□アフターガール
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俺の隣の席の女子生徒は、ぱっと見陰気臭い。
今時古臭いみつあみだし眼鏡だし、基本的に物静かでいっつも本読んでるようなやつ。
物事を頼まれたら断るのが苦手な性格なのか、よく面倒事を押しつけられてる。
いじめまではいかないけど、きっとクラスの大半の連中はこの女子生徒──園田悠香を内心嘲笑っているだろう。
念のために言っておくが、俺は別に園田のことが嫌いじゃない。
どんくさいやつだし陰気臭いとは思うけど、どちらかと言えば俺は他のクラスメイトよりも好感を持っている。
理由は単純で、園田が動物好きだから。
この青春学園高等部には野良猫が住みついており、俺は中等部のときからその猫によく会っていた。
なぜか俺は動物に懐かれる体質らしく、その猫にもすぐに懐かれて。
でも俺以外の生徒とか教師には一切懐いていなかった。
そう、唯一園田を除いて。
俺と園田にだけ懐いてる猫は、なぜかよく俺と園田を会わせようとしているようだった。
実際に会話が出来るわけじゃないけど、動物たちが伝えたいことは何となく理解できる。
この猫は、たぶん友達が少ないであろう園田と俺を友達みたいな関係にしたかったんだと思う。
まぁ、蓋を開ければたまにしか会話をしないような関係なんだけど。

ただ、ひとつ思う。
園田は磨けば絶対美人だ。
眼鏡をはずして髪型を変えてニコニコわらってりゃきっとこの学年で一番の美人だと思う。
もちろん想像だけど、でも俺はその想像に確信を持ってる。
一度だけ見たことがあるのだ。
みつあみでもなくて眼鏡も外した園田を。

「…ねぇ園田」

「……え?あ、はい」

俺と園田は席が隣同士だ。
だから必然的に日直当番も重なり、放課後になった今教室には俺と園田しかいなかった。
日誌を書くためにシャーペンを走らせている園田の名を呼んでみれば、園田は不思議そうに手を止めて俺を見つめてきた。

「アンタさ、悔しくないわけ?ほかのやつらにあんだけ馬鹿にされて」

今日の休み時間、たまたま聞こえたクラスの女子の会話。

"園田さんっていつも暗いしダサイよね"
"あー、わかるわかる"
"正直、あれでイジメられないのが不思議だよねー"

俺にも聞こえていたということは、当然隣の席で本を読んでいた園田にも聞こえていたということで。
俺の言葉の意味を理解しているのだろう、園田は困ったように眉を寄せて目を伏せた。

「…ホントのことですから、しょうがないですよ」

全てを諦めてるような園田の言葉に少しだけイラついた。
磨けば輝くのに磨こうとしない。
原石のままでいるなんて勿体なさすぎる。

「……ダメ。俺が許さない」

「え」

「あいつら見返してやろう。大丈夫、俺の言う通りにすればいいから」

「え、え?」

疑問符を浮かべている園田がどこか可愛く思えて、思わず笑みが漏れるのがわかった。
俺は昔からテニスばっかりやってるけど、でもここ数年は菜々子さんや母さんに叩き込まれたおかげでヘアアレンジが得意だったりする。
もともと手先が不器用だったわけじゃないし、テニスも楽しいけど実はヘアメイクも楽しかったりする。
まぁ先輩たちにはバカにされたくないから絶対言わないけど。

「いいから。そうと決まったらさっさと仕事終わらるよ」

「は、はい…」

残っている日直の仕事は、黒板を消して日誌を書くだけ。
日誌は園田に任せるとして、俺は6時間目に使用したせいで黒板目一杯に書かれているチョークの文字を消すことにした。

それから十数分もすればすべての仕事が終わって。
たまたま今日は部活がないし、ちょうど良いから今から園田の髪型を変えてやろうと思う。
確かに長い髪も綺麗だけど、園田はもっと短い髪の方が綺麗だから。

「行くよ」

「ど、どこに行くんですか…?」

「美容院」

園田の手を取って歩き出せば、園田は驚いたような声をあげた。
目的地を告げればえぇ!?と声を漏らしたけれど、聞こえなかったふりをして園田の先を歩く。
いつも俺が髪を切ってもらっている美容室は親父の親戚がやっている店で、俺も昔から知ってる人だ。
その人には髪の切り方とか詳しいアレンジの方法とかを教えてもらっていて、今でも時々閉店後にカットについて教えてもらったりする。

「おじさん、ちょっといい?」

学校からそう離れていない場所にある店に入れば、店には誰もいなくてオーナーであるおじさんが座って雑誌を読んでいた。

「おー、坊じゃねぇか。どーした?」

「こいつのカットしたいんだけど」

俺の後ろに隠れている園田を押しだしてそういえば、おじさんはニヤニヤと笑みを浮かべて店の一角を貸してくれた。
本当はおじさんにやってもらうつもりだったけど、おじさんは俺がやれっていうから仕方なくおじさんに預けていた愛用の鋏を取り出した。
これは本職の人が使う鋏と同じもので、かなり値段は張るがテニス大会の懸賞金を使って俺が購入したものだ。
まだ高校生だけど、結構本格的にやってると思うんだよね。

「あ、あの…越前君、」

「大丈夫、おじさんのお墨付きは貰ってるから。失敗なんてしないし」

髪を切る準備をしていれば、園田が不安そうに声を漏らす。
笑いながら安心するようにいれば、園田はまだ不安そうながらも黙って鏡を見つめた。
邪魔な眼鏡は外して、園田の綺麗な黒い髪に指を通した。

「…俺が、アンタに魔法かけてあげる」

女ってのは不思議なもので、髪型を変えるだけで魔法にかかったみたいに綺麗になったり不細工になったりする。
もちろん俺が相手を不細工にするような魔法をかけるわけもないし、園田に似合う髪型にするけどね。
シャキ、と鋏を開いて園田の髪にあてがった。






翌日、がらっと教室の扉が開き一人の女子生徒が教室に入ってきた。
クラスメイトたちは「誰!?」「あんな子いたっ!?」などと驚きの声をあげている。
もちろんその女子生徒というのは──

「おはよ、園田。やっぱ似合ってんじゃん」

「お、おはようございます越前君」

俺の隣の席の園田だ。
今までのみつあみから肩にかかるくらいのショートカットになっていて、黒縁眼鏡はなくなりコンタクトに変わっている。
園田はもともとコンタクトもしていたみたいだから、今日からつけてくるように指示したのだ。

「ほ、ホントに大丈夫ですか?私、短いのって初めてで…」

「俺が言ってること信じられないっての?」

「そ、そういうわけでは…」

園田の髪の毛切ったのもコンタクトにするように言ったのも全部俺。
髪型を変えるだけでちょっとでも性格が明るくなればもう最高だと思う。

「なら、自信持ちなよ。…言ったでしょ、俺の言う通りにすればいいって」

耳を澄まさなくても聞こえる、クラスメイトからの「園田って実は美人だったのかよ!」とか「うそ…私以上に可愛いんだけど」とかの言葉。
全員園田の容姿を認めてるってことで、でもそれは聞こえないのか園田はしきりに短くなった髪の毛を気にしていた。




アフターガール




((さて…園田が可愛くなったのはいいとして))
((もし狙い始めるやつらがいたら蹴散らすかな))
((一番に目ぇつけてたのは俺だし?))
((てか園田をここまで輝かせたのも俺だし))
((…たぶん、何で俺がここまでしてるか園田はわかってないんだろうな))

(あ、あの…越前君)

(ん?)

(…私のために、わざわざありがとうございました)
(でも、その…どうして私なんかに?)

((やっぱりわかってなかった))
(さぁ、自分で考えてみなよ優等生サン)

(えぇ!?)
 

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