□強力バリア!
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※幽霊・妖怪等非科学的なものが存在するお話です。
ホラーではありませんが、非科学的なものに嫌悪感等がございます方はご閲覧の中断をお勧めします。
一応浄霊的な描写はありますが、このお話ではこれでいいという完全ねつ造です。
その類にお詳しい方は不快に思われるかもしれませんので、あらかじめ「この話は創作だから」と割り切ってお進みください。



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ざあざあと、叩きつけるような雨が降っている。
勢いよく縁側や襖に雨がぶつかる音がするけれど、彼は大丈夫かしら。
彼──リョーマは、私の夫だ。
私の家の都合で婿入りしてもらい、それ以来ずっと一緒にここに住んでいる。
…といっても、まだ2年程度しか経っていないのだけれど。
彼とは高校の頃からの知り合いで、交際期間は比較的短かったと思う。
でも彼との結婚を反対されなかったのは、彼が特殊な体質で、私との相性が驚くほどぴったりだったからだろう。
彼には、私が必要なのだ。
これは自惚れでも自意識過剰でもなんでもなくて、事実として。
…まあ、私にも彼が必要なんだけどね。

ああ、彼が帰ってきたみたい。

「お帰りなさい、あなた」

「…ただいま、梓紗」

出かけるときは傘なんて持っていなかったはずだけど…リョーマは水滴一つ垂らしていなかった。
でも、私の耳には今でも聞こえる。
ざあざあと、リョーマの声がかき消されそうなほどやかましい雨の音が。

「雨…」

「雨?…今日は一日中晴れるって言ってたし、実際晴れてるよ」

怪訝な表情をしたリョーマは、親指を立てて肩越しに扉の向こうを指す。
どうやら、外は快晴らしい。

「またなの?」

「ええ。あなたの肩にしっかりとしがみついてるわ」

「……梓紗、」

リョーマの肩にしっかりとしがみついているのは、頭の先から爪先までびっしょりと濡れた、髪の長い女。
彼女はリョーマの肩越しに私を睨みつけながら、ぼそぼそと恨み事を連ねていた。
この雨の原因は彼女のようだ。

「大丈夫よ。…私に任せて」

私の"肩にしがみついている"という言葉に顔を青くしていたリョーマ。
昔のことを思い出したのかもしれない。
…まあ、ここまで憑いてきたのが運のつきだったわね?
普段から持ち歩いている、念を込めたお札。
それを懐から取り出した瞬間、彼女は警戒したようにさらに鋭く睨んできた。

ぎょろりと右目だけ浮き上った眼球。
ぼさぼさに乱れた髪に、顔中にある数々の傷。
特に顔の右側の損傷は激しく、皮膚の下の肉が見えてしまうほどにえぐれていた。

「さあ、成仏なさい?……私の夫から、離れて頂戴」

その言葉を拒絶するかのように、ぶわっ、と彼女からどす黒い煙のようなものが噴き出してくる。
これは彼女の恨み。
きっと事故か何かで亡くなったであろう彼女は、たまたまその現場を通ったリョーマに惹かれたというところだろう。

札を投げつけて、ぶつぶつと呪(まじない)を唱えれば、苦しむような悲鳴をあげて頭を抱え始める。
リョーマは気分が悪そうにしているだけで、憑かれたこと以外の影響はなさそうだ。
呪ごとを唱え続ければ、やがて、彼女の声は小さくなっていく。
そして──ぱりん、と硝子が爆ぜるような音がして、彼女は消えた。
それと同時にやかましい雨の音も聞こえなくなり、打って変ってチュンチュンという小鳥のさえずりすら聞こえる。

「終わったわよ」

「……」

玄関先に立っていたリョーマにそう呼びかければ、彼は靴を脱いで家に上がる。
そして、そのままがばっと私に抱きついてきた。

「もう、大丈夫よ。ごめんね?結界が弱まってたのかしら…こんなところまで憑いてくるなんて、滅多にないのに」

リョーマは、昔から霊だの妖だのに好かれやすい体質だったそうだ。
けれど彼にはその姿を見ることも、聞くことも、感じることも出来ない。
ただ、好かれやすく憑かれやすい体質だったのだ。
その影響でよく体調を崩していたらしく、初めて彼に会ったときはその数に驚かされたものだ。
最初は私の言葉を訝しんでいただけだったけれど、あることをきっかけに、少しずつ理解を示してくれた。
そして今ではすっかりソレがいることを認めてくれて、妖たちが見えないから不可思議であろう私の言動も受け入れてくれる。

私は昔から見れるのも聞けるのも認識するのも当たり前にできていた。
だからこそ最初はわからなかったのだ。
そういうものは、ごくごく一部の人間にしか認識できないのだということを。
故に、昔は随分と苦労をしたものだ。
誰にも認識されないということは、実際にそこにいたとしてもいないとみなされる。
私はウソつきと罵られたし、化け物といじめられたこともある。
人間は自分や大多数と違うものを排除したがる生き物だから、仕方ないのだけれど。

「さ、結界を強化しないと」

ここ──神野神社には、霊だの妖だのが敷地内にはいって来られないよう結界を張っているのだ。
が、何かの拍子で突然弱まったらしい。
だからこそこの家まで、彼女はリョーマにしがみついていられたのだろう。
本来なら結界に弾かれてはいられないはずなのに。

「…ヤだ」

ぎゅう、と私の首筋に顔を埋めて首を横に振るリョーマ。
僅かに身体が震えているし、きっとあの時のことを思い出したのだろう。

リョーマは普段、俗に言われる霊感とやらはもっていない。
けれど、今までに一度も見たことがないというわけではないのだ。
数年前、私を付き合い始める前に、一度だけ見たことがあるそうだ。
もっとも、その時私はその現場に居合わせたんだけど。

「大丈夫。すぐ戻ってくるから」

「……」

リョーマはしばし私に抱きついたまま、やがてゆっくりと背中に回していた腕の力を緩めてくれた。
不満そうな表情はしているが、納得はしてくれたらしい。
ああもう、可愛いなぁリョーマは。
まるで捨てられた子犬のようにしゅんと肩を落とす彼が、愛おしくてしかたがない。

さあ、早く、今まで以上に強固な結界を張ってあげなくては。



強力バリア!




(ただいまー)

(おかえり。早かったね)

(あなたが寂しがってるかと思って…急いだの)

(別に寂しがってないけど)

(そういう割には顔が赤いわよ。図星?)

(バカじゃないの)

((素直になればいいのに…))
 

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