神の愛娘。

□第六話
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朝、いつものように学校に行き、教室に入ると、なんだか私の席の周りに大勢の人が集まっていた。

「…?」

「瑠璃っ!」

玲子の言葉に、集まっていたクラスメイトが一斉にこっちを向いた。

「おはよう玲子。どうしたの?」

居心地の悪さを感じつつも玲子に挨拶をする。

「みちゃダメ!!」

玲子が止めるが、私は既に机の方を見てしまっていた。

「───え」

私の机は、まあ、一言でいうなら"悲惨"だった。

"孤児"
"バカ"
"男好き"
"チョーシのんな"
"シネ"
"ガッコーくんな"

などなど。

油性ペンで、ご丁寧にもビッシリと書かれていたのだ。

「……」

孤児、か。
なんで知ってるんだろう。
私が孤児なのを知ってるなんてリョーマ君とかよっぽどの情報通以外いないし…。

…まさか、あの人?

私の事をここまで嫌ってるなんて、あの人しかいない…か。

「瑠璃…?」

玲子が、私の肩に触れる。

「ん?」

私の返事した声色は明るいもので。

それは、この場においては異常な事。

「あはは、こんなに古典的な事する人とかまだいたんだね。
っていうかこの机は私の所有物じゃなくって学校の所有物であって、公共施設のものなのにね。
なんだっけ、器物破損?30万円以下の罰金もしくは懲役3年だよねー。バカな事する人もいたもんだ」

ケラケラと笑いながら言えば、私に集まるのは畏れの視線。

そりゃそうだろう。

こんな事されて、平然と笑っていられる奴は普通じゃない。

私はもちろん普通の人間だけど、こういう感覚だけは少しおかしいのだ。

「くだらない」

吐き捨てるように言えば、クラスメイトたちは私から一歩下がる。

私が正常な感覚で機能してたら、私だってこの状況じゃ笑っていられない。
でも、孤児というのは事実で真実。
男好きでもなければそれほどバカでもないし、ましてや調子にのってなどいない私が唯一認める内容は、それだけだ。

「───何、これ」

突然聞こえた、怒りを孕んだようなハスキーボイス。

「あ、リョーマ君おはよう」

その声は既に聞きなれたリョーマ君の声で。
振り向いて挨拶をすれば、リョーマ君はただひたすら机を睨んでいた。

「…誰がやったの」

疑問系ではない、威圧感すら覚える、問い。

「しーらない」

しかし、私には関係ない。
間延びした声で言えば、案の定リョーマ君は少々驚愕の表情で私を見る。

「…大丈夫?」

リョーマ君は私が孤児であることを知っている。
私が一人が嫌いで、寂しがり屋で、泣き虫なのを知っている。

それを見越しての、私を案じての問い。

だから私は、ただ曖昧に微笑むだけ。

この空間の中で異常な、微笑み。

「…心当たり、あるの?」

「さぁ?まあ、一番やりそうなのはあの人かな?」

瞬間、リョーマ君の眉がつりあがる。

「でも、ファンクラブかもしれない」

「…」

「あるいは、それ以外の誰か」

「…」

「ここにいる誰かかもしれないし、ここにはいない誰かかもしれない」

「…」

「他人の心が覗けるわけでも、過去が見れるわけでもないのに、やった相手を見つけようなんて無理よ」

「…」

「だって、考えてもみて?複数犯か単独犯かすらもわからないのよ?」

「…」

「それなのに、どうして…」

「もういいよ、わかった」

私がベラベラと喋るごとに、リョーマ君は少しだけ寂しそうな顔をする。

そのことに罪悪感が芽生えるが、でも私が話していることは事実なのだ。

「少なくとも言えるのは、リョーマ君ではないことだけはたしかってことね」

「当たり前でしょ」

玲子が一瞬悲しそうな顔をする。

…でも、ごめん。

玲子はリョーマ君みたいにずっと一緒にいるわけじゃないから。

リョーマ君は毎日私が起してあげるし、寝起きかどうかは声でわかる。
毎日リョーマ君の声は寝起きで、そこから朝練に行って、すぐに教室に来て、そこからずーっと一緒。
放課後の部活動はいつも私の視界の中に入ってるし、帰りはほとんど毎日一緒だし。
その後わざわざ教室まで戻ってくるってのも違和感がある。
だってリョーマ君はいつも家に帰ってすぐお風呂に入ったりテニスをしたりしてるから。

だから、リョーマ君は有り得ない。

逆に言えば、それ以外の人には誰にでもなし得られることなのだ、これは。

そう、誰にでも。

つまり特定できない。

一学年だけで十分多いのに、ましてや2,3年生がやっていないという確証も無い。

この学校の、リョーマ君以外の人間は全て疑ってかかるべきなのだ。

もっとも、私が一体どれだけの一に恨みを買われているのかもわからないし(売っているつもりは無いけれど)、それ以前に私を知っている人間がどれだけいるのかもわからない。

「ま、犯人捜そうとするだけ無駄ってことだね」

ボソリと呟いた言葉が聞こえたのか、リョーマ君は目を伏せた。
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