□not trustworthy
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家を出るとき、当然ながらお母さんに反対された。
絶対悪化するわよ!と怒られたけど、だって行かなかったらそっちの方が怖いもん。
仕方ないからマスクをはめて、いつもの道のりをいつも以上に時間をかけて歩いた。
あー…学校ってこんなに遠かったっけ?
おかしいな、家から近いから立海にしたんだけど。

途中で壁に手をついて休憩したり、休み休み登校する。
いつもの倍くらい時間をかけて何とか登校すれば、コートがいつも以上に騒がしいのが分かる。
たぶん、青学の人たちがもう着いているのだろう。
…頭に響く。
コートのフェンスに手をかければ、やっと着いたという安堵で思わず足から力が抜けた。
その拍子にがしゃん!と音がして、一斉に視線が集まるのが分かる。

「梓紗ちゃん!?」
「梓紗!?」

香奈ちゃんの声に重なるように、あの人の声が聞こえた、気がした。
こんなところにいるはずないのに。
でも、私が彼の声を聴き間違えるなんてありえない。
うーん、本格的に幻聴まで聞こえるようになったかな…重症だ。

「梓紗、梓紗!」

「あ、れぇ?リョーマが見える…」

ぐるぐるとまわる景色の中で、彼の姿だけははっきり見えていた。
私の、大好きな人。
思わず手を伸ばせば、リョーマが優しく握ってくれた。
そして、すぐに。
リョーマの顔も見えなくなって、あたりは真っ暗になった。



******************



「…梓紗」

「……りょーま」

目を開ければ、心配そうに覗き込んでいるリョーマの顔が見えた。
思わず頬が緩んで、リョーマの首にかじりつく。
小さくため息を吐いたけれど、引き離されるわけでもなく背中を優しく叩かれた。
ああ、やっぱり…好きだなぁ。リョーマのこういう優しいところも。

「……神野さん」

「……」

せっかくリョーマと二人きりだと思っていたのに、実はそうではなかったらしい。
リョーマの後ろには先輩たちがいて、眉を寄せて複雑そうな表情をしていた。

「……ね、リョーマ。練習は?」

「一時中断。俺が練習どころじゃないっての」

苦笑を漏らしたリョーマに、そっか、と返事をするしかなかった。
リョーマ、昔から心配性の気があったからなぁ。
私がよく体調崩してたからかもしれないけど。

「…本当に、熱があったんだね。すまない」

口を開いたのは、部長だった。
どうやら完全に意識を失っていたらしく、彼らも一応は申し訳なく思っているようだ。

「別に……信じてもらえるなんて思ってませんでしたし」

そう素直に答えれば、部長は押し黙る。
だって本当のことだし。

体の怠さからいって、先ほどよりは少し熱が下がったようだ。
いつの間にか貼られていた熱さまシートのおかげかな。

「ねぇ、梓紗。一つ聞きたいんだけど」

「んー?何、リョーマ」

リョーマに声をかけられれば、それだけで体の怠さなんてどうでもよくなる。
へらりと笑みを浮かべてみれば、彼ははぁ、と大きな息を吐いた。

「その、腹と足のアザは何?」

「え」

なんで、リョーマが知ってるの。

その疑問が顔に出ていたのか、「汗拭くときに見た」と告げられる。
アザのことは誰にも話していないのに、やっぱりリョーマに嘘を吐くのは私には無理のようだ。

「あ、アザって…。ど、どういうこと?」

顔を青ざめさせたのは香奈ちゃん。
まぁ、リョーマ以外で一番長く一緒にいたのは香奈ちゃんだし…知らなかったことに驚いてるのかな?

「どうって言われても…蹴られただけだよ。さすがに痛かったけど」

「そんな…!なんで話してくれなかったんだよぃ!?」

丸井先輩が、怒鳴るように問うてくる。
今さら、何を言っているのだろうか。

「ご迷惑をおかけするわけにはいかなかったので…」

「そんなの、」

「というのは建前で」

建前、という言葉にか、彼らは目を見開く。

「どうせ、言ったところで信じてくれなかったでしょ?」

香奈ちゃんなら信じてくれたかも。
でも、他の人たちはどうせ「同情させようとかそう思ってんだろ」って聞き流すだろうし。
リョーマは私の頭に手を乗せてきて、やわやわと撫でてくる。

「…梓紗」

「何?」

「部活、辞めてくれるよね?」

リョーマの言葉に、驚愕の声を漏らしたのは私ではなかった。
何言ってんだよ!と先輩たちが怒鳴る声が聞こえるけど、私からすればむしろ予想通りの台詞。

「…ねぇ、アンタらが何考えてるのか知らないけど。梓紗を巻き込むの、やめてくんない?」

「これは俺たちの問題であって、ボウヤには関係がないだろう」

「は?梓紗のこと何も知らないやつがよく言うね。熱が出てるのに無理やり学校まで来させられたり、梓紗が怪我することになったのも、全部アンタらのせいだろ」

ぎろりと先輩たちを睨みつけるリョーマ。
こう言ってはなんだけど、私とはそんなに変わらないくらい小さな体で。
必死に私を護ろうとしてくれるリョーマに、不謹慎かもしれないけれどきゅんと胸が高鳴った。

「そんな奴らに、大事な彼女を任せられるわけないでしょ」

リョーマは私をきゅん死にさせるつもりだろうか。

そう、こう見えて私とリョーマは正式にお付き合いさせていただいているのだ。
昔から家族ぐるみで仲が良かったし、私の両親もリョーマの両親も私たちのことを良しとしてくれている。
贔屓目なしにイケメンのリョーマと、どこにでもいそうな普通の見た目の私。
どう見ても不釣り合いだとはわかっているけど、でも、私はリョーマのことが好きだし、リョーマも私を好きだと言ってくれるから。
生憎お父さんの仕事の都合で住む場所も学校も離れてしまったけれど。
どこぞの少女漫画のように言えば、離れていても心はつながってるんだよね。

「梓紗だって、やりたくてやってるわけじゃないんでしょ?」

「…それは、まあ」

「な、なんでっ!?」

心底驚いたのか、香奈ちゃんが悲鳴のように叫ぶ。
なんでって言われても、ねぇ?

「自分のこと嫌ってる人たちと一緒にいて、楽しいわけないじゃん?」

香奈ちゃんにはわからないだろうけど、ね。

何も言えないのか、先輩たちはぐっと言葉を詰まらせるだけだった。



not trustworthy



(リョーマ…)

(なに?)

(…頭痛くなってきたー)

(ばか。おばさん呼ぶからね)

(はーい…)
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