□因果を感じた瞬間
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今日は久しぶりに彼氏とデートの日だ。
高校も卒業して、私は大学、彼は就職。
私の方は休みやすくても、彼の仕事はなかなかに忙しいらしくそうそう休みが取れない。
だから今日のデートは、実に一ヶ月ぶりなのだ。
中学の時から彼が好きで、高校入ってようやく想いが実って。
だから前から決まっていた今日のデートが本当に楽しみだったのだ。

まだ待ち合わせまで時間はあるけれど、既にドキドキと心臓がうるさいのが分かる。
今日の格好、変じゃないかな。
アクセサリーと靴とバッグ、服に合ってるかな。
お化粧、失敗してないかな。
家を出る前に散々確認したけれど、やっぱり不安で。
ウィンドウに映る自分の姿を見ては、無意味に前髪をいじってみたり、スカートを触ってみたりと体を動かしていた。

「──梓紗!」

そして聞こえた、彼の声。
雑踏の中でも彼の声だけは、周囲の音を切り取ったかのようにはっきりと聞こえる。
慌てて振り向けば、軽く走りながら近づいてくる彼の姿があった。

「リョーマ君!お、おおおはよう」

「おはよ。何どもってんの?」

少しも息を乱さないですぐそばに来た彼は、無駄にどもってしまった私の挨拶にクスクスと笑みを漏らした。
ああああああカッコイイ……!
彼のことは好きだし、彼も私を好きだって言ってくれるから疑うわけじゃないけど、ホントに彼が私と付き合ってくれてる理由が謎すぎる。
いやマジでだって私釣り合わない気しかしないもん。

「梓紗…」

「な、何!?」

「……そのカッコ、似合ってんじゃん。可愛い」

まじまじと見つめられた後、リョーマ君はうんと一つ頷いて。
そして爽やかな笑顔を浮かべて、可愛い、なんて言ってきたのだ。
この格好選んだ昨日の私グッジョブ…!

「リョーマ君も、すごくカッコイイです…!」

「なんで敬語?」

淡いブルー系でまとめられた今日のリョーマ君の格好は爽やかで、彼の容姿を引き立てまくっている。
ファッション用語とかよくわかんないから説明できないけど、とにかく、カッコイイのだ。

クスリと笑みを浮かべたリョーマ君は、軽く顔を近づけてくる。
あああああ整ったご尊顔を近づけないで口から心臓飛び出そう…!

「…惚れ直した?」

耳元でそんなことを囁かれて、もう、頭の中が爆発しそうです。
ふーって吐息を耳にかけないで…!

も、もう、最初っからベタ惚れですーっ!!




*********************



待ち合わせしたのは、朝。
といってもお昼に近い10時半だったので、少し時間を潰してからお昼を食べようということになった。
ちなみにお店は彼のオススメだという洋食店。

「…美味しい!」

「でしょ?」

注文したメニューはどれも美味しくて、思わず頬が緩む。
リョーマ君は微笑みながら、自分の頼んだものを頬張った。
ちなみに注文したのはパスタ。
チョイスもイケメンだ…。

「ねぇ、梓紗のやつちょっとちょうだいよ」

「え…あ、うん。はいどうぞ」

「…そこは食べさせてくれないんだ?」

お皿ごと渡すと、リョーマ君は小さく笑みを浮かべながら問うてきた。
食べさせる。…それはつまり、漫画のように"あーん"をしろといいたいのか。

いやいやいやいやいや無理無理無理無理無理無理無理無理!

「…そんな全力で首振らなくてもいいじゃん。冗談だよ」

「なんだ、冗談か…」

「本気にしてもいいけど?」

ぶんぶんと首を横に振れば、やっぱりリョーマ君は余裕綽々で笑っていた。

ここ、デザートも美味しいから。
そういうリョーマ君に促されるまま、オススメ!とポップの踊るシフォンケーキを追加注文する。

「リョーマ君、最近仕事の方はどう?」

「順調だし、問題ないけど。梓紗は学校の方どうなの?」

「楽しいよ。……あー、でも…」

学校自体は楽しい。
自分で望んだ、学びたいことを学べるから。
でも、唯一、問題…というか憂鬱なことがある。
せっかくのリョーマ君とのデートなのに、気分が落ち込むなんて。
リョーマ君は眉を下げ、「どうしたわけ?」と問うてきた。

「…実は、大学のサークルの子なんだけど」

私はリョーマ君の影響で、中学の時からテニスをしている。
テニスしてるリョーマ君がカッコよすぎて、それに憧れて始めたのだ。
…ちょっとでもお近づきになりたいなぁ、なんて邪心がなかったとは言えないけど。
高校の時にはちょっとした大会で優勝できるようになったりと、確かに成長はしているのだ。
だから大学に進学しても、まだテニスは続けてる。
彼女とは大学のテニスサークルで知り合ったのだが…とにかく彼女は、とんでもない性格の持ち主だったのだ。

「その子ね、…すっごい用心深いっていうか、他人を信用してないっていうか……すぐ嘘吐いちゃうんだよね」

「嘘?」

例えば、こんなことがあった。
久しぶりに高校の友達と集まろうと約束していた日、待ち合わせの30分ほど前に彼女から電話がかかってきた。
話を聞けば、彼氏にフられてもう生きていけないなんて言い出したのだ。
もちろん止めたけど、電話越しに泣きそうな声で「さよなら…」なんて言われたら最悪の事態を想像してしまうのも当然だろう。
どこにいるの!?と電話で聞き出して、待ち合わせをドタキャンしてそこに向かったのだ。
すると彼女は──

「携帯でゲームして遊んでたの。信じられる!?彼氏にフられたっていうこと自体が嘘!」

彼氏にフられたのではなく、彼氏が二泊三日の家族旅行に行くので、その間会えないのが寂しかった…というのが本当の理由だったらしい。
約束ドタキャンしてまで心配してくれるなんて、さすがアタシの親友だね!なんて言われたけどまったく嬉しくなかったのはよく覚えてる。

「それからも、家の鍵無くしたとか、ストーカーされてる、とか。本当にありそうな嘘ばっかりつくの。だから今度こそ本当なのかなって、ついその子のとこ行っちゃって。でも…」

「全部嘘だった、ってこと?」

次いで発せられたリョーマ君の言葉に、コクリと頷いた。
サークルで知り合った彼女は、嘘を吐いては私がどう反応するか試す、なんとも面倒くさい性格の持ち主だったのだ。

「…で、次はまたそんなこと言われたらどうすんの?」

「……わかんない。けど、もう試されるのなんてごめんだし」

「いったい何回付き合わされたわけ」

呆れたように溜息交じりに問われ、そういえば数えていなかったなと今までのことを思い出してみる。
大きなことから小さなことまで、彼女の嘘のレパートリーは半端なくて。

「……そろそろ40の大台に乗るんじゃないかな」

「そいつも梓紗もバカなの?」

「ひ、ひどい!」

間髪入れずにバカと言われ、思わず泣きそうになった。
リョーマ君は小さく溜息を吐いて「俺なら無理だけど」と言い出した。
確かにリョーマ君は嘘を嫌っているし、私たちの間でも互いに嘘を吐かないというルールが生まれていた。
まあ、隠し事をするなとは言われてないからお互いに黙っていることもあるんだろうけど、それは私たちの関係を悪化させるものじゃないと思うし…たぶん。

「それは優しいっていうよりお人好しっていうんだよ。……ま、梓紗のそういうトコは好きだけど」

「………あ、アリガトウゴザイマス」

「なんで片言?」

急に言われても恥ずかしいからやめてほしい。…嬉しいけど。

話をしている最中に注文していたシフォンケーキが運ばれ、既に半分は胃の中におさまっている。
リョーマ君のオススメというだけあって、アールグレイのシフォンケーキもとても美味しかった。

「…梓紗、携帯鳴ってる」

「えっ?…ホントだ」

マナーにしていたスマートフォンが、ブー、ブー、と小刻みに振動していた。
ディスプレイに映し出された名前は、今まさしくリョーマ君に話をしていた例の彼女だった。
思わず眉が寄るのが分かる。
リョーマ君もそのことに気が付いたのだろう、「さっきの?」と問うてきた。

「電源。切ればいいんじゃない?」

「でも…」

「…今はお友達より、俺の方を優先して欲しいんだけど。久しぶりのデートだってのに、俺以外見ないでよ」

その言葉に、ばっきゅーん!と胸が撃ち抜かれる音がした。いや比喩だけど。


あとから知った話だが、その後彼女は周囲に嘘を吐きすぎたせいですべての言葉を信じてもらえず、彼氏にも本当にフられてしまったらしい。
彼氏にフられる前、彼女は本当にストーカーに襲われて、悪戯されかけたそうだ。
けれど誰にも信じてもらえず、彼氏にもフられ、彼女は今、大学にも姿を現さないようになった。
リョーマ君のデート中にかかってきた電話。
その内容が本当のことだったのか、はたまた嘘だったのか。
そもそも電話に出なかった私には知る由もない。
けれど一つ言えることは、彼女は本当にオオカミ少年になってしまった、ということだけだ。



因果を感じた瞬間



(…ねぇ、リョーマ君)

(何?)

(あの時の電話…でなくても、よかったのかな)

(いいんだよ。…因果応報って言葉、あるでしょ)
(そいつはソレを体現しただけなんだから)
(梓紗は気にしすぎ)

(でも……なんか、もやもやする)

(梓紗は俺を優先してくれただけじゃん)
(そもそもそいつが今まで嘘ついてなけりゃ信じてもらえたんだから、しょうがないんじゃない?)

(…因果って、ホントにあるんだね)

(梓紗も気をつけなきゃね)
((ま、心配ないと思うけど))
 

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