□ストレス解消法
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イライラする。
イライラしてしょうがない。
腹わたが煮えくりかえるというのは今のような感情を言うのだろうか。
私の視線の先にいるのは、私の彼氏であるリョーマ。
それから、隣のクラスの女の子たち。
リョーマはなぜか微笑を浮かべていて、女の子たちはほんのりと頬を染めてはチラチラと私のほうを見てくる。
ああ、ホント、うざったい。
こんなにイライラして心の中にどす黒いモヤモヤした気持ちでいっぱいになるのは、嫉妬しているから。
別に、リョーマに女子と関わるなっていいたいわけじゃない。
学校という集団生活を送る中で、異性と一切かかわらないというのはほぼ不可能だから。
でも、なんか私といる時より楽しそうなのも嬉しそうなのも気に入らない。

リョーマは私のそんな醜い感情を知ってか知らずか、私と視線が合うたびに目を細めるのだ。
ああ、ホント、いらつく。
いつもリョーマは私に好きだよって言ってくれるけど、こんな風に女子と楽しそうに話してるところとか見てたら信じられないし。
付き合って1ヶ月弱だけど、早くも倦怠期なのかもしれない。
これ以上リョーマと女子とが会話しているところを見たくなくて、溜息交じりに教室を出た。
別に行くあてがあるわけじゃないけど、まだ休み時間まで時間はあるし、遅刻さえしなければ問題はないだろう。
そもそも休み時間という貴重な時間に、教室にいてモヤモヤした感情を味わうなんてバカみたい。
久しぶりに図書室にでも行こうかな。

「あっ、陽菜ちゃん!」

「え?……あ、菊丸先輩」

私の名前を呼んだのは、リョーマの部活の先輩である菊丸先輩だった。
やっほー、と手を挙げて近づいてくる菊丸先輩の隣には、微笑を浮かべている不二先輩もいる。

「どうしたんですか?お二人とも」

「次、移動教室なんだ。陽菜ちゃんはどうしたの?」

不二先輩が表情を変えないまま手に持っていた教科書を見せてくれた。
なるほど、そうでなければ三年生の先輩がこんなところにいる理由がないか。
小さく納得して「そうなんですか」と答えれば、菊丸先輩がずいと顔を近づけてきた。

「陽菜ちゃん、ちょっと疲れてるのかにゃ?」

「…そんなことないですけど」

首を傾げて問うてくる菊丸先輩に被りを振れば、菊丸先輩は顔を離してんー、と少しだけうなる。
まあ、もし疲れているとしたら原因は確実に教室のアレだろうな。

「そう?でも、なんかダルそうだにゃ」

「気のせいですよ」

そういっても菊丸先輩は納得しない様子で。
どこか困ったように眉を寄せ、「不二ぃ…」と不二先輩の苗字を呼んだ。

「うーん、確かにあまり顔色は良くないかもしれないね。…ストレスでも溜まってるのかな?」

「あー…それは否定できないですね」

苦笑を浮かべて返事をすれば、「越前でしょ、原因」と不二先輩は笑いながらいう。
リョーマが原因というか、リョーマと楽しそうに話してる女子生徒が原因というか。
曖昧に笑って答えれば、「まったく…おチビのやつ!」なんて不満そうに菊丸先輩が唇をとがらせる。

「ストレスがたまってるなら、誰にでもいいからハグしてもらうといいんじゃないかな。ストレス、軽減されるみたいだよ?」

「へぇ、そうなんですか?」

「うん。この前読んだ本に載ってたんだ。信憑性はあると思うよ」

どうやら人は誰かと抱きしめ合うとストレスが軽減されるらしい。
確かにどこかで聞いたことがあるような話だ。

「じゃ、俺がしてあげるーっ」

「わっ!?」

菊丸先輩がニコニコと笑いながら飛びついて来た。
ぎゅうと抱きしめられ、思わず顔に熱が集まるのがわかる。
だってリョーマとこんなに近い距離にもならないのに、ましてや付き合ってもない先輩に抱きしめられるなんて。

「こら、越前に怒られるよ」

すぐに不二先輩がひっぺがしてくれたけど、心臓はドキドキと高鳴っていた。
リョーマに手を繋がれるのとは違う、知らない温もり、体温。
でも、鼓動は速まるけれど、嬉しいとは思わなかったあたり私はやっぱりリョーマが好きなんだと思う。

「えー、だっておチビ嫉妬とかしなさそーだし」

「あのね、越前だって男なんだよ?」

どこか不満そうに言う菊丸先輩に、確かにそうかもと内心同意する。
不二先輩はリョーマが嫉妬するなんて思ってるかもしれないけど、きっとそんなことはないだろう。
だってあの越前リョーマだ。
頭の中はテニスのことしか考えてないテニス馬鹿で、私の気持ちなんて全然知らなくて、そのくせ言動一つで私の気持ちを浮上させたりたたき落としたりするずるい人。
きっと私が嫉妬なんて醜い感情を持っているのに対して、リョーマはそんな感情持ち合わせていないだろう。

「…あの、私そろそろ戻りますね」

「もうそんな時間?僕たちもいかなきゃ…」

「まったねー!」

リョーマには、会いたくて、でも会いたくない。
教室に戻ったところで女子たちはきっとギリギリまでリョーマのところにいるだろうし、リョーマもリョーマで笑って話をしているだろうから。
最初はあの笑みは私にしか向けられないと思ってたのに、今思えばただの自惚れだ。
陽菜のこと、結構好きだよなんて言葉を吐かれたのも、ただの自惚れかも知れない。
だって"結構"ってことは、完全に好きってことじゃないわけでしょ?
私以上の女の子なんてそこら中にいっぱいいるんだから、どうせ私はすぐに捨てられる。

ざわざわと騒がしい教室に戻れば、教室内にリョーマはどこにもいなかった。
良かったと安心する一方で、どうしたのかななんて不安にもなる。
けど、リョーマのことだからどこかでサボるつもりなんだろうね。

「…ホント、なんであんなのがリョーマ君の彼女なのかわかんないよねーっ」
「ねっ!絶対あたしの方が可愛い自信あるもん」
「あはは、言えてるっ」

廊下から聞こえてくる声。
きっとその子たちはリョーマのことが好きで、私が彼女という立場にいることを気に食わない人たち。
うるさい、そんなの言われなくてもわかってる。
私に魅力なんて欠片もないし、好きになってもらえる要素なんてどこにもないし、彼女にふさわしくないことだって、全部全部。
…でも、私は、こんなに醜い感情だらけだけど、誰にも負けないくらいリョーマを好きな自信があるんだ。

そんなこと、きっとリョーマには知られていないんだろうけどね。




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