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□まさかの展開
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前作→変態少女
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一目見たときから、彼のことが好きだった。
テニスのきれいなフォームだとか、滴る汗だとか、揺れる髪だとか。
視界に入れた瞬間に、この人だって思った。
もちろんそれは一方的な想いなんだけど、ここで彼に会ったのはある種の運命だと感じた。
彼──もとい越前リョーマ君にとっては妄言かもしれないけれど、とにかく運命だと思ったのだ。
「リョーマくーんっ!」
だから私は、その好きという気持ちが爆発した。
私の声を聞いたリョーマ君が、ゲ、という声を漏らした。
そんな声も、吐息も芳しい…!
「リョーマ君リョーマ君、今日も素敵に可憐に華麗だね!」
リョーマ君に抱きついて、腰辺りを撫でる。
思わず荒い息が漏れるけれど、仕方ないよね!
「和泉は相変わらず気持ち悪いね…!」
ヒクリと頬をひきつらせながら、リョーマ君が言葉を漏らす。
気持ち悪いとか言われても全然平気気にならないよ!
「やだなぁリョーマ君への愛が爆発した結果じゃない」
「いちいち気色悪い…っ」
やわやわとリョーマ君のお尻を撫でれば、頭に拳骨が降ってきた。
もう慣れたけど、でも痛いものは痛い。
ただ、リョーマ君に与えられた痛みは私にとっての快楽である。
「もっと殴ってください…!」
「ちょ、本気で引く!」
リョーマ君のテニスで鍛えられ、程よくついた筋肉。
もう最高だねリョーマ君!
「じゃあ踏んでください」
「その方がありえないよね!?」
リョーマ君に踏んでもらえればもう寿命が延びる気がする…!
「〜〜〜っホントにキモイんだけど!」
ぐへへと女らしからぬ声が漏れて、その瞬間に思いきり肩を押された。
その場に尻もちをつき、いつものリョーマ君から与えられたもの以外の痛みに眉を寄せた。
リョーマ君はあ…と小さく声を出す。
一瞬だけ申し訳なさそうな表情を浮かべたけれど、すぐにふいと視線を外してしまった。
「………」
これは、どう考えてもリョーマ君が悪いんじゃなくて私が悪い。
今までとは比べ物にならない本気の拒絶に、少なからず傷ついたのは確かだ。
でも、私はそんなことを言っている場合じゃない。
だって、いままでリョーマ君に迷惑かけてたのは私なんだから。
「…ごめん、なさい」
「え、」
「今まで、迷惑かけちゃって…ごめんなさい。気持ち悪かったよね。本気で嫌がってたのに…」
「和泉、…?」
って言うか単純に私がバカだっただけだ。
リョーマ君の痛みが快楽とか、恋人でもないのに抱きついたりとか、お尻撫でたりとか。
私の気持ちを勝手にリョーマ君に押し付けて。
「…もう、リョーマ君に変なことしないから。今まで、ホントにごめんね」
謝るだけじゃダメなんだろうけど、でも今は謝るしかできないから。
「ちょっ、和泉!?」
その場から腰をあげて、地面を蹴った。
本気のリョーマ君にも追いつける私の脚力で、リョーマ君から逃げきる自信だってある。
後ろからリョーマ君の声が聞こえたけれど、それを無視して走り続ける。
まぁリョーマ君が追いかけてくることもないんだろうけど。
「っ…は」
後ろを振り向いて誰もいないことを確認し、乱れる息を吐いた。
ハァ、ハァ、と息は荒いし、じわりと汗もにじんでいる。
にじんでいるのは汗だけじゃなくて、目頭が熱くなってじわりと視界がゆがんだ。
ああ、もう、私のバカ。
何で私って普通の女の子みたいに可愛くアタック出来ないんだろう。
自分の不甲斐無さに、そしてリョーマ君に対する申し訳なさで胸がいっぱいになった。
はぁ、と大きく溜息が漏れる。
これ以上走る気にもなれなくて、でも家に帰る気にもなれなくて。
ポケットに手を突っ込めば小銭がいくつか入っており、のどの渇きを潤すために自動販売機に近づいた。
瞬間。
「かーのじょ、今ひとりなの?」
聞いたことのない声をかけられた。
私のことなのか判断がつかなくて顔をあげれば、そこには下卑た笑みを浮かべる男の人たちがいて。
髪の毛を金色に染めていたりちゃらちゃらとピアスをしていたりして、まぁそこら辺にいそうなチャラ男だった。
「ね、ひとりなら俺らといいトコいかない?」
その金髪ピアスは1人だけじゃなくて、他にも2人。
合計3人で一人の女子を取り囲むなんてなんて肝の小さい男たちなんだろう。
リョーマ君なら……いや、まずリョーマ君なら知らない女の子に声かけたりしないわ。
…ああ、もう、だめだなぁ私。
せっかくリョーマ君から離れたのに、リョーマ君のことしか考えてない。
いっそ、この人たちに着いて行ってリョーマ君のこと忘れちゃおうかな。
「…別に、い──」
「陽菜っ!」
良いですよ、と言おうとした瞬間に名前を呼ばれた。
それは聞き間違えるはずもない、私の大好きな声で。
いつもは苗字なのに、今のは名前で。
どういうことだと視線を巡らせれば、香水のように甘いかおりを発していそうな汗をにじませながら私のことを見ているリョーマ君がいて。
一瞬だけ呆けたような顔をしたリョーマ君は、きゅっと唇を噛みしめてずんずんと近づいてきた。
「…こいつ、返してもらうから」
「あ?なんだこの坊主」
3人の男をかき分けたリョーマ君が、私の手首をつかんでそう言った。
あ、り、リョーマ君が私に触ってる…!
「邪魔すんなよ。今から俺らで楽しむんだから」
「だったら余所あたってくんない?…人の女に手ぇ出すな」
キッと男たちを睨みつけるリョーマ君。
思わずキュンと胸が高鳴ってしまった。
リョーマ君がいつも以上にカッコイイ…!
あ、いや、いつもカッコいいんだけどね?
「ちっ、男持ちかよ。先に言えっての」
舌うちを漏らしながら、3人は格好悪い歩き方で去っていく。
リョーマ君は私を一瞥してから、唇を噛みしめてそのまま男たちとは反対方向に歩きはじめた。
私はまだリョーマ君に手を掴まれたままで、必然的に引っ張られる形になる。
「リョーマ、君?」
「……あのまま、着いて行く気だっただろ」
なぜかリョーマ君にはわかっていたらしい。
うん、と返事をすれば大きな溜息をつかれた。
やがて着いたのはすぐ近くの公園で、ベンチに座るように言われる。
その言葉に従ってベンチに座れば、リョーマ君がすぐ傍にあった自動販売機に小銭を入れ始めた。
あ、結局私何も買ってないや。
「…ん」
「え?」
ぶっきらぼうに差し出されたのは、ポップなロゴの踊る炭酸飲料、もといファンタ。
目を瞬かせる私に、リョーマ君は私の掌にファンタを押しつけるようにして差し出してきた。
「っあ、ありがと」
慌ててそれを受け取れば、リョーマ君は無言のまま私の隣に腰をおろす。
どこか重苦しい雰囲気になって、それを誤魔化すようにプルタブをあげた。
「……陽菜って、ホント馬鹿」
「……い、いきなりひどいよリョーマ君」
「本音だからしょうがないでしょ」
足の上に肘を置いて頬杖をつくリョーマ君。
どこか不満そうで不機嫌そうで、原因がわからない私はリョーマ君の次の言葉を待つことにした。
…あ、だめじゃん私、まだお礼言ってない。
「あの、リョーマ君。さっきはありがとね。あと、その、迷惑かけてごめんなさい……」
「…別に」
いつも以上に素気なく感じて、それ以上何も言えなくて口を閉じた。
でも、ちらりとリョーマ君に視線を向ければ、どこかほんのり頬が赤らんでいるようにも見える。
夕日のせいかもしれないけど、…いや、夕日のせいでそう見えるだけに決まってるか。
「……何で俺が陽菜助けたか、わかる?」
「…気まぐれ?」
「違う」
一瞬悩んでから答えれば、リョーマ君ははぁと溜息を漏らして即答した。
じゃあどうしてだろう。
まさか私を追いかけてくれたとか?
「…………陽菜は、変なことばっか言って変なことばっかするただの変態だけど、」
変態。
ああ、そうだ私はリョーマ君にとってただの変態だ。
数十分前までただのリョーマ君限定での変態で…あ、今もか。
そのテニスウェアのから覗いているおみ足を撫でまわしたくて仕方ないもの。
「…でも、だまってりゃ可愛いんだから心配くらいする」
「え」
「……あと、俺、別に陽菜のこと嫌いじゃないから」
それだけ言うと、リョーマ君はすっと腰をあげてすたすたと歩きはじめた。
私はリョーマ君の言う通りバカだけど、でもリョーマ君の言葉は何とか理解できて。
「っ〜〜〜リョーマ君大好きーっ!」
「知ってる」
叫びながら後ろから抱きつけば、今回は引き離すこともせず返事をしてくれた。
背中にぐりぐりと頭を押し付けてリョーマ君のお腹まわりに手を伸ばせば、リョーマ君は私の手をぽんぽんと優しく叩いてくれた。
まさかの展開
(だからってセクハラしていいわけじゃないから)
(うん、わかってる!)
(…現在進行形で俺の腹まさぐってるくせに何言ってんの)
(っの変態!)
(〜〜〜っゲンコツは痛いよリョーマ君!)
(痛くしてんだから当たり前だろ!)
(そんなところも好きっ)
(だから尻を撫でるなっ!)
((ホント、何でこんな変態好きになったんだよ俺!?))