□父と息子と
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※リョーマ君と夢主の息子視点。夢主登場シーン少ないです。




「じゃあ、行ってくるけど…本当に大丈夫?」

玄関先に立った母さんが、心配そうに問うた。

「大丈夫だって。リョーヤのことは任せてよ」

苦笑を漏らしつつ返事をするのは、オレの隣に立つ父さん。
今日は母さんの学生時代からの親友である杏お姉さんと遊びに行くのだ。
きっちりしすぎているわけでも、かといってラフすぎているわけでもない母さんは、息子のオレからみても美人だと思う。

「うん…。リョーヤも、お父さんの言うこと聞いていい子でまっててね?」

「ん、大丈夫だよ母さん。オレ、もう小学生なんだから」

もう小学校高学年にあがるのに、母さんはオレに対して心配症だと思う。
まあ、その心配する対象はオレだけじゃなくて父さんもなんだけど。
身長の低いオレと目線を合わせるように少し前かがみになる母さん。
母さんはうっすらと化粧をしていて、オレを産んで数年経つのに全くそんな感じがしない。
十代だと言い張れば、母さんを知らない人なら騙されるんじゃないだろうか。

「陽菜、そろそろ行かないと遅れるよ」

オレの頭を撫でている母さんに、父さんがそう告げた。
玄関先には母さんの腰くらいまでしかない小さな下駄箱があって、その上には電波時計が置かれている。
その時計は母さんが遅刻しないギリギリの時間を示していた。

「いっけない、杏ちゃん待たせちゃう!」

はっと今頃気がついたように、母さんが慌てて膝を伸ばした。
5センチ程度の低めのヒールは、母さんが一番動きやすい高さのものだという。
杏お姉さんなら、母さんが少しくらい遅刻しても怒らないと思うんだけど…。
肩にかからない程度に短い、ショートカットの杏お姉さんの姿を思い浮かべながらひそかにそう思った。
でも、父さんが言うには、母さんは昔から時間には厳しかったらしいから、やっぱり母さんが時間に遅れるなんて想像もできないかな。

「陽菜、」

父さんが甘い声で母さんの名前を呼んだ。
母さんは顔をあげて、父さんを見上げた。
父さんと母さんは25センチ近く身長差がある。
だから母さんが父さんを見るときは、いつもうんと顔をあげなければならないのだ。
まあ、オレもなんだけど。
父さんと母さんの顔がだんだん近づいていくのを視界にとどめ、静かに二人から視線を外した。
だってこの後、二人は絶対いってきますっていってチューするに決まってるから。
結婚して10年近く経ってて、なおかつオレという思春期真っ盛りの小学生男児の息子がいながら平然と目の前でキスをする二人は新婚カップルみたいだ。

ちゅ、とリップ音が頭上から聞こえる。
こういう時は見ないふりして聞かないふりするのが一番だって誰かが言ってた気がする。

「行ってらっしゃい。気をつけるんだよ?」

「うん。リョーマも、リョーヤをよろしく。怪我しないようにね?行ってきます!」

どうやら恒例行事は終わったらしい。
行ってらっしゃい、行ってきます。
そんな会話を聞きながら、オレも母さんに「行ってらっしゃい」と声をかけた。
母さんはふわりと笑ってオレに答え、若干後ろ髪ひかれるような様子で家を出ていった。

「戻るよ、リョーヤ」

「ん、」

父さんが少しだけ寂しそうに笑って、オレに声をかけてきた。
父さんは、大概母さんにベタ惚れだ。
いっつも「陽菜、陽菜」って母さんの名前を甘く呼んで、息子のオレにすら惚気を連発するくらい。

そんな母さんが大好きな父さんは、テニス界では王子様とかサムライとか言われるくらいにテニスが強い。
母さんに聞いた話だと、父さんはオレが産まれるまではプロのテニスプレイヤーとして活躍していたらしい。
でも、まだ若い父さんが活躍することをよく思わない連中からの嫌がらせはちょくちょくあって、産まれたばかりのオレに被害が及ばないように引退したんだとか。
日本だけじゃなくて世界からも注目されてた父さんの引退は、当然引きとめられて。
ただ、父さんは笑って「もう世代交代の時期だよ」なんて言ったらしい。
その交代する世代が誰かは知らないけど、きっとそのうち現れるんだと思う。
引退して何年にもなるけど、父さんはテニスコーチをしてたりテレビや雑誌にでたりとまだまだ現役並みに活躍してる。

「リョーヤ、どれだけ強くなったか見てあげるよ」

リビングに戻った父さんは、置いてあったテニスバッグから愛用のラケットを取り出して不敵に笑った。
オレは、父さんとじいちゃんに憧れてテニスをしている。
もう記憶にもないくらいちっちゃい時からテニスに興味を持っていたらしく、母さんが言うには歩くよりも先にラケットとボールに触っていたんだとか。
それから比べると随分と成長したし、所属してるテニスクラブでも参加した大会でも、オレは負けたことがない。
ただ、まだまだオレが勝てない人はいっぱいいる。
たとえば、父さんの学生時代からの付き合いだっていう人たち。
青春学園ってところに通ってた人たちにも、氷帝ってところに通ってた人たちも、立海ってところに通ってた人たちにも、四天宝寺ってところに通ってた人たちにも。
たまに勝つ時はあるけど、やっぱりそれは偶然であって毎回勝てるわけじゃない。
一番よく試合をしてくれる元青春学園のOBでは、特に手塚さんが強い。
父さんも笑って「俺もなかなか勝てなかったんだ、リョーヤにはまだ早いよ」なんて言ってて。

ただ、それでも。
オレは、父さんには、父さんにだけは、一度も勝ったことがない。
不敵に笑ったまま肩にラケットを乗せる父さん。
父さんはオレの憧れで、でも、同時に一番倒したい相手でもある。
…父さんの言ってた世代交代、交代する世代は、オレでありたい。

「絶対泣かす!」

「まだ、リョーヤに負けるわけないだろ?」

さっきまでの寂しそうな父さんはどこに言ったのか。
父さんはクスクスと笑ってリビングをあとにした。
きっと家の裏にあるテニスコートに向かったんだ。
父さんは現役時代にいろんな大会に出場してたおかげで、うちは多額の財産があるらしい。
その一部を使って家にテニスコートを作ったんだ。
だから、たまに遊びに来る人たちとはそこでよく相手をしてもらってる。
オレはまだまだ弱いけど、でも、絶対に父さんに勝ってみせる。

「さ、今日は1ポイントとれる?」

父さんのことは尊敬してるし好きだけど、でも、テニスとなると別人みたいに性格が変わる。
いつもは母さんにデレデレのくせに、テニスになると真剣な眼差しになって、かっこいいんだ。
父さんは母さんが絡まなきゃいつもかっこいいんだけど、テニスでは母さんが絡まない時以上にかっこいい。

「ハンデ、あげようか」

「いらないっ!」

…ただ、まだまだ父さんの方が強いからって手加減されたりハンデつけられたり、遊ばれるのはやっぱり気に食わない。
思わず眉が寄るのがわかって、父さんは形のいい唇を動かして「おいで、」と挑発するように言った。




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