□Do not trust.
1ページ/2ページ






前作→not trustworthy

※夢主以外に逆ハー少女がいます。名前固定:河合香奈。
視点ころころ変わります。



------------------------------------------




少し前から、マネージャーが1人増えた。
それはもともとマネージャーとして所属してくれていた香奈が誘ったらしい。
俺は…俺たちは、香奈のことが好きだ。
一目惚れにも近い感覚を覚え、どんどん香奈に魅了された。
少なくとも、レギュラー全員は香奈に気があったと思う。
だからこそ──新しいマネージャーが気に入らなかった。
香奈が"親友"と称する、神野梓紗が。

俺たち男子テニス部のレギュラーは、自慢じゃないけどそこそこモテる。
噂ではファンクラブなんてものもあるらしいしね。
だから俺たちは、そのマネージャーも。
神野も、きっと俺たち目当てなんだと。
所謂ミーハーというやつなのだろうと。
その時は勝手に決めつけていた。
部活に遅刻してくることも多かったし、不真面目でやる気がないんだと。
俺たちに近づこうと香奈を騙して利用しているんだと。
ずっと、思っていた。
それ以外にありえないと、可能性すら考えることはなかったんだ。

だから、というわけではないけれど。
今思えば、彼女には随分とひどいことをしたと思う。

挨拶をされても、反応しなかった。
作ってもらったドリンクを、彼女の前で平気で捨てた。
きれいに洗濯された汗を拭う清潔なタオルを、意味もなく汚した。

こうすればきっと、早々に俺たちを諦めるだろうと。
部活を辞めるだろうと思ったから。
けれど実際彼女は、不快そうな表情をするだけで何か文句を言うこともなかった。
それが気に入らなくて、ますます彼女につらく当たったんだ。
彼女の言葉も何一つ信じようとせず、すべてにおいて疑ってかかった。
罪悪感なんて抱かなかったし、後悔するだなどとも思っていなかった。

そう、あの日までは。

あの日。たった1週間前。東京の青学との合同練習の日。
その日のそのたった数時間の出来事で、俺は──俺たちは、後悔のどん底に突き落とされたんだ。
自業自得、というやつなのだけれど。



********************




「…神野はまだか!まったくたるんどるっ」

苛立った様子で、時間にうるさく真面目な副部長、真田が声を荒げる。
集合時間はとうに過ぎ、レギュラーで唯一遅刻常習者である切原もいるというのに、彼女は姿を現さなかった。
一番新しく入部してきた、マネージャーの梓紗だ。
同じマネージャーの河合は親友を自称しているだけに心配そうだが、その他の部員はイライラとした様子を隠すことができなかった。
もともと、梓紗にはあまり良い印象を抱いていない者が多い。
切原以上の遅刻常習犯だし、自分たちの大好きな河合との時間は奪うし、何となく気に食わないし。
今だって、放っておけばいいのに、河合の頭は梓紗のことでいっぱいなのだろう。
ああ、心底腹立たしい。
もうすぐ青学のテニス部員たちが来る予定の時間なのに。
こんなところで手間取るなんて…やはり彼女をマネージャーになんてするんじゃなかった。
部長の幸村がつらつらと心中で不満を紡ぎだす。
思えば思うほど溢れ出てくる愚痴に、幸村自身もこんなに不満があるのかと少しだけ驚いた。
…まあ、その内容のほとんどは実に理不尽なものばかりだったのだけれど。

「!」

そんなピリピリとした空気を切り裂くように、最近流行りのアーティストによる楽曲が流れ出す。
焦ったように制服のポケットに手を突っ込んだのは、彼らの愛する河合であった。
河合以外であれば携帯電話をマナーにもしないなんて、と憤るかもしれないが、恋は盲目というか、仕方がないなぁでついつい済ませてしまう。
もしもこれが梓紗であれば無駄に責めたてたであろうが。

「梓紗ちゃん!どうしたの?もうみんな集まってるよ」

もしもし、という定型文をすっ飛ばしての言葉。
河合の可愛らしいピンクの携帯電話の向こうから、忌々しい梓紗の声が聞こえてくる。
どうやら風邪をひいたから来れないらしい。
その言葉に、幸村は静かに堪忍袋の緒を切らせた。
河合の手から携帯電話を奪うと、自ら耳に当てて言葉を吐き出す。

「いいから今すぐ来なよ。そんな仮病、通じると思ったら大間違いだからね」

どうせ仮病なのだろう。
面倒くさがっているだけなのだろう。
香奈にすべてを押し付けようとしているのだろう。
そんなことは許さない。
頭に血がのぼっている幸村は気が付かなかった。
梓紗の声はいつもよりかすれていて小さく、はぁ、はぁ、と切れた息が聞こえることに。
どうせ仮病だと決めつけているから、余計に。

そして幸村、およびテニス部レギュラーたちは後悔することになる。
実際梓紗の訴えは事実で高熱が出ており、テニス部のコートについた瞬間倒れこんでしまったのだ。
真っ先に動いたのは、後に知ることとなったが梓紗の幼馴染であり恋人でもある越前リョーマで。

「梓紗!?梓紗っ!」

と必死に呼びかける彼の姿に、がん、と頭を鈍器で殴られたような衝撃が走った。
保健室に運び込まれたとき、梓紗は40度近い高熱を出していた。
怠そうにあまり寝心地が良いとは言えない保健室のベッドに沈む梓紗を、心の底から心配しているのはリョーマで。
ぎゅうと彼女の手を握りしめながら、憎々しげに幸村たちを睨みつけた。

「…どういうことか、説明してくれるよね」

いつもなら雑ながらも一応使われている敬語が完全に抜けている。
よほど彼らを許せないのか、リョーマの目は見たこともないほど冷やかで、それでいて鋭かった。

「……」

リョーマの疑問符のついていない問いに、彼らは答えられなかった。
説明を求められても、リョーマの納得する答えなど導けないと無意識に理解していたのだ。

「………梓紗に何かあったのは前から知ってた。電話でもわかるくらい、様子がおかしかったから」

どうやら、梓紗がテニス部に入部してからリョーマとは何度も連絡を取り合っていたらしい。
知っていたのだ、リョーマは。
ここしばらく梓紗の様子がいままでと異なっていたことに。
テニス部のマネージャーになったことも聞いていた。
ストレスがたまっていることも、苦しんでいることも、悲しんでいることも。
全て知ったうえで、リョーマは今日、原因を追及しようと思っていたのだ。
…まあ、この様子から梓紗のストレスの原因は明らかに彼らなのだが。

結局、リョーマは何も答えない彼らにふんと鼻を鳴らし、梓紗の頬を愛おしそうにひと撫でした。
額に浮いた汗が流れていたために必然的リョーマの手も汗で濡れたのだが、全く気にならないらしい。

「出てってくれる」

「なんだと?」

唐突に出ていけと言われ、思わず真田が声を出した。
眉間にはシワが刻まれており、不愉快そうである。
しかしリョーマは彼らに視線を向けることなく、勝手にバケツに水を注ぎ、清潔なタオルをそれに浸した。

「梓紗のハダカ見る気?汗拭くんだけど」

そこでようやく視線を彼らに向けたリョーマ。
明らかに自身の言葉が足らなかっただけなのだが、理不尽にも先ほどの出ていけという言葉で理解しろと言いたげだ。
そんな言葉足らずなリョーマのすべてを理解してくれるのは梓紗だけしかいないのに。

「そ、それならわたしがっ」

「嫌だね。アンタらに梓紗を任せる気は一切ないし」

名乗りを上げる河合の言葉もバッサリと切り捨て、リョーマは軽蔑するような眼差しを送る。
どうやら本当に同性である河合にすら任せる気はないらしく、さっさと出ていけと顔に書いてある。

レギュラーたちが渋々といった様子で部屋を出て行ったために梓紗の汗を拭くため平然と彼女の服を脱がせたリョーマが見たのは、体中にあるアザだったのだが。
このアザのせいで完全に堪忍袋の緒が切れたリョーマは、優しく丁寧に梓紗の汗を拭きながらもその表情は引きつっていた。
当然だろう、愛する大切な梓紗のきれいな体に傷ができているのだから。
殺してやろうかアイツらとまで思ってしまうリョーマの思考を止めるものは、この部屋にはいなかった。

それからしばらくしてから目を覚ました梓紗に、レギュラーたちは遠回しに自分たちが嫌いだといわれるのだが──
謝ればきっと許してくれるだろう、という甘い期待を抱いている彼らは、その時は全く想像もしていなかったのである。
自分たちの行動がどれだけ梓紗を傷つけていたから、知らないから。




次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ