□昼休みに、間接ちゅー
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昼休み。
愛飲している炭酸飲料を購入するため、越前リョーマはいつも使用している自動販売機前に来ていた。
普段の昼休みなら校舎の中にある自動販売機を使用していたのだが、今日は中庭で昼食をとったため一番近いこの自動販売機を選んだのだ。
だが、それは失敗だったらしい。

「…売り切れ」

小銭を投入する前に気づいてよかった。
愛飲している炭酸飲料の購入ボタンには、赤く売り切れの文字が踊っていた。
もしかしたら、校舎内の自動販売機なら残っていたかもしれない。
けれど今からそこまで移動するのは面倒くさいし、それもこれも天気がいいから外で食べようと促してきた堀尾たちのせいに思えて少し不愉快だった。
ジリジリと頭を焼くようなきつい日差しも、それを助長させているのだろう。

最近、この青春学園中等部の自動販売機ではファンタグレープが売り切れになることが多い。
そのファンタグレープこそリョーマが愛飲している炭酸飲料である。
もともと根強い人気のある炭酸飲料だが、実はその売り切れになってしまう原因が自分にあるとは──リョーマ自身、全く想定していないだろう。
越前リョーマは、強豪と謳われる青学男子テニス部で唯一の1年生レギュラーである。
そのテニスの実力と整った容姿から、学園内にファンクラブやら親衛隊やらができるほどには異性からの人気が高いのだ。
まあ、それは他のテニス部レギュラーにもいえたことなのだが。
ちなみに本人はただテニスをしているだけ、という感覚なので、異性から人気があるとかそういった情報には疎い。
だから、彼は知らなかったのだ。
そのファンクラブや親衛隊のメンバーたちが、リョーマが愛飲しているからという理由でファンタグレープを大量購入していることを。
ここ最近のファンタグレープの売り切れの原因は、突き詰めればリョーマ本人にあるのだ。

はぁ、と大きくため息をひとつこぼす。
売り切れならば仕方ない、諦めて帰ろう。
そう決めたリョーマは気だるげに足を動かして──すぐそばのベンチに、クラスメイトがいることにようやく気がついた。

「やっほー。残念でした」

ベンチに座っているクラスメイトの彼女は、軽く手を挙げてニタリと笑った。
その言葉の意味が一瞬わからなくて眉を寄せるが、すぐにベンチの上に置いてあった目当てだったものを見つけて理解した。

「梓紗かよ、最後のファンタ買ったの」

「せいかーい!いやー、びっくりしたよ。ファンタ買ったら売り切れになったんだもん。最後の1個とか初めてだったし」

カラカラと笑うクラスメイト──神野梓紗に、リョーマは再びため息をこぼした。
まだ昼休みが終わるまでもう少し時間はあるし、うるさい堀尾たちの元に戻るのは何となく(しゃく)に障る。

「座る?」

「ん」

梓紗の問いに頷くと、そのまま梓紗の隣に腰を下ろした。
二人の間の距離が、人一人分もあいていないのは──きっとリョーマが、少なからず彼女に好意を持っているからだろう。
心を許しているからこそ、パーソナルスペースに入られても互いに何も感じないのである。
リョーマも梓紗も、別に互いに好意を抱いていることを公言しているわけではない。
けれど意識しあっていることはお互い何となく気づいているし、別に言葉に出さなくても困らないため現状維持という状態が続いているのだ。
お互いに名前を呼び捨てにしているのもその影響だろう。
まぁ、二人と親しい人物たちは、二人とも早くくっつけばいいのにとやきもきしているのだが。

「最近、ファンタの売り切ればっかなんだけど。なんで?」

「そりゃ、リョーマが飲んでるからじゃないの?」

「…はぁ?」

梓紗の言葉にリョーマは不可解そうに眉を寄せる。
それもそうだろう、ジュースが売り切れの原因が自分にあるだなんて想像すらしていなかったのだから。

「小坂田さんがね、リョーマ様はファンタが好きなの!だから親衛隊メンバーも必ず毎日ファンタを飲むこと!…とかなんとか」

「…何それ意味わかんない」

小坂田というのは隣のクラスの女子生徒だったはずだ。
あまり他人の顔と名前を覚えるのが得意ではないリョーマだが、顧問の孫の親友ということでたびたび顔を合わせるため、その印象は嫌々でも心に残るのである。
あと孫である竜崎も、初対面で間違えた道を教えられ失格になったことがあるから印象に残っている。

「おかげで、私までとばっちりよ。ファンタなかなか買えなくなっちゃってさー」

果たして親衛隊のメンバーとやらは何人いるのか。
毎日補充されているはずの自動販売機の中身は、ファンタ限定でほぼ毎日売り切れなのだ。
メーカーは万々歳だろうがこちらとしてはいい迷惑である。

「俺も飲みたかったんだけど」

「…じゃあ、飲みかけでよかったらいる?」

「、」

梓紗の言葉に、リョーマは思わず彼女の顔を見つめた。
こいつはその意味を理解しているのか?

「あ、でも間接チューになっちゃうか。やめとこ」

理解はしていたらしい。
けれど意味を理解したからやっぱり却下──というのを納得できるリョーマではない。
せっかくのチャンスだ、生かさない手はない。
リョーマは梓紗の手にある、ポップなロゴが踊る缶を抜きとってためらいなく口をつけた。
ごく、と飲み込むが、この炎天下のせいで炭酸は抜けてただの甘い液体である。
それでも満足なのは、ぽかんとした表情だった梓紗の顔が見る見る間に真っ赤に染まったからか。

「…意識した?」

まだ中身の残っている、汗をかいている缶を梓紗の頬にぴとりとあてる。
真っ赤に上気した顔では、その温さすらも冷たく感じるのか。
顔を俯けた梓紗は、小さく返事をした。

「…意識した」

耳まで真っ赤な梓紗に、リョーマは作戦が成功したとニヤリとほくそ笑んだ。
毎度こういう可愛い反応をしてくれるから、梓紗をからかうのは止められない。
もちろん、梓紗を好いているがゆえの、ちょっとした意地悪である。



昼休みに、間接ちゅー



((うわぁぁぁあ何で飲む?とか言っちゃったの私!))
((間接とはいえチューしちゃったよ!?))
((どうしよう!恥ずかしい!))

((間接ごときで焦りすぎだろ))
((…普通のキスしたら、梓紗はどんな反応するんだろ))
 

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