□ずっと一緒
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※夢主は幽霊な特殊設定です。

上記のことが大丈夫!という方のみお進みください。



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「リョーマ、ねぇリョーマってばぁ」

何度も俺の名前を呼ぶそいつは、暇ぁ〜だとか文句を言いながら後ろから抱き付いてきた。
抱き付く、というよりしがみつくという方がしっくり来るかもしれない。
無視して歩いても、それを引き留める重みを感じることはなかった。
それもそうだろう、だってこいつは──梓紗は、俺に抱き付いて宙にぷかぷか浮いているんだから。
梓紗は、俗にいう幽霊、というやつだ。
この姿になって俺の傍にいるようになって、もう2年くらい経つ。
もともと、梓紗は人間だった。
アメリカに住んでいた時、近所に住んでいた日本人夫婦の娘、それが梓紗だ。
異国で出会った祖国の人間という理由で、俺の両親と梓紗の両親はあっという間に仲良くなったらしい。
それは必然、俺たち子どもにも関わることで。
俺と梓紗は、所謂幼なじみという関係だった。
あまりはっきりと覚えていないこともあるけれど、とりあえず仲は良かったと思う。
梓紗が死んで比較的すぐに見直していたアルバムには俺と梓紗のツーショットばかり写っていたし、梓紗と結婚する、なんて約束したこともある。
…少なくとも俺は梓紗のことが好きだったし、きっと、梓紗も俺のことが好きだったはずだ。たぶん。

だから、2年前のあの日。梓紗の命日。
俺は絶望にも近いソレを抱いたんだから。
ま、死んで1週間もしないうちに梓紗が来たから、梓紗の両親ほど落ち込んではいられなかったけど。
梓紗が死んだのは、アメリカにいた時だ。
日本とは違い銃の所持が認められている国で、梓紗は銃に撃たれて死んだ。
犯人は、たまたま梓紗がひとりで留守番していることを知らなかった強盗だった。
もし俺がもっと早く梓紗の家に行っていたら、遊ぶ約束の時間をもっと早めていたら、梓紗が死ぬことはきっとなかったんだろう。
梓紗の家から金目のものがなくなって、でも、それだけで済んだかもしれない。
…第一発見者は、俺だった。
約束の時間より少し遅れて梓紗の家のインターフォンを鳴らしても、いつもなら聞こえる梓紗の声が聞こえなくて。
玄関は開いていて、不思議に思いながらも家に入ったのは今でも覚えている。
それから──たぶん梓紗を見つけて、パニックになって家に飛んで帰ったんだろうけど、はっきりと覚えていない。
次に覚えているのは泣きわめく梓紗の両親と、あっけなく逮捕された犯人を泣きながら罵る両親の姿だった。
アフターケアとして訪れた精神科の医者には、発見したときのショックで記憶に蓋をしているのだろうと判断された。
まあ、思い出したくもないからいいんだけど。
とにかく俺の幼なじみで好きな女だった梓紗は、2年前のあの日に死んだはずだった。
記憶にはないけど発見したのは俺だし、犯人が逮捕されるのも、梓紗の葬式に出席したのも覚えてる。
でもそれから1週間もしないうちに、犯人の裁判が行われる前に、梓紗は俺の前に現れたのだ。
ほんの少しその体を透かして、死ぬ前日に着ていたワンピースを身にまとい、俺の好きな笑顔を引っ提げて。
梓紗は、自分が死んだことを覚えていなかった。
けれど俺以外に梓紗に気付く人間がいなくて、自分の仏壇を見て、泣き続ける自分の両親を見て、ゆっくりと受け入れていった。
まあ、最初は俺も俺以外に梓紗が見えないなんて信じられなくて何度か両親に訴えたんだけど、事件のショックで幻覚が見えているんだと精神科にかけ込まれたのは記憶に新しい。
本当は梓紗の両親にも会わせてやりたいのに、これ以上事件を蒸し返すのは止めようと、両親の勧めで祖国の実家に帰省することにしたらしい。
俺たちもやがて母さんの仕事の都合で日本に帰国することになったけど(まあ、俺は日本に来たのはそれが初めてだったが)、梓紗の両親とはあれから一度も会ってない。
連絡を両親が取り合ってるのかも知らないし、唯一言えるのはあれから梓紗がずっと俺の傍にいるということだけだ。

俺は梓紗が好きだ。
…それはたとえ梓紗が死んでも、梓紗が幽霊になって実体がなくなっても、変わることはなかった。


「ねぇリョーマ、私ね、最近ね、物をすり抜けられるようになったの!」

喜々として語る梓紗は、本当に人間ではないのだ。

「そ、良かったじゃん。最近練習してたもんね」

「気づいてたの!?」

そりゃあ、あれだけ壁をすり抜けようと壁に手を当てて悶々と悩んでいれば気づくだろう。
梓紗の姿が俺以外に見えない、イコール梓紗の声も俺以外に聞こえないため、梓紗と会話しているときは携帯電話を耳に当て、通話しているフリをしている。
だから携帯電話を耳に当てられないときは、申し訳ないとは思うが梓紗の言葉を無視するしかないのだ。

「で、すり抜けてどうすんの?…どっか、行きたいとこでもあるわけ」

俺の問いに、梓紗はふふんと得意げに笑う。
…あれから2年経って、俺の傍に梓紗がいるのは当たり前になっていた。
ずっと好きだった梓紗が手に入ったような気がして、不謹慎だけど、喜んでいる自分が確かに存在するのだ。
たぶん俺はこれから先もずっと梓紗が好きで、梓紗と一緒に生きていくんだろう。
死んだときと同じ容姿で、髪の長さで、服装で、ずっと9歳児のまま年を取らない梓紗と、ずっとずっと。
そうして俺は独身貫いて、梓紗と生きて、梓紗に看取られて死ぬんだ。
俺が人生を全うしてから死んだら、初めて俺と梓紗が結ばれることが許される気がして。
それが楽しみで、だから俺は残り長いであろう人生を生きていく。

だから、唯一俺が恐れているのは、梓紗が俺の前から姿を消すこと。
本当は、梓紗は成仏することが一番なんだと思う。
成仏することで、魂は輪廻の輪に戻って、梓紗がまた何かの形で生まれ変わるんだと親父は言っているから。
でも、梓紗と離れたくないから成仏して欲しくない。
だから梓紗の中に俺という存在を未練だと思わせて、この世にとどめておきたい。
成仏されたくなくて、それから、俺以外の誰かのところに行ってほしくない。
梓紗は俺の守護霊でもないし、地縛霊でも何でもないから、調べたことはないけどどこまでも行けるんだと思う。
だからアメリカから日本まで、俺に憑いてここまで来たんだから。
梓紗がいつか自分の両親を探すために、目の前から消えるんじゃないかと怯える俺は、随分と滑稽なんだろうね。

「ううん。ただ、せっかくユーレーになったんだから、それっぽいことしてみたくて!」

だから梓紗が俺の傍から離れる気がない、とでもいえるその言葉に、心底安心して、嬉しくなるのだ。




ずっと一緒



俺が死ぬまで。
俺が死んでも。
俺は梓紗と、ずっとずっと一緒にいるんだ。
 

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