□シスコン上等!
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「「まだまだだね」」

青春学園中等部、男子テニス部のコート。
顧問やテニス部部長に許可をもらって行われたダブルスの親善試合に勝利した男女は、FILAの白い帽子を被って吐き出すように言葉を紡いだ。

「ま、また負けた…!」

「やっぱり二人のダブルスは強いな」

明らかにショックを受けたような男子生徒と、苦笑を漏らした男子生徒。
二人はこの男子テニス部最上級生であり、巷ではゴールデンペアとして有名な菊丸と大石である。
相手をしていた少年少女のうち少年の方は、男子テニス部の1年生レギュラーだ。

「俺と悠香に勝てるわけないじゃないっスか」

そしてもう一人の少女は、少年の双子の妹。
少年──越前リョーマの言葉に、悠香はそれに同意する言葉を漏らした。

「おチビは悠香ちゃん以外とダブルスできないくせにっ」

菊丸はむっと唇をとがらせながら不平不満を漏らした。
リョーマはその唯我独尊的な性格から、協調性が重視されるテニスのダブルスは根っから苦手としている。
が、唯一双子である悠香とペアを組んだ場合のみダブルスでも実力を発揮するのだ。
それは主に悠香がリョーマの思い描いた通りに動き、サポートに回るからである。
12年もの間誰よりも近くで育ってきた二人は、誰よりも意思の疎通ができるのだ。

「いや、そもそも悠香以外と組んだのが間違いだったんスよ。やっぱダブルスは悠香以外とは出来ないし」

どこかつまらなさそうにリョーマが答える。
そんなリョーマに、悠香は仕方なさそうに溜息を吐いた。
風が吹き、リョーマと悠香の翡翠が混じった髪を撫でていく。

「リョーマが私以外と出来ないなんて最初からわかりきってたじゃない。だから反対だったのよ」

それは公式戦でリョーマが初めて悠香ではなく1つ上の桃城という先輩と組んだときの話だ。
悠香と組んだ場合はゴールデンペアである菊丸や大石にも勝てる実力を発揮できるのに、あの時の試合は本当に悲惨だったと今でも悠香は口にする。
ちなみに悠香は今は男子テニス部にいるが、本来は女子テニス部のレギュラーである。

「悠香うるさい」

「ホントのことなのに」

リョーマに横眼で見られ、悠香は肩をすくめた。
聞きようによっては兄妹喧嘩であるが、当人たちにとってはごく普通の会話だ。
些細なことで喧嘩をすることはあるが、数時間後にはいつの間にか仲直りしているのがこの二人。
兄妹ではあるが、知らない人が見れば二人はまるで恋人同士のように見えるのだ。
軽口を叩き合いながら、リョーマと悠香はコートを出る。
菊丸と大石もそれに伴って文句を漏らしながらもコートを出た。

「悠香」

「ん。…はい」

「サンキュ」

ベンチに置いてあったドリンクのボトルを2本取ると、そのうちの1本を悠香に差し出すリョーマ。
同じくベンチに置いてあったタオル2枚を手に取った悠香が、ドリンクを受け取る際にタオルを渡した。
リョーマは礼を言ってタオルを受け取り、それで額を流れる汗をぬぐう。
言葉にせずともリョーマと意思疎通ができるのは、双子である悠香だからなせる技であった。

「本当に二人は仲がいいね」

そんなテニス部ではごく当たり前の光景に、笑みを湛えながら不二が声をかけた。
同時に顔をあげたリョーマと悠香は、よく似た顔を同じような訝しげな表情にしていた。

「何スか、急に?」

「いや…何となく、かな。二人は喧嘩とかしたことないの?」

不二の問いかけに、「あ、それ俺も気になる」と他の部員が便乗して質問の答えを待った。
ここで言う喧嘩とは、きっと日常的な些細なことではなくなかなか仲直りもできないような大きな内容のことだろう。
顔を見合わせたリョーマと悠香は、少し昔を思い出すようにほぼ同時に首を傾げた。
そして。

「「あ、1回だけある」」

同時に思い出して、同時に言葉を発した。
へぇ、どんな?という不二の問いに、リョーマよりも表情豊かな悠香が苦笑を漏らして口を開いた。

「結構昔のことなんですけど、私たちがアメリカにいた時に」

「アレ、今でも俺は許してないからね」

「えー…もう時効でしょ」

誰がどう見ても片割れの妹を溺愛しているリョーマが、おそらく数年前の出来事をいまだに許さないという。
いったいそれはどんな内容なのかと、部員たちがどこかワクワクしたような表情で次の言葉を待った。

「時効?よく言うよ。俺がどんだけ心配したと思ってんの」

ふん、と鼻で笑ったリョーマ。
悠香はむぅ、と唇をとがらせてリョーマの脇腹を軽く小突いた。

「で、どんな内容なの?」

「……悠香が、8歳の時に自分でストーカー撃退して、そんときに…」

どこか言いづらそうに、リョーマがその内容を説明した。
思わず、は?と言葉を漏らした先輩たちに、悠香が溜息交じりにもう少し詳細な内容を語り出した。

「アメリカって、結構変質者とか多いんです。で、私も昔から何回もそういうのに遭ってきて…で、8歳の時に知らないおじさんにストーカーされて。腹が立ったから自分で追い払ったんです」

「…どうやって?」

「テニスボールひたすら本気でぶつけまくりました」

しれっと応える悠香に、その話を聞いた全員がリョーマが憤った理由を理解した。
リョーマと悠香が双子であることを知っている人間は、全員が口をそろえてシスコンだといわれるほどに悠香を溺愛しているリョーマ。
唯一無二の大切な可愛い妹が幼いながらにたった一人で大人の男相手に喧嘩を売ったとなれば誰であっても心配するだろう。

「私は平気だって言ってるのに、リョーマも母さんたちも全然聞いてくれなくて」

「いや、それはそうだと思うぜ!?」

不満そうな悠香に、桃城が冷や汗を流しながら答えた。
相手はストーカーをするような思考回路の持ち主で、しかも大人だ。
アメリカでは銃社会が当たり前で、もしかしたら応戦したときに撃たれていたかもしれない。
リョーマは心配したからこそ怒り、心配されたくなかったから自力で撃退した悠香はその怒りを受け入れられず。
人生で初めての大喧嘩へと発展したわけである。

「そういえば、あれからだよね?リョーマが滅多に私から離れなくなったのって」

「悠香は目を離すとすぐ変態に目ぇつけられるから。…あれから何回変態追っ払ったと思ってんのさ」

「え、あれからもあったの?」

呆れたように答えるリョーマに、悠香が驚いたように声をあげた。
あの日以来、変質者には遭遇していないと思っていたからだ。
実は心配したリョーマが悠香に気付かれないうちに撃退していたらしい。

「…やっぱり越前ってシスコン」

ぽつりと誰かが呟いた言葉に、その場にいた全員が大きく頷いた。



シスコン上等!



(ってかリョーマだってひとりで相手してたんじゃん!)

(俺はいいの、悠香はダメ)

(なんで、男尊女卑なんて認めないわよ!)

(少しは俺の気持ちも考えてくんない?)
(ホントに心配したんだよ)
(もしものことを考えるだけで、死ぬかと思った)

(……でも、)

(何回も言ってるし何回でも言うけど、俺は悠香がいなくなったら生きていける気がしないんだよ)

(リョーマ…うん、わかった、気をつける)


((((((((((なんでこいつら兄妹なんだろ、もう恋人並じゃねーか…))))))))))
 

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