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□キャンパスライフ
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梓紗には、数週間前から交際している男性がいた。
容姿はよく、帰国子女で、テニスもうんと強いらしい。
当然彼は女性からの人気が高く、告白した梓紗も玉砕覚悟で──けれど彼に受け入れられ、今では立派な恋人だ。
今までに異性と交際した経験などほとんどない梓紗にとってはすべてが新鮮で、その初々しさに彼も微笑ましそうだった。
「梓紗ちゃん、そのスカート可愛いねー!」
大学で出来た友人と会話していると、その輪にいた一人の友人が唐突に梓紗の服を褒め始める。
女というものはころころと話題を変えるので、誰も違和感を感じなかったようだ。
「ホント、梓紗によく似合ってる」
突然スカートを褒めだした彼女は、実は梓紗とそれほど仲が良いわけではない。
梓紗の仲の良い友人の友人といった、実に希薄な関係だ。
だからその唐突な話題に梓紗は少し驚き、そうして恥ずかしそうに頬を赤らめてはにかんだ。
「…これ、リョーマ君が選んでくれたの。私にはこういう服も似合いそうって」
リョーマというのは梓紗の恋人である。
ちなみに梓紗とリョーマが交際しているというのはあっという間に大学内に広がり、有名な噂である。
実は梓紗はあまりファッションというものに詳しくなく、それを知った梓紗が「じゃあ俺が選んであげる」と今日梓紗が着ている服のコーディネートをしたらしい。
「へぇー、やっぱ越前君センスあるね。梓紗のファッション新開拓するとはやるぅ〜」
からからと笑う友人は、幸福オーラを振りまく梓紗に喜ばしそうだ。
彼女には恋人がいるから、今の梓紗の幸福さが理解できるのだろう。
「…そっかぁ、梓紗ちゃんってリョーマ君と付き合ってるんだっけ?」
「え?あ…うん」
リョーマ君、とどこか親し気に呼ぶ彼女に、思わず眉が寄ってしまう。
梓紗だって最初は彼の名前を呼ぶことにためらいを覚えていたのに。
「あれ、梓紗?」
思わず口をつぐんでしまえば、後ろから聞き慣れた声が名前を呼んだ。
振り返ればそこには恋人のリョーマが、大学での男友達らしい数人と立っていた。
「リョーマ君!久しぶりぃ〜」
リョーマ君、と彼の名前を呼ぼうとした瞬間、それを遮ったのは例の彼女だった。
思わずぎょっと顔を見れば、周りにいた友人たちも同じように目を見開いていた。
恋人ではない女性に真っ先に声をかけられたリョーマは訝しむように眉を寄せ、彼女を一瞥した。
「…ども」
けれどすぐに興味がなくなったのだろう、リョーマは梓紗に視線を戻し、ふわりと柔らかく微笑んだ。
「服、着てくれたんだ?やっぱ似合ってんじゃん」
「んー、でもやっぱりちょっと恥ずかしいなって…」
褒められた梓紗は心底恥ずかしいのだろう、頬を真っ赤に染めて視線を落とした。
リョーマはくつくつと楽しそうに笑うと、梓紗の頭をぽんぽんと撫でてから次の授業があるからと離れていった。
背中を向けてからのリョーマは周りの友人たちにからかわれていたようだが、残された梓紗たちはそんな明るい雰囲気でいられなかった。
「…ねぇミユキさぁ、越前君は梓紗の彼氏なんだから。ちょっと遠慮したら?」
ミユキというのは、先ほどからどこかリョーマに馴れ馴れしい梓紗の友人の友人の名である。
友人にたしなめられたミユキは一瞬不満そうに頬をふくらませると、「ごめーん」と軽い口調の謝罪を口にした。
「私、そろそろ次の授業があるから行かないと」
「あー、私も梓紗と次同じ授業だったよね。行こっか」
ミユキと他数人の友人と別れ、梓紗は教室に向かい歩き始める。
あまり陰口は言いたくないが、先ほどのことは少し我慢が出来なかった。
「…ごめんね梓紗。さっきのミユキ…」
だからそれについて口を開こうとしたとき、先に言葉を発したのは友人のほうだった。
唐突に謝罪され、梓紗はきょとんと目を瞬かせる。
そしてどこか居心地が悪そうに眉を寄せた。
「その、正直…リョーマ君のことなんで名前で呼んでるのかなって」
「…実はミユキ、越前君のこと好きみたいで。前にコクって、フられてるんだよね」
「えっ」
「その後に梓紗と付き合い始めたから…たぶん、その腹いせじゃないかな」
友人はどこか申し訳なさそうに言葉を続ける。
なるほど、それなら納得がいく。
もっとも、先ほどの様子から察するにリョーマはミユキのことを覚えていないようだったが。
「だからその、気を付けてね?あの子ちょっと変っていうか…行きすぎちゃうことがあるみたいで。高校の時から一緒にいるんだけど、今までもいろいろとやらかしてるみたいで」
と続ける友人だが、その詳細については知らないらしい。
そっかぁと返事をした梓紗は言葉をつぐみ、目前に迫っていた教室の扉に手を伸ばした。
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