにも体重減らさなきゃね?」

「…そーだね」

杏ちゃんに最後に会ったのは先月の末だった。
それからも体重が多少増えていたので、来週までに少しでも体重は減らしたい。
結局ダイエットのためか健康のためか私はリョーマと一緒に運動をする運命にあったらしい。

「リョーマぁ」

名前を呼んで手を伸ばせば、ふっと笑みを浮かべたリョーマが私の手を取って引っ張ってくれる。
その力を借りて立ち上がり、そのままリョーマに抱きついた。

「公園にでも行って走ろうか?」

額同士をくっつけて、リョーマがどこか嬉しそうに言う。
今私たちが住んでいる新居の近くに大型の運動公園があって、そこにはジョギングをする人が大勢いる。
昼過ぎである今は、きっと走っている人もいるだろう。
ちゅ、と触れるだけのキスをしてきたリョーマが身体を離す。
今日は午前中だけ仕事があったリョーマは、帰ってきてからすぐに楽なジャージ姿に着替えていた。
リョーマはそのまま運動が出来る格好で、対して私は運動に不向きなワンピース姿だ。
ジャージはリョーマと色違いで購入したFILAのものがあるから、私はそれに着替えてリョーマと走ることになるだろう。
リョーマの愛用メーカーは昔からFILAであり、当然ながら今リョーマが身につけているのもFILAのものだ。
だから色違いのジャージで揃って公園を走っていれば、きっと周りからはおしどり夫婦にでも見られるんだろうなと想像して少し楽しくなった。

「うん!」

えへへ、と笑みを浮かべれば、リョーマは何笑ってんの?と不思議そうに首を傾げた。



夫婦でダイエット?



(こんにちはー)

(あれ、越前さんこんにちは)
(夫婦そろってジョギングですか?)

(ええ、ちょっと旦那に付き合ってもらって)

(相変わらず仲がいいですねぇ)
(ジャージも色違いで)

(ありがとうございますっ)

((…ああ、悠香がやる気だしたのはコレが原因か))
((色違い程度で喜ぶなんて、単純なヤツ…))

(旦那さんもこんな奥さんを持てて幸せでしょう)

(ええ、自慢の妻ですよ)

((キュンってきた!))
 

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