□惚れた弱みに
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最近、妙な視線を感じるような気がする。
それは決して好意的なものではなく、むしろ刺すような…鋭く禍々しいものだ。
しかもそれは常に向けられているのではなく、ある特定の人物といるときだけだ。

「梓紗」

「…リョーマ」

その特定の人物、というのは会社の同僚でもある彼──越前リョーマだ。
彼は高校を卒業してすぐ、私は大学に入ってからの就職だったため、同い年ではあるものの経験年数には差がある。
けれど彼は同い年である私のことを何かと気にかけてくれて、先輩ではあるが非常に話しやすい人だった。
その上彼の好意で名前を呼んでもいいと言ってもらえ、その言葉に甘えている。
同期の子たちには羨ましがられるけれど、それもそうだろう。
だって彼は本当にイケメンなのだ。
イケメンだし仕事出来るしクールだけど優しいし、もうこの会社の男性アイドル的存在だ。
この会社に勤める女性はみんな彼のトリコだし、男性はみんな彼を尊敬している。
異性に人気のある人は同性に嫌われることも多いらしいが、彼はそれに当てはまらないらしい。
さすがイケメン。イケメンは何があってもイケメンなのだ。

「どうかした?最近、元気ないみたいだけど」

会社のちょっとした休憩スペース。
今は休憩時間ではないためあからさまに休むことはできないけれど、このスペースで水分を補給したりということは許されていた。
ウォーターサーバーが設置され、そこで紙コップに水を汲む。
水を飲んでいれば、彼が姿を現したのだ。
お疲れ様、というお決まりの文言のあと、彼はそんなことを問うてきた。

「んー…ちょっと、ね」

言葉を漏らせば、リョーマはその端正な眉を寄せて眉間にシワを作る。
何でもないよ、という虚勢が張れないくらいには、その視線には参っているのだ。
……そしてそれは、今、この瞬間もである。
プライベートでリョーマといるときだけではなく、会社でリョーマといるときも向けられる視線。
そのことから必然犯人(というのもどうかと思うが)は会社の人物ということになる。
つまり視線を感じていないときでも、その視線を向けてくる人はすぐそばにいるかもしれないというわけで。

残っていた水を飲みほして、紙コップをくしゃりと潰す。
そのままサーバーの隣に置いてあるゴミ箱に投げ入れて、仕事に戻ろうと腰を上げた。

「梓紗」

彼の脇をすり抜けようとすれば、その前に腕をつかまれて。
その瞬間さらに視線が鋭くなったような気がして、思わず肩を震わせてしまった。
ますますリョーマの表情は硬くなり、そっと顔を近づけてくる。

「…今日の夜、七時に迎えに行くから」

「えっ…」

「じゃ、午後の仕事もガンバって。またね」

リョーマも紙コップを握りつぶすと、ゴミ箱に投げ入れてふわりと微笑んだ。
片手を上げつつ頑張れと言われ、胸がきゅんとなった気がした。



*********************



約束の、七時少し前。
定時に帰宅したため、残りの時間でシャワーを浴びて軽くメークをする。
洋服もそれなりに整えて、壁の姿見で格好を確認する。
うん、問題なし。
最終チェックをしてから時計を見ると、タイミングよくチャイムが鳴った。

「待った?」

「ううん。時間ぴったり」

玄関のドアを開ければ、スーツではなく私服になっていて。
私の姿をまじまじと見つめてから、ふっと笑みを零した。

「じゃ、行こうか。そこに車停めてあるから」

「うん。…今日はどこ連れてってくるんですか、せんぱーい」

「こういうときだけ先輩扱い?…心配しなくても梓紗に出させる気なんてないよ」

…こういうところもイケメンだ。
ニッと笑みを浮かべる彼とは、プライベートで何度か食事に誘ってもらったことはあるけれど、そういえばほとんどお金を出したことはない。
何度か割り勘でお金は出したことがあるけれど、毎回出すというわけではない。
むしろほとんど彼の驕りではないだろうか。
……ちょっと申し訳なくなってきた。

彼の助手席に乗り込んで数十分。
着いたのは彼オススメだというお店で。
ここには何度も連れてきてもらったことがあり、個室でゆったりと飲食ができるのだ。
席について食事と飲み物を注文して。
飲み物と料理が届いてから、リョーマはにっこりと笑う。
うわぁいい笑顔怖い。

「じゃ、話してもらおうか?」

「何のことですか?」

「こういうときだけ敬語使わない」

呆れたように私の額を人差し指ではじいてきた。
この料理美味しいなぁなんて現実逃避してみても、もちろんリョーマに効くはずもなく。
全部話してもらうまで帰す気ないからなんて胸キュンのようで胸キュンじゃないことを言われてしまった。

「……なんか、最近妙に視線を感じる気がして」

「視線?」

「うん。…特に、リョーマといるときに」

素直にそういえば、彼は驚いたように目を見開いた。
そして眉を寄せると、どういうこと、と険しい表情で問うてきた。

「……なんて言うか、睨みつけられてるみたいな…とにかく気持ち悪いんだよね」

ストローでジュースをすすり、思わず溜息を吐いた。
それに…実を言うと、その視線は今日も感じたのだ。
会社の中でも会社の外でも、リョーマといるときは感じる視線。
まるで、リョーマのあとをずっとつけているみたいに。

「それって、今日も?」

「……うん」

数拍おいて頷けば、リョーマは表情を曇らせる。
やがて彼も、重々しく口を開いた。

「視線自体はしょっちゅう感じてるから、気のせいだと思ってたんだけどさ。俺も最近、多いんだよね」

どうやらリョーマも、視線をよく感じるらしい。
しかしそれは私のように鋭い視線ではなく、ねっとりと絡みつくようなものらしい。

「それって、ストーカー?」

「…かもね」

はぁ、と大きく息を吐くと、またか、と頭を抱えた。
どうやらストーカー被害に遭ったのは今回が初めてではないらしく、今までに何度もあったらしい。
でも会社内でも感じるということは、必然的にストーカーは会社内にいるということとなる。

「…なんか、怖いね。だって、もしかしたらこの店にいるかもしれないんでしょ?」

「…あー、そうかもね」

ぞくりと背筋が震えた。
もしこの店にいるとしたら。
この部屋に入ることも見られているし、2人でいるということもわかっているということだ。

「リョーマ、私…」

「大丈夫。…梓紗は俺が守るから」

「リョーマ…」

ふわりと笑みを浮かべる彼に、きゅっと胸が締め付けられる感覚がした。





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