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□ストレス解消法
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「…カつく」
イライラする。
ムカつく。
思わず言葉が漏れたけど、それを拾う人間は誰もいなかった。
チャイムも鳴って、授業が始まった時間帯。
俺は1人屋上にいて、センセーにばれないように隅のほうに片膝を立てて座っていた。
思い出すのは、ついさっき見てしまった光景。
俺の彼女である陽菜が、菊丸先輩に抱きつかれていた所。
その傍には不二先輩もいて、不二先輩は慌てたように菊丸先輩を引きがはしてたけど。
でも、俺はそのあと見てしまったんだ。
陽菜が、顔を真っ赤にして胸元を押さえていたところを。
死ぬほどムカつく。
だって陽菜は俺の彼女で、菊丸先輩は赤の他人じゃん。
なんで抱きつくのを許すわけ?
なんで顔とか真っ赤にしてるわけ?
胸の内に広がるのは、まるで墨汁みたいに黒い感情。
漫画やドラマで当たり前のように使われる、醜いものだ。
俺は、ソレが嫉妬というものだと知っている。
ぎゅっと掌を握りしめて、唇をかみしめた。
短い爪が刺さって掌はズキズキするし、唇は痛い。
でもそれ以上に心臓が痛くて痛くてたまらなかった。
きっと少し前の俺が見たら随分驚くだろう。
俺は昔からテニスのことしか頭になくて、女なんて欠片の興味もなかったから。
でも中学に入って、少しずつ陽菜と関わりを持って、今ではすっかり変わってしまったと思う。
陽菜のことが好きで好きでしょうがなくて、だからいつもいつも醜い感情ばかり抱いてしまう。
学校は集団生活だから、異性と関わるななんて不可能だしカッコ悪くて言えやしないけど、でも陽菜が誰か男としゃべってるのは気に入らない。
ムカついてムカついてしょうがないから、その怒りをテニスにぶつけて発散している。
それでもどうしようもない時はカルピンに(一方的に)話をして何とかしてる。
それでも誰かに陽菜とのことを尋ねられれば情けないけど頬は緩みきったまま何時間でも話ができる。
さっきも別のクラスの、名前すら覚えていない女子に聞かれてつい話しこんでしまった。
それを見ていたのか何なのか、陽菜は途中で教室を出ていってしまって。
俺は無理矢理話を切り上げて陽菜を追いかけようとしたのに、あんな光景を見たあとじゃ陽菜と一緒にいて冷静になるなんて無理に決まってる。
俺はこんなにも陽菜が好きで、こんなにも嫉妬してるのに。
陽菜はきっと、嫉妬なんてしてくれない。
中学に上がる前まではアメリカにいたから、俺は一応そういう知識は同級生たちに比べればある方だと思う。
けど、だからこそ陽菜のことを大切にしたくて、結局付き合って1ヶ月弱で何とか手を繋ぐところまで進んだ状態だ。
抱きしめることもできなければ、キスをするなんてもっと無理。
俺が思いっきり抱き締めれば陽菜の華奢な身体が壊れてしまいそうで、怖いんだ。
こんな俺のせいで、陽菜には随分迷惑をかけているだろうし、不安にもさせてると思う。
陽菜だって、嫉妬はしないかもしれないけど俺のことは気にかけてくれてるんだ。
だから誰かと話してるときでも、陽菜に視線を向ければたまに目が合う。
すぐにそらされて、それからしばらく目は合わないけど。
まだ、嫌われてはないはずだ。
「…陽菜、」
けどこれ以上こんな状況でいれば、きっと陽菜は俺に愛想を尽かしてしまう。
俺自身のせいで、陽菜と離れるなんて耐えられない。
好きなやつとずっと一緒にいたいと思うのは、当たり前の考えでしょ?
今の状況じゃテニスにも影響が出てくるかもしれないし、それだと先輩たちにも迷惑かけるし、ますます陽菜が離れてしまうかもしれないから。
……全部、陽菜に話そうと思う。
この醜い感情も、爆発しそうなほど好きだって想いも、全部全部。
ふぅ、と小さく息を吐けば、ちょうど終業のチャイムがなった。
随分考え込んでいたらしい。
やっぱり、陽菜のこととなると俺は時間を忘れてしまうようだ。
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話したいことがある。
そう言って陽菜を呼び出せば、陽菜はどこか曇った表情で俺のあとをついてきた。
屋上の扉を開ければ、びゅう、と風が吹いて肌や髪を撫でていく。
ポニーテールに結われた陽菜の髪がさらりと風になびいて、やっぱりきれいだと思った。
「…話って、何」
小さな陽菜の声。
いつも以上に小さな声ではあったけれど、俺の耳はしっかりと聞き取ることができた。
「大事な話。聞いてくれるよね」
陽菜のことをじっと見つめながらいえば、陽菜はどこか居心地が悪そうに視線を俯ける。
そんなどこか悩ましげな表情も俺の心をくすぐって、やっぱり俺はどう頑張っても陽菜と離れることは出来そうもない。
小さくコクリと陽菜が頷いた。
今から話すのは俺が嫉妬したことで、もしかしたらゲンメツされるかもしれない。
でも、それでも、俺はこれ以上陽菜に自分の気持ちを偽りたくなかった。
「なんで菊丸先輩に抱きつかれてたの?」
「え…?」
何で知っているんだ、と言わんばかりに陽菜が顔をあげた。
その目はゆらゆらと揺らいでおり、もしかして俺よりもあの人を好きになってしまったのかと不安になる。
「……不二先輩が、ハグすると、ストレス軽減になるっていうから…」
「ストレス?」
…もしかして俺のせいで陽菜にストレスを与えているのだろうか。
って言うかハグでストレスが軽減するとかいうなら俺に言えばいいんじゃないの?
言いにくそうに表情を歪める陽菜。
これ以上陽菜のつらそうな表情を見たくなくて、陽菜の肩に手を置いた。
「…リョー、」
「ごめん」
俺のせいで陽菜にストレスを与えているのなら。
俺は陽菜のストレスを軽減する権利というか義務があるはずだ。
ピクリと反応を示した陽菜の体を引きよせ、そのままぎゅうと抱きしめた。
「このまま聞いてくれる…?」
「……うん、」
陽菜を抱きしめても、陽菜は俺を抱きしめ返してはくれなかった。
それでも俺の話を聞いてくれる気はあるようで、小さく返事をしてくれる。
「俺さ、陽菜が先輩に抱きしめられてるのみて、ムカついた。陽菜は俺の彼女なのに、なんで抱きついてんだよって」
「…、」
陽菜は身体を強張らせる。
情けなく思われてもいい、けど俺が嫉妬したのは本当だから。
「俺さ、陽菜のこと好きだよ。好きで好きでしょうがないから、だから、俺だって嫉妬する」
「…リョーマが、嫉妬?」
陽菜が顔をあげて、どこか驚いたように訊いてきた。
もしかして俺は嫉妬をしないと思われているのだろうか。
「俺だって男だし、嫉妬するに決まってるじゃん」
思わず苦笑が漏れるけど、陽菜の顔を見ればなぜか瞳が潤んでいた。
…俺は陽菜を泣かせるようなことをしただろうか。
たらりと冷や汗が流れるのがわかる。
陽菜は潤んだ瞳のまま、そのまま、俺にぎゅうと抱きついてくれた。
「嬉しい…っ!わ、私ずっと不安で、リョーマは嫉妬しないって思ってて、女の子と話してるから…っ」
多少支離滅裂な言葉。
少し上ずった声は、それでも陽菜の本音で心臓を鷲掴みにされる感覚に陥った。
ああ、もう、どうして陽菜はこんなにも可愛いんだ。
「やっぱり、ストレスの原因って俺?」
「…そうだよ、リョーマが私に嫉妬させるから」
どうやら陽菜も、俺と同じく嫉妬してくれていたらしい。
それがどうしようもなく嬉しくて、そのまま陽菜を思いきり抱きしめた。
さっきよりも力は入っていたけれど、陽菜は「苦しいよ」というだけで壊れてしまうことなんてなくて。
もっと早くこうしてやればよかった、と過去の自分を殴りたくなった。
「ごめん…。でも、次からは俺がストレス消してあげるから」
「…約束だからね」
身体を離してそういえば、陽菜はようやく笑ってくれた。
久しぶりに見た(気がする)、陽菜の笑顔。
カァッ、と顔に熱が集まるのがわかって、それを誤魔化すようにもう一度陽菜を抱きしめた。
「ねぇ、さっきハグでストレス解消になるって言ってたじゃん。それ以上の方法、あるって知ってる?」
「え?何、それ」
なんかで聞いたことがあるような気がするだけで、もしかして間違ってるかもしれないけど。
でもハグでストレスが軽減されるならこれだって十分いい方法だと思う。
「それはね、」
キスすることだよ。
そう言ってから、素早く陽菜の唇を奪った。
キョトンとした表情の陽菜は、やがて見たこともないほど顔を真っ赤に染めあげて、でも俺にゆだねるかのようにそっと目を瞑った。
ストレス解消法
(…要するに、俺らってただすれ違ってただけ?)
(…かな?)
(私、ずっと不安だったから…リョーマの本音が聞けてうれしかった)
(リョーマも嫉妬するんだね)
(当たり前じゃん)
(むしろ、俺は陽菜が嫉妬しないと思ってた)
(まさか!嫉妬っておんなへんで書くんだよ)
(女が嫉妬しないわけないじゃない)
(…俺も嬉しい)
(じゃ、これからはどこでも関係なくハグとかキスとかしていいんだよね?)
(え、それとこれと話は別…)