そうこ 


□3周年企画
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キュモールから解放された町は、夜が開けてより一層活気に満ちていた。
けれど、ノードポリカが騎士団により封鎖されたという情報で、ユーリ達だけは不信感を露にしていた。
ノードポリカにいるヴェリウスに会うためには、もうすぐ訪れる新月の夜でなくてはならない。
そのためには、どうにか封鎖の目を掻い潜ってノードポリカへ戻る必要があった。

「戻るにしてもちゃんと準備をしてからの方が良いわね。」

さっさと出発しようとした面々に、ジュディスが中身がほぼ空っぽの道具袋を差し出した。
砂漠越えでほとんどのアイテムを使いきったことを思い出し、慌てて手分けしてアイテムの買い出しへ行くことになった。

ユーリと組まされたルークは賑わう町をキョロキョロしながら歩いていた。
昨日よりも露店が増え、難なくアイテムを買い揃えることができそうだ。
同時に見たことのない品揃えに目を奪われるが、ゆっくりしている時間がないことは分かっているので大人しくユーリのあとに続く。

目的のものを買い揃え、後は集合場所へ行くだけだった。
しかし、ユーリの足が止まりルークも足を止めた。

「…ユーリ?」

雑貨を売っている露店で立ち止まったユーリにルークは首を傾げた。
もう必要なものは買い揃っているはずだ。
ユーリは寄り道をするようなタイプではないはずなので、もしかしたら他にも買うものがあったのかもしれない。
そんなことを考えていると、いつの間にかユーリは店主と会話をしつつ買い物を終えていた。

「買い忘れたものなんてあったか?」
「いや、個人的な買い物。」

まさか、こんな時に個人的な買い物をするとは思っておらず、ルークは目を丸くしてからユーリを睨んだ。

「こんな時に何やって…」
「少しぐらい平気だろ。それよりコレやるよ。」

買ったものを渡されたルークは、睨むのも忘れ渡されたものを眺めた。
それは、金色の星のような飾りがついた黒のヘアゴムだった。
けれど何故それを渡されたのか分からず首を傾げる。
個人的な買い物と言って、ユーリが今さっき買ったばかりのヤツなのに。

「昨日、髪切りたいって言ってただろ。邪魔なら、とりあえずソレで結んどけ。」

そう言うとユーリはさっさと歩き出してしまい、ルークは慌てて後を追った。
分かったのは、ユーリがルークのためにコレを買ったということ。

「何で急に?」
「気が向いたからな。それより急ぐぞ。」
「自分が寄り道したくせに。」

前を歩く背中に問い掛けてもはぐらかされ、ルークは不貞腐れる。
でも別に機嫌が悪いわけではない。
むしろ嬉しくて、そんな自分が照れくさい。
これまでも生活必需品を買い揃えてもらったりしたが、旅に出てからこういったものをもらうのは初めてだった。
だからなのか嬉しくて、今回ははぐらかすユーリを許してやろうと小さく笑った。

「ユーリ。」
「何だよ。」

振り向く気のないユーリに、ルークは小走りで横に並びもらったゴムを突き付けた。

「結んで。」

ようやくこっちを見たユーリは呆れたように息を吐いたが、大人しく受け取った。



何とか騎士団の目を掻い潜りノードポリカへ戻ることができた。
そして新月の夜、ついにヴェリウスと会うことができた。
ギルド戦士の殿堂を仕切る統領であり、あのドンの友人だというから一体どんな猛者かと想像していた。
けれど、その想像を遥かに越えた存在だった。
ヴェリウスは、始祖の隷長だった。

始祖の隷長ということは、エステルを襲ったフェローと同じだ。
でも、見た目も違うし雰囲気も穏やかだった。
見た目は魔物のようだが魔物ではない。
だからと言って人間でもないが、会話することはできる。
始祖の隷長とは何なのか訳が分からなかったが、少なからずヴェリウスが敵ではないことは分かった。

結局、魔狩りの剣が乱入してきたためエステルのことについて全てを聞くことはできなかった。
しかもヴェリウスを倒さなければならないという最悪な結果に、呆然と立ち竦むしかなかった。
ヴェリウスの怪我を癒そうとしたエステルの術により、ヴェリウスが我を失って襲いかかってきたのだ。

倒さなければこっちがやられていた。
頭で理解していても感情がついていかず、唇を噛み締める。
チーグルの森でライガクイーンを殺したことを思い出した。
きっとアリエッタのように恨みによる負の連鎖が始まってしまう。
分かってはいたけど、死ぬわけにも仲間を死なせるわけにもいかなかった。

ヴェリウスを倒すと聖核が現れた。
それを狙った騎士団が押し寄せてきて、悼む暇もなく街を脱出しなければならなかった。
本当は踞ってしまいたかったが誰よりもエステルが傷ついているのだから、弱音を吐くわけにはいかない。
でもエステルを励ます余裕もなくて、とにかく必死に足を動かした。
エステルにはユーリがついていたので、きっと大丈夫。
…大丈夫だと思うのに、色んなことがあったからか心臓が痛い。

混乱する町を抜けて港まで行き、船へ乗り込もうとした。
けれど、その直前でフレンに追い付かれユーリがラゴウやキュモールを殺したことを暴かれた。
だからといってユーリに動揺する様子はなく、むしろ今のフレンに何をしてるんだと怒鳴り返していた。

それから何とか船に乗り出発した。
騎士団の船団を抜け、ようやく落ち着くことができると思っていた。
それなのに、何で悪いことは続いてしまうのか。

「…これが私の道だから。」

船の魔導器を壊したジュディスは、そう言い残して竜とともに消えた。

静まり返る船上でルークは耐えきれず叫んだ。

「っ…わけわかんねー!!」

その叫びに波の音だけが答えた。



日が暮れ、落ち着くというよりは沈んでいる重苦しい空気を感じながらルークは甲板で空を見上げていた。
壊された魔導器はリタが予備の魔導器でどうにかすると言っていた。

結局、分かったのはノードポリカに魔狩りの剣がいた理由だけだった。
ドンの孫のハリーが偽の情報に騙され、ヴェリウスを助けるために魔狩りの剣と来たらしい。
けれど結果として、助けるはずのヴェリウスを魔物と間違え討つことになってしまった。
実際に討ったのはルーク達だが、きっと最初からヴェリウスを討たせる算段だったのだろう。
さすがのルークでも、ハリーが騙されたことはわかった。

ハリーが騙されなければ、もっとヴェリウスと話せたかもしれない。
そう思ったが、言葉にすることはできなかった。
ドンの孫というプレッシャーから先走ったハリーを責めることも笑うこともできなかった。
ハリーに、どうしようもない既視感を覚えてしまったから。

向こうの世界で、師匠に英雄になれると言われアクゼリュスへ向かう自分と重なった。

それではまるで自分が騙されたようだと笑おうとして、できなかった。
耳には『愚かなレプリカルーク』という声がこびりついている。
未だに何を信じればいいか分からない。
悪夢だと笑うには夢に見すぎてしまった。
それでも、ようやくあの時の自分も周りを見ずに先走っていたのだと悟った。

向こうの世界ではルークにとって、師匠が何よりの道標だったから迷いなどなかった。
師匠はいつも優しくてちゃんとルークをルークとして見てくれた。
それはまさに理想…すぎた。
この世界に来て、理想だけが信頼に値する訳ではないと知った。

望み通りの言葉は心地よくて簡単に惹かれてしまう。
でも、相手のことを思う言葉は必ずしも望み通りになるとは限らない。
むしろ、理想と違う方が正しくて相手のことをより考えている場合がある。
ユーリがまさにそれだった。
間違いは間違いだとハッキリ告げる。
それは厳しくて簡単に受け取れず反抗してしまうこともあるけど、それもまた優しさなのだと気づいた。

頭ではもう、ほとんど答えが出ていた。
でも感情と思い出が待ったをかける。
師匠との時間はルークにとってかけがえのない時間だった、それは間違えようのない事実だ。
師匠にどんな意図があろうと、ルークにとってそれが事実で真実だ。
ただユーリとの時間も同じぐらい大切なものになっていた。
怒ることもイラつくこともいっぱいあるけど
楽しくて心が満たされる。
望み通りになんてほとんどいかないのに、悪くないと思えてしまう。
ルークにはどちらも否定することはできなかった。

「…何か見えるのか。」

気づけば隣で同じようにユーリが空を見上げていた。

「空と星。」
「だろうな。」

ありのままの事実を伝えれば、ユーリも在り来たりな答えを返した。
ルークは空から目を下ろし、隣に立つユーリを見た。

正直、分からないことだらけでうんざりした気分だ。
自分のこともエステルのこともジュディスのことも問題が山積み過ぎて途方に暮れる。
ヴェリウスのことだって未だに整理はついていない。

「…これからどうすんの?」
「お前はどうしたい。」

ユーリのムカつくところは、こうやってはぐらかすところだ。
ルークが聞いているのに、ルークに答えを求めてくる。
たぶんそれは、ユーリの答えはもう決まっていてルークの答えがまだ決まっていないから。
ズルい、といつも思う。
けれどルークは今のところ、それに太刀打ちする術を知らない。
怒りによる反論は効果がなかったのは確かだった。

「わかんねーけど、このままじゃダメなのはわかる。」
「そうだな。」

このまま途方に暮れていても事態は改善してくれない。
むしろ悪化することは想像に固くない。
完全に事情を理解したわけではないが、ヴェリウスを殺された戦士の殿堂が大人しくしているわけがないのだ。
それにジュディスのことだって納得できない。
なら、どうするべきか。

気づけばユーリもこっちを見ていて目が合う。
その瞬間、迷う必要がないことを思い出した。

「俺はユーリと一緒にいる。」

ルークの言葉にユーリが呆気にとられた顔をした。
それに少しだけ気分が上がる。
色んなことがありすぎて考えすぎたが、ルークのやりたいことはとっくに決まっていた。

「どうすれば解決するかはわかんねーけど、どうするかはもう決まってる。だから、ユーリについてって考える。」

そう宣言すると、珍しくユーリの目が逸らされた。
また空を見上げ始めたユーリに、ルークもつられて空を見上げる。

「…ユニオンと戦士の殿堂がこれからどうなるかはわからねぇが、ヴェリウスのことは俺達にも責任はある。だから、やれることはやるつもりだ。」
「うん。」
「それからジュディスとも…ケジメをつけるべきだと思ってる。」
「うん。」

やっぱりユーリはもう答えを出していた。
それが正解なのかはわからないが、ユーリらしいと思った。
なら自分は一緒にそれを背負っていきたい。
ユーリが無茶をするなら自分だって一緒になって無茶してやる。
でもきっとユーリは大事なことは一人でこなしてしまうだろう。
その時は傍で見届けたいと思った。

「お前がついてくんのは勝手だが、もしお前の答えと俺の答えが違ったらどうするんだ。」
「そん時はそん時だろ。ユーリが間違ってるって思ったら容赦しない。」
「そりゃ頼もしい限りだな。」

笑みを浮かべたユーリは、ルークの頭を軽くポンポンと撫でた。
それに目を丸くしてユーリを見上げる。

「なんだよ?」
「いや…身長伸びてねぇなって思って。」
「はぁ!?伸びてるっつーの!お前の目が悪いだけだろ!」

急にからかわれ、ルークは憤然とユーリを睨み付けた。
それなのにユーリは困ったように笑ってルークを見つめている。

「かもしれねぇな。」

素直に認めたユーリが信じられなくて心配したら「焼きが回った」とさらによくわからないことを言われた。
だけどどこか楽しそうで遊ばれている気がしたが、やっぱり悪くないと思ってしまった。

すぐに寝付ける夜ではなかったが、不安で潰されることなく朝が来た。
船も何とか動かせるようになり、ハリーを送ることとヴェリウスの形見である聖核をドンに届けるため、ダングレストへ向かった。

 
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