□違う道での出会い
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どうしよう。
胸がキュンキュンして死にそうです…!

「わん」

淡々と、けれどどこか優しげな声色で鳴く。
愛犬の目線と少しでも近づこうとしゃがみこんだ彼は、もう一度「わん」と口にして左手を差し出した。
"わん"って、"わん"って…!
普段の彼から想像もできないんですけど可愛すぎか!



******************




我が家では、一匹の犬を飼っている。
シェットランドシープドッグ…所謂シェルティだ。
黒色と、黄色がかった茶色と、白の長毛を持つ、ブラッシングは大変だがふわふわとした愛らしい子だ。
名前はアーサー。オスで、名前の通り凛々しさもにじみ出ている。
アーサーが我が家に来ることになったのは、実に単純明快。
妹が、「犬が欲しい!」と強請ったからである。
なんでも友達が飼っているのをみて、羨ましくなったらしい。
そして妹に甘い両親は、「ちゃんと世話するから」という妹の言葉を信じて買い与えたというわけだ。
もちろん、妹も最初はアーサーを可愛がっていた。
名前を付けたのも妹だし、きちんと散歩をしたり、ご飯をあげたり、一緒に寝たり。
でも、半年もすればすっかり妹はアーサーに飽きてしまったようで。
既に我が家に来た時の小さな体躯はなくなり、立派な成犬のような姿。
小さくないアーサーを可愛くないと言い放ち、世話をすることを放棄したのだ。
そこで困った両親は、私にアーサーの世話を押し付けてきた。
あなた、どうせ暇なんでしょ?──なんて、決めつけた態度で。
私にだって学校はあるし、部活もあるし、どちらかといえば部活をサボリ気味の妹のほうが暇なはずなのに。
なぜか両親は妹に甘いわりに私には厳しかった。
一日3回の散歩、週に2回15分以上のブラッシング、ご飯、その他もろもろ…。
半年以降はすべて私一人が世話をしているようなものだ。
アーサーが我が家にやってきて、早3年。
そのおかげか、アーサーはすっかり私に懐き、今では私の言うことしか聞かなくなっていた。
可愛いやつめ。

アーサーの世話を押し付けられてから、私の朝は朝ごはん前の散歩から始まる。
それなりの距離を散歩してから、家に帰ってアーサーにご飯をあげて、自分のご飯を胃に詰め込んで用意をして学校に行く。
それがここ数年の平日のサイクルだ。
夕方は帰宅してすぐアーサーの散歩をして、そのあとアーサーと一緒に晩御飯。
ここしばらくは両親と妹の3人が先に夕飯を済ませて、私1人で食べるということが多い。
きっと妹が「お腹すいたー!お姉ちゃんなんて放っておこうよ!」みたいなことを言っているのだろう。
安易に想像がつく。
このわがまま娘め。将来彼氏ができたときに呆れられろ。
今日も今日とて、部活後慌てて帰宅した私はラフな格好に着替えてからアーサーの首輪にリードを繋げて家を出た。
嬉しそうにぶんぶんと尻尾を振るアーサーだが、喧しくわんわんと吠えることはない。
躾などまともにできない妹に代わり、そういったことは私が教え込んだのだ。
うちのアーサーは賢いと思う、うん。

夕方の散歩は、定期的にルートを変えている。
同じ道だとアーサーが飽きるからだ。
道を変えれば景色は変わるし、アーサーも喜ぶし、場合によっては距離が延びる。

「アーサー、今日はこの道行こうか」

リードを軽く引き、声をかければアーサーが顔を上げる。
くりくりした可愛い目には喜びが浮かんでいて、反対の意思は一切なさそうだ。

「…神野?」

ふと前方から聞きなれた声がする。
そこにいたのは、部活帰りなのだろう制服に身を包んだクラスメイトだった。

「越前君!」

クラスメイトで、私の通う青学での有名人。
強豪らしい男子テニス部で、唯一の1年生レギュラーだ。
そしてちょっと、憧れの人。
だってカッコイイし、クールだし、ファンクラブみたいなの出来てるらしいし。
まあ、ミーハーだと思われていい。事実だし。
でも、雲の上の存在みたいな感じだし…正直、ほとんど話をしたこともない。
だから正直、彼に名前を憶えられているのも奇跡に近いと思ってしまった(ちょっと失礼?)。

「……散歩?犬飼ってたんだ」

「う、うん。越前君は部活帰り?」

「まあ」

素っ気ない返事をした越前君は、じっとアーサーを見つめる。
アーサーは人懐っこいところもあるから、尻尾を振って越前君を見上げた。
越前君はしゃがみこみ──「わん」と言いながら手を差し出したのだ。
不思議そうに首を傾げたアーサーは、すぐに理解したのかお座りをしてから彼の手にぽふっと手を乗せた。
さすがアーサー、賢い!

「名前は?」

「アーサーっていうの」

「ふぅん…」

手を下したアーサーに、越前君は特に表情を変えることなく頭をわしゃわしゃと撫でる。
アーサーは嬉しそうだし、越前君もどこか表情が柔らかい…?

「…いつもこの時間?」

「え?…あ、うん。でも、今日はいつもと道が違って……」

「ああ…だから今まで会わなかったんだ」

越前君は納得したように頷き、そのままアーサーを撫で続ける。
いつもならそろそろ家へと向かう頃だけど…余程アーサーのことを気に入ったのか、越前君はまだアーサーから手をのける気配はない。
…まあ、別にご飯待ってくれてるわけでもないし、急ぐ必要はないんだけど。

「ねぇ」

「な、何?」

このまま会話がないのかと思えば、唐突に越前君が言葉を発する。
数拍の沈黙。の後に、越前君が口を薄く開いた。

「家。帰るんでしょ」

「へ?」

唐突な問い。
確かにこれから帰るけれど、いったいそれがなんだというのだろう。
戸惑いつつも頷けば、越前君はゆっくりと立ち上がる。
そして私を見つめて、「行くよ」と声をかけてきた。

「……」

きっと今、私はぽかんと口を開けて呆けているのだろう。
現に越前君は「何その顔」と言いながらクツクツと笑い声をあげている。
そんな、笑わなくてもいいじゃないか!

「送ってく。この時間だし、アンタ女なんだから危ないでしょ」

「え…いいよ別に!越前君疲れてるだろうし、それに慣れてるし……」

「は?何慣れてるって」

怪訝な表情を浮かべる越前君に、苦笑しつつ軽く説明をすればますます呆れられたようだ。
特に気にしてなかったけど、そういえば私、小学校の頃から夏でも冬でも1人で散歩してたんだよなぁ。
この近所に不審者が出たって情報が上がったときも、私は変わらずアーサーの散歩に出ていた。
……あれ?私実は結構危ない橋わたってた?

「…しょーがないな」

「え?」

「明日から、家まで送る」

ぽかーん。
呆けたような表情が隠せなくて、口が開いた状態になる。
どうやら私は、越前君に心配されているらしい。

「ほら、行くよ」

もう一度促され、私は地面に縫い付けられていた足をゆっくりと動かした。





違う道での出会い




(っていうか、越前君って犬好きなんだ?)

(まぁ…動物は基本ね)
(猫飼ってるし)

(え、猫ちゃんアーサーのにおい大丈夫かな)

(平気でしょ。カルピン、そういうの気にしないし)

(カルピンっていうんだ!)

(今度見に来る?)

(え、いいの?)
((って何気に家に誘われてる…!?))
 

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