神の愛娘。

□第一話
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今日から、私は中学生になる。
通うのは青春学園という、なんとも小っ恥ずかしい名前の中等部。
私立校らしく、他の都立校などと比べるとそこそこ広いらしい。
だからこそ、方向音痴を自覚している私は数日前から何回も下見として数度登校していた。
…まあ、敷地内に入ることはないし、校門から中をちらりと覗いただけだけど。

地図を見ても迷うのだから、ぶっつけ本番で行こうという選択しすら私には許されないのだ。
だって迷うもん。
産まれてこの方、必要最低限外にでなかった私が方向音痴でないほうが逆におかしいんだけど。

───青春学園入学式───

そう書かれた看板を見つけ、思わず溜息をつく。
念のため早めに家をでた私には、余裕すぎる時間があった。

「時間配分、失敗した…」

先ほどの溜息は"無事にたどり着けた"という安堵のものと、"早めにつきすぎた"という後悔の入り混じったものだ。
取り敢えず、解放されている校舎をぐるりと見て回ることにした。
どうやら早めに新入生が来てもいいよう、念のために解放しているらしい。
…まあ、私以外の新入生は今のところみていないけれど。

校舎を見学している途中、中庭に大きな木を見つけた。
幹に背を預けて読書をするのにちょうど良さそうだと、早速巨木の根本に腰をおろしてみる。
春の日差しがある程度遮られて、でも特別暗くなるわけでも明るすぎるわけでもなく、読書をするにはぴったりだ。
時間を潰すためにと持参した文庫本は、どうやらただの荷物で終わらずに済みそうだ。




暫くして、クラス発表が行われた。
どうやら、入学式の前に各自が自分のクラスである程度親睦を深めろという意図があるらしい。
実際入学式まではまだ時間があるし、その割には集合時間が早かったから、たぶん間違えないだろう。
自分のクラスを確認すれば、1年2組となっていた。
たしか、校舎内を見て回った時に通ったはずだ。
…さすがに鍵は空いていなかったから、中には入れなかったけれど。
途中で階を間違えたせいで一度ではたどり着けなかったけれど、なんとか教室をみつけることができた。

教室の黒板に貼られている紙で、座席を確認する。
なかなかあたりの席のようだ。
…たぶん。
隣が誰かはわからないけれど、男の子であることだけは理解できた。

知り合いなのか、既に友達同士で集まってグループがいくつか出来ていた。
が、そこに入れてもらうほどの勇気は私にはない。
だってそこにいる誰も、私の知り合いではないから。
孤児院からこちらに越してきたばかりだから、知り合いなんているはずないんだけど。

ここに来る前まで読んでいた本を開く。
ちょうど、物語の中盤──おそらく、この内容では一番盛り上がる場面。
文字を目で追うたびに、ページをめくるたびに、わくわくする気持ちを抑えながら話を読み進めた。


だんだん、教室が騒がしくなってくるのがわかった。
本から目を離して壁にかけられた時計を見れば、なるほど、もう集合時間の数分前だ。
あれから随分と時間が経っているらしく、いつの間にか教室内は新入生たちでいっぱいになっていた。
ふと、視線を感じて横を見る。
すると、こちらを見ていたらしい男子と目があった。

「…何か?」

「別に。…何読んでんのかと思って」

彼は一瞬目を見開き、そう答えた。
本の題名を気にするなんて、もしかして本が好きなのかな?
そう思い、表紙を見せながら題名を教えてみた。
が、予想に反して彼はあまり本は読まないらしい。
題名を耳にした彼は、率直に「それ面白いの?」と問うてきた。
まあ、結構マイナージャンルだし、題名も微妙だけど。
私としては結構好きなんだけどな。

「私、姫路瑠璃。あなたは?」

とりあえず、ここはひとつ名前を教えた方がいいだろう。
栞を挟んで本を閉じ、私の名前を教えた。

「越前リョーマ」

「よろしくね、越前君」

にこりと笑ってみれば、彼も小さく笑みを浮かべてくれた。
…よく見ると、この人イケメンだ。
翡翠が混じった黒髪に、琥珀色の猫のような瞳。
ハスキーな声…っていっていいのかはわからないけれど、彼の声もとても落ち着いて素敵だ。
恥ずかしいし口には出さないけどね。

その後、せっかく隣の席に慣れたんだからと他愛のない話を振ってみる。
あまり口数が多いわけではないけれど、素気ないわけではない。
彼は時折相槌を打って、私の話を聞いてくれた。
質問を投げかければそれなりに答えてくれるし、どうやら越前君はクールだけど、優しくもありそうだ。

初めてできたお友達は、隣の席の男の子でした。



入学式もつつがなく終わり、越前君と別れて帰路に着く。
残念ながら今日は越前君としかまともに会話をしていないけれど、幸先は良さそうだ。

「ねえ、シン!私、初めて友達ができたよ」

家に帰って、早速天井にそう告げてみる。
すると、どこからともなく目の前にシンが現れた。
最初は驚いたけれど、今はもうすっかり慣れた光景だ。
私の言葉に彼はいち早く反応してくれて、「ずっと見守っている」という言葉は本当のようだと嬉しくも感じた。

『よかったな、瑠璃!』

まるで、自分のことのように喜んでくれるシン。
うん!と返事をすれば、シンは笑って私の頭をわしわしと撫でてきた。
シンは、私にとって兄のような存在だ。
血のつながりがあるわけじゃない。
彼は(自称)神様なのだから、人間でもないのだろう。
けれど、確かにシンは、私の家族なのだ。
孤児院でずっと育ち、本当の両親の顔も名前も知らない、私の家族。

シンとお喋りをするのは楽しい。
でも、越前君とのお喋りも、楽しかった。
…まあ、私が一方的に話しているようなものだったけど。
でも、もう少し越前君と話がしたかったな。

なんて、我儘でしょうか?







 
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