□購入理由
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「…どうしよう」

私は今、とある服屋さんの浴衣コーナー前で悩んでいた。
右手にも左手にも浴衣のセットが握られている。
黒地に大きな花柄の浴衣か。
薄水色の生地に蝶々の柄が入った浴衣か。
どちらも私の好きなデザインであり、とてつもなく迷っている。
だからと言って二つも買うお金はないから、一つを選ぶしかないのだ。
そもそも私が浴衣コーナー前で悩みに悩んでいるのは数週間前の彼の一言が発端である。



数週間前、私は男友達である越前リョーマと映画を観に行った。
前から私も気になっており、リョーマも観たいと言っていたハリウッド映画である。
その映画は当たりだったようで、かなり面白い内容だった。
午後からの回だったので、終わった頃には夕方である。
この後は何をするわけでもないので帰りになった。
隣町の映画館だったので、帰りは電車である。
人も少なく座席に座っていれば、たまたまホームを着物を着た女の人が歩いて行った。

「この時期でもあんなの着る人、いるんだ」

着物は熱がこもるため、夏の時期はとてつもなく暑い。

「まぁ、浴衣とかもあるしね。着る人は着るんだと思うよ」

「ふーん…。愛海は着ないの?」

昔の私は、毎年夏祭りで浴衣を着ていた。
しかし今はサイズが合わなくなり、既に家に浴衣はない。

「昔は着てたんだけどねー。今はサイズ合わなくて家にないんだ」

「写真もないの?」

「うん、写真撮られるの好きじゃなかったし…」

ここまではいい。
ただの世間話として終われるから。
問題はその後のリョーマの言葉である。

「でも、愛海の浴衣姿見たいかも」

そんな事ふわりと浮かべた笑顔で言われたらもう…。
着るしかないでしょ!


という事でお母さんに頼みに頼みにまくって連れて来てもらったのだ。
そこまでする理由はただ一つ。
…私が、リョーマを好きだから。
好きな人にちょっとでも可愛いって思われたいでしょ?
メールとかでは可愛いとか言ってもらえるけどって思い出すだけで恥ずかしいなもう。

「愛海、早くしなさいよ!」

「うわーん、お母さん!どっちがいいと想う!?」

「どっちでもいいわよそんなの!」

お母さんは長い買い物が嫌いである。
少しくらいなら付き合ってもらえるけど、あまりに長いと怒られる。
お母さんはツカツカとこちらに寄って来て、浴衣を一瞥する。
お母さんが手にとったのは、黒地に花柄の浴衣だった。

「アンタにはこっちが似合うわよ」

「……うん、ありがとう!」

優柔不断な私に対し、お母さんは瞬時に物を決める。
だから買い物が短いのかもしれないが。
結局私はお母さんの言った方を購入。
家に帰って早速浴衣を着てみた。
姿見に映る、浴衣を着た私。
似合ってるかどうかなんてわからないけど、とりあえず写真に撮ってリョーマに送った。



購入理由



("似合ってんじゃん")

((うわー、うわー!返信来たどうしよう嬉しいっ))
 

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