短編集

□日常の変化
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それは、雨が降りしきる夕方過ぎの事だった。
高等部にあがっていた俺は、部活を終えて1人で暮らす自宅へと向かっているところだった。
親父も母さんも今はアメリカにいて、俺はテニスをする為単身日本に渡って来た。
家は中等部の時に住んでいた家をそのまま利用している。
裏にテニスコートがあるから便利だしね。
本来ならその日も外で部活を行う予定だった。
しかし昼過ぎから突然降り出した雨のせいで筋トレだけになったのだ。
そのため、部活動が終わったのはいつもより随分早い時間帯だった。

「…………?」

帰路の途中、道路の隅に何かがうずくまっていた。
それが何か好奇心に駆られた俺はその何かに近づき、ソレを見下ろす。
ソレは俺と同い年か、俺より少し下くらいであろう女の子だった。
見た事もない制服らしきものに身を包んだ彼女は、雨に濡れてじっと俺を見上げた。

「……何やってんの、風邪引くよ」

きっとそれは呆れを孕んだ声だったのだろう。
少なくとも心配で心配で仕方が無いという感情はなかった。

「……………」

彼女は何も言わず、ただ綺麗な瞳で俺を見つめただけだった。
まるで空のような、透き通るように綺麗な青の瞳。
彼女の持つ真っ黒な髪には、違和感のあるものだった。

「…帰るとこ、ないの?」

俺の問いに、彼女はゆっくりと頷いた。
家出か何かで帰れないのかもしれない。
さすがに雨に濡れたままの少女を放置するほど腐ってはいないし、俺は彼女に手を差し伸べた。

「だったら、俺ん家来なよ。部屋は余ってるし、俺以外に誰もいないから」

彼女は俺の手と顔を見比べた後、おずおずと俺の手をとった。
その手は冷え切っていて、雨に長い間打たれていたらしい事がわかる。
とりあえず風呂を沸かして彼女の冷え切った身体を温める事にしよう。
折り畳み傘に入るようにと密着しているからか時々触れる彼女の冷たい手にそう思った。



******************



家に帰りタオルで軽く水気を取り、彼女を沸かしたての風呂に入れた。
着の身着のまま家出をしたのか彼女は荷物を持っていなかったため、仕方なしに俺の服を貸す事にした。
幸いにも中2あたりから伸び始めた身長のおかげで、俺のシャツだけで小柄な彼女にとってはワンピース丈になるだろう。
さすがに下着は貸せないのでそこは我慢してもらうしかないが。

そういえば、俺は彼女の名前を知らない。
声も聞いていないし俺も名乗ってないし、とりあえず彼女が風呂から出てから自己紹介をした方が良いかもしれない。
タオルもシャツも脱衣所の分かりやすいところに置いたから多分大丈夫だろう。

「あ、そうだ」

ついでに今日の夕食にしようと用意していたスープでも作ればいい。
中等部時代は俺が自炊するなど考えられなかったが、ある程度の料理なら人並みに作れる。
冷蔵庫から野菜を取り出し、一口サイズに刻んだ。
彼女にも好き嫌いがあるとは思うが、味の好みはわからないため我慢してもらおう。
下味もつけて味見をし、スープ完成間近でふと思った。

どうして俺は、こんなにも見ず知らずの少女のために尽くしているんだ?
風呂や服は貸したとしても、食事の用意までするなんて俺らしくもない。

意味不明な感情に暫し佇み、まぁいいかと調理を再開した。




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