□ファストストーリー
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───アンタなんか家の子じゃないんだからっ!
───さっさとあたしとパパとママの前から消えろっ!

そう、実の妹だと思っていた娘に言われたのは一体いつのころだっただろうか。
幼い頃から気が付いていた。
私の両親は私と妹への態度が違い、明らかに私に興味がないことを。
私に何をしても文句を言われないと気がついた妹は、いつの日も私を貶し、殴り、蹴り、私の存在を否定してきた。
でも、きっと妹は気付いているのだろう。
私と妹では、第三者がみた場合にのみ明らかに妹のほうが劣っていると。

容姿も、成績も、運動神経も、交友関係も。
すべてが私の方が優れていて、妹はそれらに対して劣等感を抱いている。
私は、妹と違い家族に愛されなかった。
それは私が今の父と母の娘でないからだろう。
私は父と前妻の間に生まれた娘であり、今の両親が本当の両親だと言えるのは妹だけなのだ。
けれど、私は妹と違い、家族以外には愛されていた。
家族とそれ以外では、当然ながらそれ以外の数の方が圧倒的に多い。
小学校、中学校と私と妹は同じ学校だった。
家では威張り腐っている妹は学校ではいじめられっ子で、主に私と比べられてはイジメを受けていたらしい。
もし家でも同じような態度であれば、私は迷うことなく妹を助けただろう。
けれど妹は家では態度が悪く、今までの言動からしても私は妹を助ける気などさらさらない。
一度、妹がいじめられている光景を目の当たりにしたことがある。
私の周りには友人がいて、妹の周りにはどう見ても友人とは思えない女の子や男の子がいた。
その子たちは私に気がつくと、まるで何事もなかったかのように満面の笑みを浮かべて話しかけてきた。
残念ながら、私は同級生にも後輩にも慕われており、先輩にも可愛がられているのだ。
その日家に帰っていつものようにアンタのせいでっ!と怒鳴られたが、私は余裕綽々の笑みで心底憐れむように可哀想に、と呟いた。

あれから1年、私は首席で第一志望の進学校である高校に入学した。
もちろん学費を出してもらえるとは思っていないし出してもらうつもりもないので奨学金制度を使い、部活動には所属せずバイトばかりの日々を送っていた。
けれど私は進学先でも先輩方や同級生とも上手くいっていた。
妹はあれからどれだけ頑張ったところでこの学校に進学できるはずがない。
高校に入って安アパートを借りた私は、妹から完全に逃げきることができたのだ。
もちろん妹を許す気は全くないため、今でも仲がいい私の後輩であり妹の同級生には、妹が…と困ったように話をしている。
私を慕ってくれている後輩を利用しているようで多少気が引けたが、今まで散々私を弄んだ罰だ、妹に対する罪悪感は全くない。

そんな生活を過ごして数ヶ月。
相変わらず私はバイト三昧勉強三昧の忙しい日々を送っていた。
のだが。

「ええと…どちら様ですか?」

バイトを終えて帰宅した安アパートの私の部屋。
鍵を開けて中に入れば、六畳一間の部屋を見渡せる、いつもの光景が広がっているはずだった。
けれどいつものように帰宅した私の部屋には、見知らぬ青年が座り込んでいたのだ。
青年も目をパチパチと瞬かせており、何が何だか分かっていないようだ。
とりあえず玄関先で突っ立っているとご近所さんに訝しがられるかも知れない。
そう思い立った私はひとまず家の中に入り、靴を脱いで部屋に上がった。

「……ここ、どこ?」

「へ?」

一瞬目を瞬かせてから、このマンションの住所を簡単に説明した。
しかし青年は眉をよせ、再び「どこソレ?」と問うてきたのだ。
東京の某所だが、そこまで知名度は低くないハズだ。

「青春台って、ここからどれだけ離れてるの?」

「え、アオハルダイ?そんな地域初めて聞きましたけど…」

自慢ではないが、私は地理は得意なのだ。
東京二十三区のことなんて当然把握しているし、東京アオハルダイなどという地域がないことくらい知っている。

「は?」

「へ?」

話が繋がらない。
とりあえず詳しい話しを聞きたくて、私は動揺しているらしい彼を落ち着けるためにお茶を用意した。
マグカップに紅茶をいれて彼に差し出した。
どうも…と受け取った彼は、冷静でないことを自覚しているのかふぅ、と大きく息を吐いて紅茶に口をつけた。

「とりあえず、自己紹介でもしましょうか。私は園田悠香、高校一年生です」

私が名乗れば、彼は一瞬の沈黙ののち、越前リョーマ、同じく高一と名乗った。
越前君と呼べばリョーマでいいと言われたので、遠慮なくリョーマと呼ぶことにする。

「リョーマはさ、どうやってこの部屋に入ったの?鍵はかかってたはずだけど…」

「…俺にもわかんない」

「どういうこと?」

リョーマは少し困ったように眉を寄せて簡単に事情を説明してきた。
いつものように高校で所属するテニス部の部活を終えて帰宅。
その途中、腹部に衝撃を覚えて意識を失ったらしく、目を覚ましたらこの部屋にいたという。
しかし残念ながら私は腹部に傷を負ったこんな美青年を介抱しに家に連れ帰った記憶など無い。
そもそも彼ほどの美形なら、私以外の女が嬉々として介抱するだろう。

「お腹、何ともないの?」

「あ」

どうやら確認し忘れていたらしい。
リョーマは部活後で暑かったからとカッターシャツしか着ておらず、前を止めているボタンを外し始めた。
ボタンがすべて外したと思えば、ガバッと左右にめくった。

「あ、傷がある…」

リョーマの右脇腹には刺し傷が治ったような引きつった皮膚があった。
しかしリョーマは今まで右腹部に大怪我をしたことなど無いらしく、どうやらリョーマが気を失う前に刺された傷の痕のようだ。

「でも、そんな傷が1時間できれいに治るものかなぁ…?」

リョーマの話を聞く限り、気を失うのは今から1時間ほどしか経過していないようだ。
その1時間で傷が治り古傷のようになるなんてありえない。
しかも手術で縫われたような傷じゃなくて、無理矢理皮膚を伸ばしてひっつけたような傷。

「さぁ…。てかさ、」

「え?」

「近い」

どうして今堂々と脱ぐんだと少し赤らんでいた頬は、リョーマの傷を見た瞬間にどこかに吹き飛んだ。
そしてその傷を人差指と中指の腹で触れていた。
顔を上げればもう数センチ先にリョーマの顔がそこにあり、四つん這いで近づいたからか上目遣いになっているようでリョーマの頬が上気していた。
私が離れると、リョーマは僅かに頬を赤らめたままカッターシャツのボタンをしめる。
ナルシストではないが、私は自分の容姿が他人よりも目立つことを理解している。
生まれつきのこの容姿とスタイルのおかげで私は家族以外に愛されるようになったというのも少しは理由があるはずだ。

「ご、ごめん…」

「いいけど……」

慌てて離れれば、リョーマは少し照れたように手の甲で口元を覆った。
元の位置に戻って座りこめば、リョーマは少ししてから「悠香、」と私の名前を呼んだ。

「なぁに?」

「初対面でこういうこと言うのもおこがましいと思うんだけどさ、しばらくここに置いてくれない…?」

困ったように、申し訳なさそうに目を伏せたリョーマ。
確かに私たちは初対面で、リョーマの言うアオハルダイなど聞いたことがない。
そしてリョーマも私たちが今いる地域の名前を聞いたことがないという。
まるで私とリョーマが別の世界にいるような、どこぞの小説で読んだような内容。

「もちろん!」

私の返事に、リョーマはほっと安堵の息を吐いた。
一人暮らしを始めて数ヶ月。
家族に愛されなくて十数年。
もしかしたら、私は少し寂しかったのかもしれない。
リョーマがここにいたいと言ってくれて、何よりも嬉しさを感じる私がいた。




ファストストーリー




(それよりリョーマ、お腹すかない?)

(…そういや、何も食ってない)

(ふふ、じゃあ今から作るね)
(オムライスでもいい?)

(俺が作ってもらう側なんだから、悠香が好きなの作ってよ)

(じゃあ、オムライスで決定ね)
 

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