□ハニー・トラップ
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マフィア、ヤクザ、ギャング。
主に裏世界に精通している人物たちのグループをそのように表現する。
表世界で活躍する人々と相対して、闇に潜んで麻薬や殺人など悪事に手を染める輩たちは裏世界の人間と称されることが多い。
裏世界の人間は恐れを知らない。
そう勘違いしている表世界の人間は多いだろう。
しかし裏世界の人間たちも、マフィアやヤクザやギャングといった大きなグループになったとしても、恐れるものは確かにある。

それが──闇の帝王、氷の女王、と表現される2人の人間だ。
ここ数年で急激に力をつけてきた、殺し屋である。
彗星の如く現れた彼らは性別年齢所属グループなどすべてにおいて謎に包まれている。
そしてその2人に運よく依頼することができても、依頼人たちは2人についての情報を何一つとして漏らしてはならない。
もし見た目や名前、性別などたとえ些細なこと一つ漏らした人物は───この世に、存在し続けることはできない。

闇の帝王と氷の女王を恐れる彼らは知らない。

この2人は、まだ齢13の幼い少年少女であることを。



闇の帝王ことリョーマは、現在たった一人の相棒である氷の女王こと悠香と離れて生活している。
青春学園中等部の1年2組に在籍し、男子テニス部に所属し、「越前リョーマ」と名乗って極普通の、少し生意気な少年を演じているのだ。
ちなみに越前という苗字は偽名であるが、リョーマというのは本名だ。
闇の帝王と氷の女王、2人に姓はない。
唯一ある名前──リョーマと悠香というものは、互いが互いにつけた誇るべきものなのだ。
だから依頼で潜伏するとしても、偽名を名乗るのは苗字だけ。
それは2人が殺し屋を生業とし始めたときから決めたルールであった。

「──なぁ、越前。知ってるか?」

クラスメイトでありチームメイトでもある堀尾が、ふふんと自慢げに鼻を鳴らしてリョーマに問うてきた。
リョーマはまるで興味なげにふわっとあくびを漏らし、「…何が」と仕方なさそうに返事をした。

「転校生だよ、転校生!」

「……ああ、」

堀尾の言葉に、リョーマはようやく合点が言ったような表情を浮かべた。
どこか浮足立ったような堀尾の様子は、珍しい転校生に対する感情で浮ついているのだろう。
その転校生が──裏世界では恐れられている、氷の女王だとも知らずに。

「今日、うちのクラスに来るんでしょ」

「なんだよー、知ってたのか越前っ」

リョーマの言葉に、堀尾はどこか残念そうに唇をとがらせた。
転校生、氷の女王はリョーマにとって唯一無二の大切な存在だ。
恋人でも家族でもない、けれどこの世で誰よりも大切なヒト。
離れ離れになっている今も定期的に連絡を取り合っていて、本日悠香が転校してくるのも依頼のためであることをリョーマは知っている。
そして今回の依頼は、久しぶりに帝王と女王と手を組んで達成しようと昨日電話で決めたばかりであった。

「まぁ」

「珍しいのな、越前がそういう情報知ってるって」

「…知り合いだから」

どこか物珍しそうな堀尾の視線に、リョーマはふいと視線を外してそう答えた。
どういう関係なんだ?と問われ、リョーマは珍しく穏やかで優しげな笑みを浮かべて口を開く。

「──俺の、誰よりも何よりも大切なヒトだよ」

それは同性であるはずの堀尾が、たまたまそこにいたチームメイトたちが、異性である同級生や先輩が思わず息を呑むほどに絵になる光景であった。
いつもなら悲鳴を上げるであろう自称リョーマ親衛隊の面々も、その見たことのない表情にただただ息を呑んで見つめるしかなかった。



******************



「園田悠香です。よろしくお願いします」

教卓の前に立ち、転校生である氷の女王──もとい、悠香がペコリと頭を下げて自己紹介をした。
今の苗字は園田と名乗っているらしい。
リョーマは頬杖をつきながら、優しげな眼差しでじっと悠香を見つめていた。

「じゃあ、席はあそこね」

「はい」

担任に即席で作られたであろう転校生用の窓側の一番後ろ、つまりリョーマの後ろである席を指定した。
悠香は担任の指示に従いその席に向かうと、すれ違いざまリョーマに向かってニコリと笑みを浮かべた。

流れるような美しい黒髪と、パッチリ二重の綺麗な瞳。
陶器のように白い肌と抜群のスタイルをもった悠香は誰がどう見ても美少女である。
殺し屋にはハニー・トラップ、所謂色仕掛けという方法が存在する。
女の殺し屋に美人が多いのは、自分の容姿を最大限に利用しているためだ。
実際に、悠香がハニートラップでターゲットに近づき、リョーマがとどめをさすという殺り方も過去に何度か実践済みである。

「【──で、ターゲットは誰だっけ?】」

休み時間になり、転校生に対する恒例の質問タイムが始まるその前に、リョーマが流暢なイタリア語で問うた。
リョーマと悠香の生まれ故郷はアメリカではあるが、実際に幼少期を過ごしていたのはイタリアだ。
殺し屋として世界各国を渡り歩く2人にとっては、何ヶ国語かを使い分けるのはたやすい。

「【同じ1年生の"有栖川寧々"よ】」

「【アリスガワネネ…ああ、あの自意識過剰女か】」

ターゲット、有栖川寧々。
それはリョーマと悠香の同級生であり、青学一の金持ちだと有名な少女だ。
ただしこの少女性格に難があり、まともな友人と呼べる生徒はいない。
彼女の周りにいる取り巻きたちは、寧々から与えられる金目当てでそこにいるだけなのだ。

「【自意識過剰?】」

リョーマの嫌そうな言葉を聞いた悠香が、不思議そうに首を傾げてオウム返しに呟いた。

「【そ。俺に向かってあたしのこと好きなんでしょーなんて気色悪いこと言ってきやがって。本気で殺してやろうかと…。依頼が来るんなら、もっと早く殺せばよかった】」

はぁ、と大きく溜息を吐いたリョーマ。
そんなリョーマを安心させるためか、悠香はうふふと笑みを浮かべてその頬にキスを落とした。

当然ながら流暢な異国語での会話を目を白黒させながら聞いていたクラスメイトたちは、その光景に目を剥いて悲鳴を上げる。
転校生はリョーマに(頬ではあるが)キスをし、リョーマは嫌がるどころかそれを嬉しそうに受け入れたからだ。

「【だーめ。…その自意識過剰女サンを殺すのは私なんだから】」

「【…まーた出た。悠香の殺人狂…】」

心底嬉しそうな笑みを浮かべる悠香に、リョーマが呆れたように息を吐いた。
2人は殺し屋だ。
当然ながら相手を殺すのには慣れている。
そんな中で、悠香は何かを殺すということに快感を覚えるようになり、今では嬉々として依頼を受けるまでになっていた。

「【そんな私も好きなくせに】」

「【…俺が悠香を嫌いになるわけないじゃん】」

「【知ってる】」

リョーマは悠香を誰よりも好きで、悠香もリョーマを誰よりも好きだ。
その強い想いは、たとえ悠香が殺人狂になっても変わることなど一切なかった。

「【でも、殺りやすいようにリョーマも手伝ってよ?】」

「【……はいはい、わかったよ女王様】」

「【分かってもらえてよかったわ、帝王様?】」

この二つ名は自分たちがつけたわけでも互いにつけあったわけでもない。
けれど2人はこの二つ名を気に入っており、依頼の前には茶化すように互いを女王と帝王と呼びあうのだ。



ハニー・トラップ



("で、決行日は?俺的には早い方が良いんだけど")

("まだ先よ")
("確かに早く殺りたいけど、それよりも学生生活を楽しみたいの!")

("……中学生とか面倒なだけじゃん")
("この程度の勉強とか、7歳の時には出来たんだし")

('いいの!日本に来たからにはどうせなら楽しまなきゃ")

("……はいはい、わかりましたよ女王様")


((((((((((こいつら何言ってんのか全然わかんねぇ!))))))))))
 

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