そうこ 


□3周年企画
3ページ/11ページ


それから数日経ってハッキリと解ったことは、同居人とペットの犬の名前だけだった。
ここはどこなのか問いかけることも出来ないし、もし彼が答えても理解できる自信はない。
ただ、キムラスカやアクゼリュスという単語を伝えてみたがユーリは首を傾げるだけだった。
そして1度、外に連れ出してもらったが、好奇の視線と理解できない言葉にすぐ挫折した。

それでもユーリはルークを追い出そうとはしなかった。

口数の減るルークとは反対に、ユーリはルークが理解していないと分かっていながら話し掛けてきた。
けれどルークは、どうして良いか分からず戸惑うことしかできない。

このままじゃいけない、それは分かっている。
でもまだ、現実を受け入れる勇気を持つことができない。

「ワンッ!」

ぼんやりと窓から外を眺めていると、ユーリのペットであるラピードがルークの傍に来た。
最初は大きくて怖いヤツかと思ったが、大人しいし触っても吠えない。
それに、ユーリが出掛けている時にはこうやって傍にいてくれる。

「ラピード…」
「ワフゥ…」

ルークがそっと手を伸ばすと、向こうからすり寄ってきた。
その行動に甘えて、ルークはラピードを撫でる。
その感触が、少しだけミュウと似ていてルークは苦笑いした。
あんなにウザかったのに、いなくなると寂しいなんて思いもしなかった。

心のどこかで、朝になり眠りから目覚めると元に戻っていると期待していた。
これは夢だと思いたかった。
けれど何度頬をつねっても痛いだけで、これが現実だと突きつけられただけだった。

ルークはラピードを撫でていた手を離すと、テーブルにあった日記を取った。
その日記が、ルークの記憶を裏付ける証拠だ。
自分がそれを信じずに、何を信じろというのか。

分からないことだらけで不安も大きいが、このままじっと待っているわけにはいかない。
自分は、アクゼリュスのことも師匠のことも確かめなければならないのだ。

きっと前にティアと出会った時のように、疑似超振動で飛ばされただけに決まっている。
それならここを出て他の町に行けば、マルクトかキムラスカに辿り着くはずだ。
この町のことはよく分からないが、特殊な町なんだろう。
せめて言葉が通じる場所にさえ行ければ、なんとかなる。

次第に悩んでいた自分がバカらしくなったルークは、部屋を見渡し自分の剣を見つけた。
それをいつものように腰へつけると、上着の裾が引っ張られる。

「ヴゥ…!」
「ラピード?」

裾に噛みついたラピードが、まるで行かせないとでも言うように唸った。

「離せっつーの、俺は行かなきゃなんねぇんだよ!」

ルークは裾を引っ張ったが、ラピードは離さない。
しばらくその攻防を続けていると、扉が開きユーリが帰ってきた。

「―――――?」

ルーク達を見たユーリは呆れたような顔で首をかしげた。
その瞬間、ラピードの口から裾が抜けた。
ルークはそのままユーリの横を通り抜け、外へと飛び出した。

「ルーク!」

ユーリの声が聞こえたが、ルークは止まることなく町の外に向かった。
道はよく分からないが、進んでいけばそのうち外へ出られるだろう。
その勘は見事に当り、しばらく行くと町の出口があった。

勢いのまま駆け抜け、外に出たところで足を止め息を整える。
そして振り返れば、バチカルと少し似ているが非なる町がそこにはあった。
何より、町を覆う透明な膜のようなものがある。
その時ルークは漠然と、まるで異世界に来てしまったようだと思った。

でもきっと、ルークが知らないだけで普通なことなのかもしれない。
何せルークは、故郷であるバチカルの景観すら知らなかったのだから。
そう自嘲した時だった。

背後から殺気を感じたルークは、剣を抜き振り返った。
そして、こちらに向かう魔物の姿をとらえ剣を振り下ろす。

「チッ…!」

久し振りの実戦に体が鈍り、掠り傷しか追わせることができなかった。
けれど、この程度のヤツなら技ですぐに仕留められるはずだ。

再度向かってくる魔物にルークは技を放とうとした。

「双牙…っ!?」

感覚がおかしい。
使い慣れた技のはずが、上手くコントロール出来ない。

その隙は命取りだと、何度ジェイドやティアに言われたことか。
過ったときには遅く、魔物の爪がルークを捉えようとしていた。

「――!!」

だが、その爪が届く前に魔物は横からの衝撃波によって吹っ飛ばされた。

「ルーク!」

魔物の気配は消えたが、ルークはユーリの呼び掛けに反応せず呆然と立ち尽くした。

…戦う力さえも失った。

その衝撃に何も言葉がでなかった。

「ルーク…?」

ルークの様子に違和感を覚えたユーリとラピードが、心配そうにルークの顔を覗きこんだ。
それが無性に煩わしく感じて振り払おうとした時だ。

『……の光よ、』
「っ…!!」

酷い頭痛がして、ルークは頭を押さえ膝をついた。
ユーリがルークの名を呼んでいるが、それどころではない。

『そ……異界の、地に…』

いつもよりも雑音混じりの幻聴に、意識を手放したくなる。
けれど、聞き逃してはならない気がして必死に耐えた。

『…門…開く……まで、生き延び…え…』

そこでブツリと何かが切れる音が聞こえ、それと同時にルークの意識も途切れた。



目を覚ましたルークは、ぼんやりと木目の天井を眺めた。
それはここ数日見たものと同じで、複雑な気分になった。
唯一いつもと違うとすれば明るさだ。
どうやら今は夜中らしく、光は窓から射し込む星明かりだけで薄暗い。
ゆっくりと瞬きをしてみたが、見える世界は何も変わらなかった。

すっかり目が冴えてしまい、ルークは起き上がって部屋を見渡した。
すると、ユーリが床で寝ていることに気づいた。
いつもルークより遅く寝て早く起きているから、どこで寝ているのか知らなかった。
当然のように別室のベッドで寝ていると思い込んでいた。

その時初めて、ルークはユーリのことをまともに考えていなかったことに気づいて、愕然とした。
自分のことにいっぱいいっぱいで、ちゃんとユーリと向き合わずにただ甘えていた。
今日だって助けられたのに、礼すら言えていない。
言ったところで伝わらないだろうけど、それでも伝えずにいるのは間違っている気がする。

「…ありがとな…」

改めて礼を口にすると恥ずかしさが込み上げてきて、ルークはユーリから顔を背けた。
そして、窓から見える星空を眺める。

頭痛と共に聞こえた声は、異界がどうのと言っていた。
途切れ途切れでよく分からなかったが、生き延びなければならないということだけは理解した。

そのためにやるべきことは、きっとたくさんある。
むしろ多すぎて何から始めれば良いのかわからない。
けれど、まずはユーリと話しがしたいと思った。

何で助けたのかとか、この町のこととか聞きたいことや話したいことが次々と湧いてくる。
それから、ユーリと剣の手合わせもしてみたい。
技だってまたきっと使えるようになってみせる。

生き延びると決めた瞬間、やっと今を受け入れることができた気がする。
それもこれも床で寝ている男が、見捨てずに待っていてくれたからだろう。
まだ礼を伝えることは出来そうにないので、明日からはベッドを譲ってやろうと決心し、ルークは再び横になって目を閉じた。

もう、目覚めたときに今日と同じ天井でも落胆することはないだろう。

 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ