□唯一の理解者
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昔から、私は変なものが見えた。
たとえば目が一つしかない男の子だったり、角らしきものが生えた肌の青い人だったり。
私以外には見えないソレは、妖怪と呼ばれる類のものらしい。
幼い頃は私以外に見えないことが理解できなくて、そこに血だらけの女の人がいるとか口に出してよく皆を怖がらせていた。
…だから、私は多くの人たちに嫌われた。
唯一私を守ってくれたのは、昔は私と同じものが見えたというおばあちゃんとおじいちゃんだった。
お父さんとお母さんは私を気味悪がって、だから私は小学生の中学年ごろからずっとおばあちゃんたちの家でお世話になっていた。
けれどおじいちゃんもおばあちゃんもつい先月老衰で亡くなり、私はお母さんたちと一緒に暮らすことになった。
それに伴って落ち着いていた中学生生活も終わりを告げ、私は昔私をイジメていた人たちが大勢いる中学──青春学園中等部に転校することになった。

私に何かが見えることを言わなければ、私は普通の女の子として生活できる。
それに気付いたからこそ、私はおばあちゃんたちと一緒に暮らしていた時は何かが見えると口にしたことはなかった。
きっと、今なら笑って誤魔化せるだろう。
あのときは、皆に構ってほしくて虚言を口にしていたと。

今度こそ友達を作ろう、そう決意して青学に入学したのは約1ヶ月前。
この青学には、以前の学校よりも多くの妖怪らしきものを目にするようになった。
けれどたいてい人の形をしていないソレを見分けることはたやすく、私はまるで何も見えていないという風に振る舞ってきた。
私から何かアクションを起こさなければ、たいてい向こうは何もしてこないのだ。

「ほら、早く早くーっ」

「あー、待ってよ朋香ちゃん、桜乃ちゃん!」

転校してすぐに、私はクラスメイトの小坂田朋香ちゃんと竜崎桜乃ちゃんと仲良くなった。
1ヶ月経っても広い青学の校内を覚えることができず、私はいつも彼女たちのお世話になっている。

「もう、悠香ってばぼんやりしてるんだから…」

どこか呆れたように言う朋香ちゃん。
ごめんごめん、と謝って慌てて止めていた足を動かした。
私が先ほどまでみていたのは、窓の外。
桜の木の下で眠っているらしい青学生を見かけたのだ。
確か、隣のクラスの越前君、だった気がする。
朋香ちゃんと桜乃ちゃんがよく話してくれるから一方的に知っている人だ。

「何か見えたの?」

「んー…ちょっと、ね」

「ふーん?」

不思議そうに首を傾げる桜乃ちゃんに、曖昧に微笑んで誤魔化した。
知られてはならない、この心優しい2人には。
けれどあの越前君とやらは何とも不思議な人だ。
何度か廊下ですれ違ったことがあるけれど、そのたびにいつも動物が周りを付きまとっている。
一瞬驚いてしまったけれど、他の人たちは気にも留めていないというか何度もその動物たちをすり抜けているのできっと私以外には見えないものなのだろう。
…けれど私が見た中で一番動物が多くて、そして、一番温かくて優しいと感じた。
だからきっと越前君は、朋香ちゃんや桜乃ちゃんはクールで素気ないというけれど、根は優しい人なのだろう。


そう思ったのはつい先日のこと。

「え、えーっと…」

私はなぜか、その心優しいであろう越前君に腕を掴まれていた。
ことの発端は数分前。
いい加減に校内を覚えなければならないからと、私は放課後に校内散策をしていた。
遠くからは部活動の掛け声が聞こえ、学校の名前の通りに青春してるなぁと考えながらぼんやり歩いていて。
あの、桜の木の下に、例の越前君を見つけたのだ。
相変わらず、彼の周りには多くの動物がいた。
そして──越前君は、その動物たちを、優しそうに目を細めて見つめていたのだ。
挙句、犬の霊らしきソレの頭を撫でていた。
その光景を見てしまい、私は慌てて隠れようとして、それに失敗し見つかってしまったのだ。
先ほどの優しげな表情など消し去った越前君は、恐ろしいほど鋭い視線を私に向けて見下ろしてくる。

「……見たの」

ぽつり、と越前君が呟くように言った。
その言葉に、はっと我にかえる。
あの光景は、この心配そうに越前君を見上げる動物たちが見えない人からすれば何をしているんだと訝るようなものだろう。
もし見えない人にあの光景を見られれば、あるいは、昔の私のように───…。

「見た、よ」

「……っ」

越前君が唇をかみしめた。
瞬間、動物たちが私に敵意を向けてきたのもわかる。
ああ、この子たちは本当に越前君が好きなんだなぁなんて他人事のように思った。

「この子たち、可愛いね!」

次いで私の口から出てきたのはそんな言葉だった。
驚いたように顔をあげた越前君は、その端整な顔をポカンと呆けたような表情に染め上げている。

「え、」

「越前君、動物好きなんだね。こんなにいっぱい周りにいる人、初めてみた」

遠まわしに私にも見えるのだと言えば、周りの動物たちの敵意が少しだけ緩んだ。
けれど警戒心は全く緩んでいない。
今にも襲いかかられそうで、内心ヒヤヒヤものだ。
…私のように見える力がある人は、私たち以外には見えないソレらから害を及ぼされることがある。
それは怪我であったり病であったりと様々ではあるが、見えない人にはそこまで影響は与えないものだ。

「…アンタも、見えるの?」

「ここにいる犬とか猫とか鳥とか狐とかが、実際に生きている子たちじゃないのであれば確実に」

越前君は綺麗な琥珀色の瞳をゆらゆらと揺らめかし、そして──私に、抱きついてきた。
抱き、ついてきた…?

「え、ええええ越前君!?」

「……」

越前君は無言だ。
しかし何かを伝えたいかのように、私の背中にまわした腕でぎゅっと制服を握りしめてきた。
そこで、ようやく理解する。

ああ、彼は、越前君は…ずっとずっと、寂しかったのだ。

「見える人は、初めて?」

「…俺以外、誰も見えないって。俺の傍には、いつもこんなにもいてくれるのに」

彼のお父さんとお母さんは、きっと越前君を見捨てていない。
けれどただ構って欲しいのだと勘違いをしているのだろう。
越前君は、きっと、自分以外の誰かに、見えないモノの存在を伝えるのを諦めてしまったのだ。

「名前、教えてよ」

あれから数分、もしかしたら十数分。
ようやく身体を離した越前君が、狐の頭を撫でながら問うてきた。
越前君を守るように一緒に座っている動物たちはどうやら私に対する警戒心を解いてくれたようで、私の膝の上にはリスが丸まっている。

「園田悠香。…越前君も、教えて?」

「知ってるくせに」

どこかむっとした様子で唇をとがらせた越前君は、けれどすぐにどこか嬉しそうな笑みを浮かべた。

「越前リョーマ」

「リョーマ君って呼んでもいい?」

越前君は女の子に名前を呼ばれるのをあまり好まないらしい。
桜乃ちゃんはリョーマ君、朋香ちゃんはリョーマ様って呼んでるけど…いつも微妙な表情を浮かべているらしい。
だからこの提案は望み薄だったんだけど、越前君はふっと見惚れるような笑みを浮かべて私に視線を向けてきた。

「──呼び捨てでいいよ、悠香。せっかく見える人間同士、俺は悠香と仲良くしたい」

越前君をリョーマと呼び捨てにする人はこの学園には先生しかいないらしい。
そして、名前を呼び捨てにされる人はこの学園にはどこにもいない。
どうやら越前君…もとい、リョーマは今まで孤独を感じていたようだ。
確かに仲はいいけれど、それでも理解してもらえないこの目に映るソレら。
だからリョーマにとって、私は、今現在ではただ1人の理解者なのだろう。

「うん、私もリョーマとは仲良くしたいな」

「…よかった」

私の返事を聞いて、リョーマはほっと安堵の息を吐いた。



唯一の理解者



(…リョーマ、動きづらいよ)

(やだ)

(何でいちいち抱きつくの…っ)
((し、視線が!女の子たちの視線が怖いっ))

(いいじゃん別に。ぎゅーっ)

(あのねぇ…っ)
((まさかリョーマが抱きつき魔だとは…不覚))

(あーっ!?ちょ、ちょっと悠香アンタいつの間にリョーマ様とそんな関係にっ!?)

(と、朋ちゃん…っ)

((いやあああ朋香ちゃんと桜乃ちゃんの視線が痛いっ))
 

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