□コインシデンス
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「じゃあ、またねー」

「ばいばーい」

土曜日、部活が休みなのを利用して私は親友の杏とともに遊びに来ていた。
最近何かと上手くいかないせいでたまったストレスを吐き出すために、カラオケに行ったのだ。
そのあとプリクラを撮って、門限のある杏と別れて自宅へと向かっていた途中のこと。
今日は月刊プロテニスの発売日だったことを思い出して、私は本屋に寄ることにした。
…今思えば、それが間違いだったのかもしれない。

「ねぇ、いいでしょ彼女ぉ〜」

本屋に入ろうとしたとき、私は見知らぬ男3人組に声をかけられた。
どうやら道がわからないらしく、尋ねられたスポーツショップへの道をわかりやすく口頭で説明した、はずだった。
しかし彼らはその説明ではわからないからそこに連れていけと言い出したのだ。

「その、困ります。私…早く帰らないと」

「えー、まだ5時過ぎだぜ?いいでしょ別に〜」

「それに本屋寄る時間はあるんだろ?」

ホントなら、もう雑誌を買って本屋を後にしている予定だったのに。
今この男たちに捕まったせいで10分も時間を無駄にしている。
薄情なことにこの光景を見ている道行く人々は、面倒事にかかわりたくないと視線をそらしてそそくさと去っていくのだ。
…つまり、この状況を自分で何とかしなければならない。
けれどそんなことが中学2年の女子である私に出来るはずもなく、ただ鞄を胸元で抱きしめながらどうしようかと考えている途中だった。
いっそのこと、逃げだすのが一番だろうか。
幸いにも私はテニスをしているおかげで足は速い方だし、隙をつけばこれくらい逃げられるだろう。
ふぅ、と息を吐いて深呼吸し、いざ走り出そうと足に力を入れた瞬間───

「…ねぇ、何やってんの?」

どこか呆れを孕んだような声がかけられた。
なぜか聞いたことがあるように感じ、男たちの間からその声の主を見てみる。

「っ越前君!」

どうやら彼は私には気がつかなかったのか、少し驚いたように目を見開いた。
彼、越前リョーマ君は1つ下で他校の生徒だ。

「不動峰の…悠香さん?」

ぱちぱちと何度か目を瞬かせ、そう呟いた越前君。
男子テニス部の大会には私も杏もよく応援に行くから、越前君とは何度も会っている。
けれど実際に会話をしたのは2回くらいで、正直人覚えの悪いらしい越前君に名前を覚えられているとは思わなかった。
しかし驚いたような表情を浮かべていたのも一瞬のことで、すぐに眉を吊り上げて男の人たちを睨みつけた。

「…この人になんか用?」

「あ?なんだよボーズ」

どこか迷惑そうな表情を浮かべる男たちに、越前君ははぁと溜息を吐いた。
もうすっかり見慣れてしまった、レギュラー8人のみが着用を許される青と白と赤のジャージ。
肩にテニスバッグを持っているのだから、きっと部活帰りなのだろう。

「どうでもいいけどさ……その、汚い手で、悠香さんに──触ろうとすんな」

一瞬、越前君の言葉に鳥肌がたった。
私と同じくらいか、むしろ私より少し低いであろう体躯から感じる威圧感。
それを肌で感じ取ったのだろう、男たちは情けない声をあげてお決まりの「覚えとけよーっ」という言葉を残して走り去っていった。

「大丈夫っスか?」

思わず膝から崩れ落ちそうになって、慌てて越前君が支えてくれた。
どうやら私はあの男たちにわずかながら恐怖心を抱いていたらしい。

「ったく、こんな時間にこんな所で1人でいるから」

「だって…雑誌、買いたくて」

「月刊プロテニス?」

こくりと頷く私に、越前君は仕方がないと言わんばかりの溜息を吐いた。
今日が月刊プロテニスの発売日であることは当然越前君も理解しているだろう。
テニス部に所属している人の大半が購入している有名な雑誌だから。

「それなら、もっと早く買えばよかったじゃないスか。何でこんな時間に」

どこか不満そうな越前君に、つい30分ほど前まで杏と遊んでいたことを説明した。
越前君は大きく長い溜息を吐き、私の額を指ではじいた。

「いたっ」

「そういうの、無計画って言うんスよ。遊ぶ前に買うとか、途中で一緒に寄ってもらうとか、方法はいくらでもあったでしょ」

「ご、ごめんなさい…」

どうして私は後輩に怒られているのだろうか。
越前君はしばらく私に視線を向けた後、無言で私に手を差し出してきた。
え、と戸惑う私に、越前君はどこかぶっきらぼうに答える。

「雑誌、買うんでしょ」

「う、うんっ」

どうやら越前君はついてきてくれるらしい。
引き止められること10分余。
ようやく私は本来の目的である雑誌を購入するために本屋に足を踏み入れることができた。

「ありがとね、越前君」

「別に…ただ、邪魔だっただけっスから」

ぷい、とそっぽを向く越前君はきっと照れているのだろう。
越前はツンデレなんだよ、と青学の誰かが言っていたのもわかる気がする。

「でも、助かったのは本当だから。…あ、お礼に何かおごろうか?」

「いや、いいっス」

ちょうど今月のお小遣いをもらったばかりなので、財布にはまだまだ余裕がある。
だからそう申し出たのだが、越前君はどこか複雑そうな表情で断ってきた。

「遠慮しなくてもいいのに…」

「遠慮とかそういうんじゃなくって……好きな人におごってもらうとか、情けなすぎるだけだし」

最後の方、何かモゴモゴと口の中で呟いた越前君。
聞き取れなくて、思わず「え?」と聞き返してしまった。

「っ何でもない!」

すると越前君は、頬を僅かに赤らめて声を荒げてしまった。
ずんずんと本屋の中を進み、目的のスポーツ雑誌が置かれているコーナーに向かう越前君。
小さいはずの背中はどこか頼りがいがあって、けれど同時に少し可愛らしくも見えて。
思わずクスリと浮かんだ笑みをそのままに、私は慌てて越前君の背をおいかけた。



コインシデンス



(悠香ーっ)

(あ、杏おはよう)

(おはようっ)
(土曜日、越前君と一緒だったんだって?)

(っな!?)

(実はね、神尾君が"園田と青学の越前が一緒にいるーっ!"って電話かけてきたの)
(なになに、悠香にもついに春到来?)

(ち、ちが、そんなんじゃなくって…!)

(顔真っ赤にして否定されても説得力ないわよ)
 

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