□変態少女
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リョーマくーんっ!

遠くで、俺の名前を呼ぶ声がした。
瞬間思わず肩を跳ねさせ、先輩たちは「お、また来たな」なんて言って笑う。
他人事ってこういうことを言うんだよね、ムカつく。
俺の名前を何度も呼びながら、駆け寄ってくる女子生徒。
それは、最近俺の頭を一番悩ませる存在でもあった。

「みーつけたっ」

嬉しそうに声を弾ませて、女子生徒が飛びついてくる。
反射的に手に持っていたテニスボールを相手に投げつけてしまった。
がんっ!というなかなかに痛そうな音がして、でもこいつ──もとい和泉陽菜はえへへと笑う。

「もー、痛いよリョーマ君。バイオレンスな照れ隠しだね!」

「照れてない本気でキモイちょっと黙って」

「そんなこと言わずに、さぁ私にすべてを委ねるがいい!」

少し赤くなっている額をそのままに、立ちあがった和泉が指先をいやらしく動かしながら一歩一歩距離を詰めてくる。
先輩たちは「ほどほどになー」と言いながらどこかに行ってしまった。
ちょっと、そこは後輩助けるとかないわけ。

「意味分かんな…っ」

言葉を発している途中で、和泉が俺に抱きついてきた。
それだけなら、まだ、百歩譲って許せる。

「相変わらずいいお尻だねぇ」

けど和泉は、ぐへへと気持ち悪い声を出しながら俺の尻をやわやわと撫でてくるのだ。
ぞわぞわと体中に何かが駆けていき、鳥肌が立つ。

「〜〜〜〜〜〜っ!」

悲鳴にならない悲鳴をあげて、俺は思わず握りこぶしを作り和泉の頭に拳骨を落とした。
和泉の手が俺から離れた隙に距離を取るが、和泉は懲りないのかヘラヘラ笑っている。

「もー、痛いよリョーマ君。あ、でもこの痛みがリョーマ君から与えられた愛のムチだと思えば嬉しいなぁ。あ、私実は愛されてる?」

「その口今すぐ閉じてくれない」

和泉はいつもそうだ。
俺に対して気持ち悪いことをして、そのせいで思わず手が出てしまう俺に対して笑いながら気持ち悪い言葉を吐いてくる。
…相手しないでさっさと逃げた方がよかったかな。

「えー、いくらリョーマ君のお願いでもそれは聞けないかなぁ。あ、口閉じる代わりにお尻触らせてくれる?」

「もう一発殴られたいの」

再び指を動かしてニヤニヤと笑う和泉にこぶしをつくって見せれば、多少は痛かったのか「遠慮する!」と両手をぶんぶん横に振った。
しかしふと手を止めてぶつぶつと何かを言いだす。
どうせまた気持ち悪いことだろうし、和泉がひっそり呟いている間に少しずつ距離を取った。

「…いや、でも…リョーマ君に殴られるなら全然アリじゃない?痛い、いやリョーマ君に与えられる痛みすら快楽に…あれ私マゾみたい…バカな。いや、でもリョーマ君のためならマゾにでも…」

だめだ距離とっても気持ち悪い。
うんうんと唸りながら俺から視線を外した瞬間を見計らい、地面を蹴った。

「あっ!」

後ろから驚いたような和泉の声が聞こえる。
大丈夫俺の足の速さについてこれるはずがない。
一応俺だって男テニのレギュラーなんだし、足の速さには自信がある。
ふと後ろに視線を向けてみれば、驚くことに和泉は俺と一定の距離を保っていた。
…否、よく見ると徐々に距離が縮まっている。
ウソだろ俺の脚に追い付くわけ!?

「もう、リョーマ君ってばそんなに鬼ごっこしたかったの?」

俺にとっては恐怖の鬼ごっこだよ!
男テニのレギュラーとして、男として、というか俺自身の安全のためにも和泉に捕まるわけにはいかない。
足に力を込めてスピードを上げれば、和泉は「わっ、まだ速くなる!」とどこか楽しそうに言っていた。
もうお前陸上部入れよ。

「待ってよリョーマ君!私の足から逃げられると思ったら大間違いだからねっ」

「その脚力は別のところで使え!」

陸上部が見たら喜んで入れるだろうな、和泉のこと。
和泉は自分の足に自信があるらしい。
まぁそこら辺の女子、っていうかもしかしたら男子よりも速いかも知れない。

「リョーマ君との愛のためなら!」

「キモイ!」

ぽっと頬を染めて女子らしく恥じらいながらもスピードは緩まらない。
校舎の角を曲がれば、その瞬間目の前に人がいてぶつかってしまった。

「いって…」

「越前?お前、何やって…」

そこにいたのは桃先輩で、(悔しいことに)体格の差で尻もちをついてしまう。
きょとんとした表情の桃先輩が、このときばかりは恨めしく思った。

「桃城先輩、ナイスです!」

慌てて立ち上がったが、俺の足が地面を蹴るより前に和泉の声が聞こえた。
次の瞬間、背中にどんっと軽い衝撃。
同時に温もりが与えられたり柔らかいものが押しつけられて、俺の足はピシリと固まってしまった。

「なーんだ、また和泉か。頑張れよー」

「はい!ご協力ありがとうございましたー」

「おー、たまたまだけどな」

へらりと笑ってそのままこの場を去る桃先輩に殺意がわいた。
和泉は俺の背中に顔を押し付けているのか、すんすんと何かを嗅ぐような音がする。
ぞわぞわと背筋が粟立って、でも和泉をひきはがすことができなかった。

「リョーマ君はいつもいい匂いがするねぇ。これだけでご飯3杯はいけちゃう!」

「マジで止めてくんないそういうの」

ホントにこいつは残念な女だと思う。
和泉は黙ってれば可愛いのに。
…初めて和泉を見たとき、悔しいけど、今では絶対認めたくないけど、……初めて可愛いと思ったのだ。
もし和泉が普通の女子生徒だったら、たぶん俺は和泉のことを好きになってた。
でもいざ関わりを持てば、和泉はただ妙な性癖を持つ変態だった。

…ぐへへと笑いながら俺の尻を撫でまわす和泉を可愛いと思ってしまうなんて、そんなの、ありえない。



変態少女



(っの、ホントしつこい!)

(やだなぁリョーマ君)
(私の愛の表現じゃないか)

(別の表現があるでしょ普通!?)

(…障害のない普通の恋なんてつまらないでしょ?)

(和泉自身が障害なんだよ!)
 

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