□Animal human
1ページ/1ページ






──2×××年。
技術が飛躍的に進歩した現代日本には、現在2種類の種族が共存していた。
ひとつは何億年も昔から変わらない人間。
もうひとつは、人間が生み出した動物人間と呼ばれる種族だ。
動物人間とは、動物の遺伝子と人間の遺伝子を掛け合わせることによって生まれる種族である。
主に人間を主体としているが、身体能力は動物遺伝子よりであり、犬や猫といった動物と掛け合わされたものは耳や尻尾が生えている。
それさえ隠せば人間となんら変わりはなく、生殖機能や言語能力や頭脳などのすべては人間とほぼ同じ機能を持っている。
故に動物人間が自分たちで繁殖を始めると、人間はその動物人間を"飼う"ようになった。
愛玩動物として、友人として、家族として、恋人として。
動物人間と人間同士で結婚する者も増え、今では動物人間が生まれるまで存在した純血の動物たちがいなくなるというほど浸透していた。
簡単に手に入り、簡単に追い出せる。
それが動物人間なのだ。

「悠香、ただいま」

日本の東京某所に在住している越前リョーマも、つい数ヶ月前に動物人間を手元に置くようになった人間の一人だった。
周囲の先輩や同級生たちと違うのは、リョーマは動物人間を購入したのではなく拾ったというところだろう。

「リョーマ!おかえりなさい」

部活を終えて帰宅し、リョーマが名前を呼ぶ。
すると、ゆらゆらと尻尾を揺らしながら、嬉しそうに猫と掛け合わされた動物人間──悠香が姿を現した。

現代日本のペットショップは、今は日本よりいなくなった犬や猫の代わりに動物人間を販売している。
値段は従来の犬や猫とほぼ変わりはなく、売れ行きも好調であるところがほとんどだ。
しかし中には動物人間をただのペットとして雑に扱う悪徳ペットショップも多く存在し、今は悠香と名付けられリョーマに可愛がられている彼女もその悪徳ペットショップに捕まっていたひとりだった。
動物人間は、基本は人間である。
だからこそ動物人間をごく普通の人間として扱う"獣人権"が憲法で保障されている。
当然警察などに見つかればオーナーは逮捕され、店は解散。
そこにいる動物人間たちは他の良心的なペットショップに移行される。
悠香はオーナーが逮捕されたときの騒動に便乗して逃げ出したのだ。
そして雨にうたれて途方に暮れていたところをリョーマに発見され、今に至るというわけである。

「いい子にしてた?」

「うんっ」

パタパタと駆け寄ってきた悠香の頭を撫でながら、リョーマが微笑を湛えながら問うた。
リョーマの両親は、リョーマが生まれる前から行き場のない動物人間たちを引き取っては社会に出ていけるようにと世話をしているブリーダーだ。
生まれた時から動物人間が周りにいる環境にあったリョーマは、ごく当たり前のように動物人間に愛着を持って育ってきた。
あるいは、人間以上に好感を持って。
だから雨に濡れて寂しそうな表情を浮かべていた悠香を放っておけず、元気になった今でも手放すことが出来ないのだろう。

「リョーマ、リョーマ、今日はもうどこにもいかない?」

顔をリョーマの体にこすりつけながら、悠香が問う。
リョーマはきっと同級生や先輩たちが見れば驚愕するであろうほどに口元を緩ませ、「いかないよ」と穏やかな声で答えた。
ちなみに顔や体を部屋や人間にこすりつけるのは、通常の猫が行うように所有欲の表れである。
また、モノににおいをつけることによって安心感を得たり、格上への挨拶などと様々な説が流れているが、その俗説が正しいかはいまだに不明である。

「明日は部活もないし、家で一日ゆっくりしようと思うんだけど…悠香はどこか行きたいところある?」

「リョーマといられるならどこでも!」

嬉しそうに笑いながら、悠香の首につけられた動物人間用のチョーカーについた飾りが揺れた。
人間に世話になっている動物人間は、他の人間に拾われてしまわないようにチョーカー型の首輪をつけることが義務付けられている。
黒く、先にクロスのついたソレは人間もアクセサリーとして使用するチョーカーとよく似ているが、それでもやはり首輪なのだ。
リョーマは一瞬だけ眉を寄せると、すぐに悠香を安心させるように笑みを浮かべた。
学校で苛立たしいことがあっても、自宅に帰り悠香の姿を見るだけでその苛立ちは忘れてしまう。
ブリーダーである両親から動物人間の世話の仕方を再三注意されてきたリョーマは、悠香と非常に良好な関係を築いていた。
それこそ、動物人間を飼っているご近所さんや先輩、同級生、後輩たちに羨ましがられるほどに。

「なら、明日は家でこの前買ったラグでも使ってゆっくり過ごそうか」

「うんっ!…でも、その前に、お腹すいた…」

嬉しそうに返事をしたあと、どこか恥ずかしそうに眉を寄せた悠香が告げる。
そろそろいつも夕食を作り始める時間であり、リョーマはクスクスと微笑みながら悠香の手を取ってキッチンに向かった。
動物人間は基本的に人間と同じものを食事にしている。
昔の動物たちのように食べられない食材というのはほとんどなく、寿命も人間の平均寿命とほぼ同等だ。

「じゃ、ご飯にしよう。昨日買ってきた魚でも焼こうと思うんだけど…いいでしょ?」

「お魚!」

リョーマの言葉を復唱し、悠香が万歳と両手をあげた。
悠香は魚が好物なのだ。
理由は単純に、初めてこの家に来た時に食べたものだから、である。
リョーマの服の裾をつかみながらついて歩く悠香に、リョーマはどこか嬉しそうに微笑みを浮かべたままキッチンの冷蔵庫をあける。
中には二人分の食材が数日分入っており、これらは昨日リョーマと悠香がスーパーに買い物に行った際購入してきたものだ。
材料を見ながら何を作ろうかリョーマが吟味しながら食材を出していると、この家に一つしかない固定電話が着信音を奏で出した。

はぁ、と溜息を吐いてリョーマが冷蔵庫を閉じる。
そして固定電話の受話器を外し、耳にあてた。
この家の家主はリョーマであるため、悠香が電話に出ることはない。
それはリョーマに電話には絶対でないこと、と言われているからというのが理由の大半を占めるのだが。

「もしもし……あ、先輩。どうしたんスか?」

どうやら相手は、同じ部活動に所属している先輩らしい。
余談だが、リョーマの所属するテニス部は大半が動物人間を飼っており、よくリョーマと悠香のように仲良くなりたいと相談を受けるらしい。

「え、明日?…悠香もっスか…」

相槌を打ちながら、リョーマが少し困ったように声を漏らした。
自分の名前がでたことにより、悠香は頭に生える耳をピクピク動かして反応を示した。
ちなみに悠香は真っ白な毛並みとアイスブルーの瞳をもった美猫である。

「………わかったっスよ」

大きく溜息を吐いて一言返事を返したリョーマが、受話器を睨みつけながらもとの位置に戻した。
悠香は不思議そうに首を傾げながら、今だに電話を睨みつけているリョーマに駆け寄って後ろから抱きつく。

「リョーマ、どうしたの?」

身体と腕の間から顔を押しだして覗かせる悠香の頭を撫でて、リョーマが電話の内容を簡単に説明した。

明日、部内で動物人間を飼っている部員のみで、動物人間のための親睦会が行われるらしい。
それにリョーマも誘われ、ぜひ!という押しに負けたので参加することになったのだとか。
リョーマ以外の人間に未だに警戒心を抱いている悠香に同じ動物人間の友人が出来るかも知れないという言葉に揺れたせいで、そこに付け込まれたのだとリョーマは吐き出すように告げた。

「お友達?」

「そ、お友達。…もちろん悠香が嫌なら今すぐにでも電話かけなおして断るけど、どうする?」

リョーマの問いに「んー…」と悩むような声を漏らした悠香は、ニコリと微笑んで行くことを了承した。
それはきっとリョーマの肩身が狭くならないようにと配慮したのだろうと理解したリョーマは、そんな悠香をぎゅうと抱きしめた。

「リョーマ、苦しいよ…」

「お前はホントに可愛いね。…ま、友達がいようがいまいが、悠香には俺がいれば十分でしょ?」

悠香の背中に腕を回しながら、ぽんぽんと頭を撫でるリョーマ。
少し不思議そうな表情を浮かべていた悠香は、次第にどうでもよくなったのかご機嫌であることをリョーマに伝えようとゴロゴロと喉を鳴らし始めた。



Animal human



((ああ、もう悠香ってばなんでこんなに可愛いんだよ))
((いっそバカって言われてもいい))
((悠香が誰よりも一番可愛い))

(リョーマぁ)

((この舌っ足らずな感じとかもう最高だよね))
(何?)
(…ああ、お腹すいた?)

(うん…)

(じゃ、急いで作るからちょっと待ってね)

(悠香も手伝う!)

((ヤバイ可愛い))
(ん、ありがと)
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ