□愛されてます。
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ブー、と携帯電話が振動した。
ちょうど休み時間でもあるし携帯電話を確認してみれば、画面には某インスタントメッセンジャーのアプリに連絡があったことを知らせる文字が映し出されれていた。
差出人は、別の高校に通う俺の彼女である陽菜。
目の前では同じ中学だったやつらがいるけどそんなの関係ない。
時々振られる話に生返事を返し、内容にさっと目を通してから返信をした。
携帯電話というのは本当に便利なコミュニケーションツールだ。
つい最近スマホに変えたせいで画面は指紋がついて少しだけ汚れるけど、ガラケーよりも便利なアプリもあるし。

「越前ー、お前聞いてんのかよ?」

「聞いてない」

数日前にも同じような会話をした気がするけど、そんなのはどうでもいい。
俺は確かにこのメンバーは(一応)友人だとは思ってるけど、正直に言えば俺はこいつらよりも陽菜の方が好きだ。
そりゃ恋人だし好きなのは当たり前なんだけど、他校生だからこそ余計に好きになるというか。
先輩とかに話を聞いている限り、他校生との付き合いはあまりうまくいかないらしいけど、俺たちの場合は別。
陽菜が共学ならちょっとは心配するけど、陽菜は小、中、高一貫の女子校だから問題はないのだ。

「もう、リョーマ君ってばぁ…」

竜崎が困ったように眉を寄せて呟いた。
そんなこと言われても、せっかくの陽菜からのデートの誘いを断るわけにもいかないじゃん。
返信して1分もすればまたすぐ返ってきて、どうやら今日は陽菜の学校の方が俺よりも先に終わるらしい。

「堀尾、今日って部活なかったよね?」

「ん?…ああ、ないけど。あ、どうせなら帰りどっか寄るか?」

堀尾に念のため確認をとってみる。
部活があったら、陽菜とデートいけないからね。
いや、俺は別にサボってもいいんだけど、陽菜はそれをよしとしないだろうから。

「あら、たまにはいい事言うじゃない!」

「たまには!?」

どうやらこのメンバーで遊びに行く方向で話が固まっているらしい。
そのメンバーの中に俺が入ってなければいいけど、たぶん無理なんだろうな。

「リョーマ君はどこか行きたいところとか、あるかなぁ?」

「いや、俺行かないから」

「…え」

竜崎の問いにまず行かないということを告げれば、竜崎はしゅんと肩を落としてしまう。
だから俺はあんたたちじゃなくて陽菜と一緒にいたいんだってば。

「えーっ!なんでーっ!?」

「デート行くから」

驚きからか大きくなった小坂田の声にわずかに眉を寄せて答える。
竜崎と小坂田はぐっと言葉を詰まらせ、堀尾と水野と加藤は小さく息を吐いた。

俺と陽菜が付き合っていることは、ここにいる全員が知っている。
相手を知らなくても、俺に彼女がいるということ自体はたぶんこの学校の全員が知ってるんじゃないかな。
4月始めに陽菜とデートしていたところを誰かに見られたらしく、その次の日は随分と質問攻めにあったものだ。
まあ、中学ん時から付き合ってるけど、俺がフリーだと思われてたみたいだし。

「そ、かぁ…。た、楽しんできてね」

「ん。まあ、一緒にいて楽しくない時間なんてないけどね」

楽しんできてと言われても、何をするでもなく一緒にいるだけで楽しいのだから仕方がない。
好きなやつと一緒にいるのって、なんか知んないけど落ち着くんだよね。

「……リョーマ君って、彼女出来てからずいぶん丸くなったよね。雰囲気とか」

苦笑を漏らしながら水野が言った。
俺は自覚してないけど、他の連中にはそう見られるらしい。
そう、と返事をしてから携帯電話に視線を戻した。



******************



「陽菜っ」

「リョーマ君!」

帰りのSHRを終え、靴を引っ掛けて校門に走った。
同じタイミングで終わった生徒たちで校門付近は混雑していたけれど、そんな人ごみの中でも俺の目は一瞬で陽菜を見つけることが出来るらしい。
名前を呼べば、他校の制服を着ているからかじろじろと視線を受けて居心地悪そうにしていた陽菜が微笑んで顔をあげた。

「ごめん、待った?」

「大丈夫だよ、そんなに待ってないから」

ざわざわと騒がしかった喧騒はいつの間にか小さくなっていて、生徒たちが俺と陽菜を見ているのが良くわかる。
自慢ではないが、俺はこの学校では比較的有名な方らしい。
中学の時からテニス部のレギュラーだったし、大会でもシングルスで出てるし、ここは強豪だから当たり前かもしれないけど。
ただ、だからって俺の彼女である陽菜にまで視線を向けるのはちょっとムカつく。
さっさと離れようと陽菜の手を握れば、どこからか悲鳴が聞こえたような気がした。

「陽菜も、今日は休みだったんだ?」

「うん。今日は職員会議だから、部活動は停止なの」

「そ。よかった、休みがかぶることあんまりないから」

陽菜は在籍している女子校で、テニス部に所属している。
というか陽菜が昔からテニスをしていたからこそ、俺たちは出会えることができたんだと思う。

「どこ行く?」

「んー、実は決めてなくって。あ、でも新しいグリップ欲しいな」

「…それ、デートじゃなくても買えるよね?」

俺の言葉に、陽菜がえへへと笑いながら謝ってくる。
俺と陽菜は、幼い頃に同じようなタイミングでテニスを始めていたらしい。
もう記憶にもないくらいに小さなころから、ラケットを握って、それが当たり前に成長して。
今でも毎日のようにテニスをしているから、せめてデート中だけはテニスのことを忘れようとどちらともなく言い出したのだ。
とはいえ俺たちは結局テニスのことが好きだから、デートでしばらく落ち着いてからすぐストテニに行ったりするんだけど。

「じゃあ、新しい服とか…」

「わかった。お金持ってるの?」

「ちょっとなら!」

俺の家も陽菜の家も、比較的裕福な家庭に育ったと思う。
とはいえ金銭感覚は普通だし、月にもらう小遣いも一般的(のはず)。
毎日遅くまで部活があるのが当然だからバイトをする時間もなくて、今では俺が金を遣うときと言えばデート中くらいだ。

「そういえばね、今日友達に"よく他校生と付き合って長続きするよね"って言われちゃった」

「…あー、まあ結構長いよね。もうすぐ4年?」

「うん!4年目はちょっとでもいいから一緒にいようね。でも──」

俺と陽菜が付き合い始めたのは、中学に入る少し前から。
俺の親父と陽菜の親父は昔からの知り合いだったらしく、俺が日本にきてすぐ陽菜と知り合ったのだ。
テニスをして、話をして、相手を知って、好きになって。
俺か陽菜のどっちかがテニスをしてなければ俺たちは会話すらしなかっただろうし、親父たちが知り合いじゃなければ出会うことすらなかった。
カミサマなんて信じてないけど、でもこれは偶然なんかじゃなくて運命というやつなのかとからしくないこと思ったり。

「──また、今日みたいに休みだといいね!」

今日は、付き合って3年半目の記念日。
本当に運がいいのかなんなのか、俺たちは何かの記念日によく互いの部活がつぶれるのだ。
毎月祝ってたのは最初の1年だけで、2年目以降か半年ごとに祝うようになって。
だから、部活の休みが必ずといっていいほど重なるのはだいたい半年に一回くらいのペースなのだ。
でも、どっちかの誕生日も部活が休みの時がある。

陽菜に目を向ければ、陽菜はにっこり笑って俺を見上げていた。
初めて会った時は身長なんてほとんど変わらなかったのに、今はもう数十センチ以上の差がある。

「…ねぇ、陽菜」

「なあに?」

「We may be loved by God.」

俺のことを見上げてくる陽菜に、英語で言葉を発した。
陽菜は俺と違って帰国子女というわけではないけれど、陽菜の母親は外人だから英語は分かるはず。
日本語でしゃべっているのと同じように、俺の英語も簡単に聞き取れただろう。

「Of course!」

だから陽菜は、俺に向かって笑って答えた。



愛されてます。



(でもリョーマ君がそんなこと言うなんて珍しいね)

(んー、まあ今思ったことだし)
(だって、記念日毎回休みとかすごくない?)

(えへへ、やっぱり運命なんだよ!)
(ロマンチックだよね、運命の赤い糸っ)

(…あっそ)
(糸の先の、相手は誰?)

(もちろんリョーマ君!)



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We may be loved by God.
→俺たち神様に愛されてるのかもね。

Of course!
→当然!/もちろん!



※2016.12.16修正
 

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