そうこ 


□3周年企画
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ダングレストでは、予想通りユニオンと戦士の殿堂が一触即発の空気だった。
けれど肝心のドンは今回の黒幕であるイエガーを討つため、ギルド海凶の爪のアジトへ向かったという。
カロルは街が心配で残ると言うので、残りのメンバーで追い掛けることにした。
アジトである背徳の館では、ドンとイエガーが私闘を繰り広げていた。
けれどイエガーは逃げてしまい、ドンも時間切れだと去っていた。
その前にヴェリウスの形見である聖核を渡すことはできたが、結局ダングレストへとんぼ返りする羽目になった。

背徳の館から逃げるようにダングレストへ戻ると、街は別の緊張感で騒然としていた。
ドンが殺されたヴェリウスの代わりに自分の首を差し出すと言い出したからだ。
血には血を、それがギルドだとレイヴンは言った。

納得したくはなかったけど、ユニオンと戦士の殿堂の争いを止める手立ては他にはなかった。
どうしていいか分からないままドンのいる広場へ行くと、どうすることもできないまま話が進んでいく。

「これからはテメェの足で歩け!」

ドンの雄叫びに、どんなに止めたくても止めるべきではないと知る。
何て表現をしていいかわからないが、決して揺るがない覚悟は伝わってきた。
その姿は、まさにギルドのトップに立つ男の生きざまを体現していた。
それに気圧され、ただただ息を飲むことしかできなかった。

「誰か介錯を頼む。」

その言葉にユーリが名乗りをあげた。
咄嗟にその手を掴むと、ユーリがルークを見つめ手を握り返した。
それからゆっくりと離され、ユーリはドンの元へと向かった。
ユーリの目があまりに静かで、その背を見送ることしかできなかった。
ラゴウ達を殺めた時とは似ているけど違う、強かな覚悟を決めてしまった目だった。
やっぱりユーリは大事なことを一人で背負い込んでしまう。
だけど、ルークが代わると言っても絶対に代わってはくれないだろう。
なら見届けなければならない、と目をつぶりたくなるのを我慢してルークは前を見据えた。
苦しくて仕方がなかったけど、目を逸らすことなくユーリがその刃を振り下ろす姿を見届けた。


街全体が重苦しい空気に沈む中、ユニオン本部で事態の収束を待っているとユーリが散歩へ行くと言いだした。
ここにはいないカロルを探しに行くのだと思い、ルークも行くと言って後に続いた。
先を歩くユーリの背中は、何も変わらない。
けれど、その背に多くのものを背負っていると知っている。

ドンもそうだった。
ユニオンを守るために、躊躇うことなくその首を差し出した。
ギルドとは何なのか、首領とは何なのか。
…責任とは何なのか。
オールドラントでは、王族としてその責を全うしなければならないと常に言われていた。
けれどルークには関係ないことだと、ずっと心のどこかで思っていた。
目覚めた時には、王族であることもナタリアとの婚約も勝手に決められており、ルークの意思はいつだってそこにはない。
だから自分には関係ないことだと思い込もうとしていた。
でも、それはただ目を背けていただけだったのかもしれない。

王族の責を全うするとは何なのか、ちゃんと考えたこともなかった。
それなのにわかったフリをして耳を塞いで、まともに向き合おうとしなかった。
責任を背負おうともしないヤツが、どんなに認めてほしいと喚いたって認められるわけがない。
周りが理解してくれないんじゃなくて、自分が何も理解してなかったのだ。

急に責任と言う言葉が怖くなり、歩みが遅くなる。
王族としての責任、そして…親善大使としての責任。
ドンはヴェリウスの代わりに自分の命を差し出した。
…なら、アクゼリュスの代わりは?
その瞬間、背筋に凍りついて完全に足が止まった。

辛うじて立っているが、顔を上げることができない。
寒いのに心臓はドクドクと煩くて、自然と
呼吸が早くなった。
何も考えたくないのに、頭は勝手に疑問を投げ掛ける。
…自分はアクゼリュスの代わりに、いったい何を差し出せばいい?

「……ク?ルーク!」
「っ!」

肩を揺さぶりながら名を呼ばれ、ルークは跳ねるように顔を上げた。

「どうした?」

先を歩いていたはずのユーリがいつの間にか目の前にいて、心配そうに顔を覗き込んできた。
交わる視線に、少しずつ熱が戻ってきた。
…落ち着け、まだアクゼリュスがどうなったかわかってない。
そう必死に自分に言い聞かせ、ユーリを安心させようと口を開いた。

「だ、大丈夫…!ちょっと疲れただけっつーか…その…」
「どこが大丈夫なんだよ。顔色は悪いし声も震えてんじゃねぇか」

ユーリの手が撫でるように頬に触れた。
その暖かさに泣きたくなって顔をしかめると、ユーリは困ったように笑って手を引いた。

「…悪い。」
「…?何が?」
「いや…触れられたくねぇよな。」

言葉の意味がわからなくて、首を傾げる。
だけど、ユーリが自分の左手を見ていてわかった。
ドンを斬った手で触れられたくないとでも思ったのか。

「違う!」

叫ぶように言い放つと、両手でユーリの左手を握った。
思ったよりも大きな声が出てしまったが、それよりも怒りが湧いてきて泣きそうな気持ちなんてどっかに行ってしまった。

「ユーリのバーカ!自分で選んどいて何怖じ気ずいてんだよ!」

手を握ったまま怒鳴ると、ユーリは驚いたように目を丸くしてから笑いだした。

「なに笑って…!」
「いや、お前…落ち込んでたと思ったら急に怒りだしたり忙しすぎだろ。」
「ユーリが悪いんだろ!」
「そうだな、今のは俺が悪かった。」

素直に非を認めたユーリは、そっとルークの手を握り返した。

「別にドンのことを後悔してるとかじゃねぇんだ、ただ…なんつーか、ちょっとばかし弱気になってたな。」
「…ユーリは一人で背負いすぎなんだっつーの。」
「悪かったよ。それで?お前は何に凹んでたんだ?」

まさか蒸し返されるとは思わず咄嗟に目を逸らした。
それからさりげなくユーリの手を離そうとしたのだが、逆にガッチリと握られていて逃げるのは無理だと悟る。

「…その、なんつーか…命は命でしか償えねぇのかなって思って…」

それを聞いたユーリは、少し考えるように間をおいてから口を開いた。

「…必ずしもそうじゃねぇはずだ。大事なのは覚悟なんじゃねぇかと俺は思う。」
「覚悟…?」
「ドンは確かに自分の命で償った。けどな、本来ならそれは復讐の連鎖を生むだけになるかもしれねぇ。」

復讐の連鎖、その言葉にアリエッタの顔が浮かんだ。
命を奪うということは誰かの恨みを買うということ。
アリエッタに恨まれて、初めてその恐さと重さを知った。

「それがギルドの掟だとしても、ただそれだけじゃダメだ。ドンは掟だから命を差し出したんじゃねぇ、自分の覚悟を伝えるために自らの意思で掟に従ったんだ。」

カロルがギルドにとって掟は大事なものだと言っていた。
でもきっとそれは、ただ守ればいいものじゃない。
そこに込められた信念を守り抜く覚悟が大事だと、ドンがその身で体現していた。

「本来、亡くなった命に釣り合うものなんてないはずだろ。だから、償う気持ちがあるなら、どれだけそれに見合った覚悟を示せるかの方が大事だと俺は思うぜ。」

覚悟を示す…それはとても曖昧なもののように思えた。
けれどルークは、ドンに、ユーリにその覚悟を見てきた。
具体的に何をするかも大事だろうが、何より大事なのは気持ちを示すことなのかもしれない。

途方に暮れていた気持ちが浮上して、前を見据える余裕が出てきた。
ユーリの目はまっすぐにルークを見ている。
普段ははぐらかしたり意地悪なところも多いけど、こういう時は絶対に逃げない。
そんなユーリを見ていると何故か大丈夫だと思えるから不思議だ。
今までは色んなことから逃げていたけれど、もし帰れたら国のこととか王族のこととも向き合いたい。
アクゼリュスや師匠のことも、恐いけど逃げずに受け止めたい。
覚悟を示すためには必要なことだと思うから。

でもまずは、この世界で出来ることをやらないと。
ギルドのことをちゃんと理解して入ったわけじゃないけど、ルークだって凛々の明星の一員だから。
このままギルドが解散してしまうのは絶対に嫌だ。
エステルの依頼だってこなせてないのに。

「…行かなきゃ。」
「ルーク?」
「カロルとジュディスのところに行かねぇと…」

考え込んでいたと思ったら急に本来の目的を思い出したルークに、ユーリは呆れながら息を吐き出した。
それから苦笑いを浮かべ掴んでいた手を離すと、ルークの額をペチリと叩いた。

「ったく、ついてくるって言ったのはお前だろ。あんまボケっとしてると置いてくからな。」
「別に、すぐ追い付くから平気だっつの!」

ルークは叩かれた額を片手で擦りながら、べーっと舌を出した。
それを見たユーリはゆっくりと顔を背けた。
子どもじみたルークに呆れて言葉がでないのだろうか。
そう思ったが、ユーリは何事もなかったかのように「行くぞ」と言って歩き出したので、ルークも止まっていた足を前へ動かした。



壁に寄りかかり踞っていたカロルを見つけたが、ルークには何て声をかければいいか分からなかった。
だから、ユーリとカロルの会話を聞くことしかできなかった。
何も出来なかったと自分を卑下するカロルに、ユーリが珍しく声を荒げる。

「カロル!ドンがお前に伝えたことは何だった?ドンが見せた覚悟も忘れちまったのか?」

その問いかけに答えず押し黙ってしまったカロルに、ユーリはジュディスを追ってテムザ山へ行くと告げた。
そしてそのまま踵を返して去ろうとした。

「ユーリ!」

ルークはユーリを呼んだが、ユーリは振り返りもしなかった。
その様子に、ルークはユーリの背と俯くカロルを交互に見てからカロルの前に立った。

「俺もユーリと一緒に行く。ケジメとかわかんねぇけど、ジュディスのこと納得できねぇから確かめたい。」

反応のないカロルにルークは言葉を重ねた。

「…俺も知らないことばっかで何も出来なかった。今もそうだけど…でも、だからこそ逃げたくねぇっつーか…ユーリ一人に背負わせたくねぇから。」

ルークは握り締めた自分の手を見た。
この手では守れなかったものがたくさんある。
でも、諦めたら本当に何もかも失ってしまう。

「一人はギルドのために、ギルドは一人のために。」

その言葉に、ようやくカロルが顔を上げた。

「首領が掟を守らなくて誰が守るんだよ。」

カロルは情けない顔をしていたけど、目を逸らさなかった。
それを見たら大丈夫だと思えたので、ルークは踵を返した。
もうユーリの背は見えなくなっていたが、すぐに追い付いてやろうとルークは走り出した。

 
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