短めな話

□気弱な君、輝く君
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梅雨真っ只中、
毎日降る雨は、
今日もやむ気配はない。








気弱な君、輝く君








「まったく…早くやんでくれないものかね」


そう不機嫌そうに呟いたのは、鶸だった。
自分の膝に頭をのせ結っていない髪を床に広げ、完全に寝る態勢でいる。


「そんなに雨が嫌いか?」


笑いながら頭を撫でてやると、不機嫌な表情のまま、こちらに目をやる。


「嫌いではないが、好きにはなれそうにもないね。
こう毎日毎日降られると、さすがに気も滅入ってくるよ」


寝ようにも、じめじめしすぎて寝にくいしね。
上掛けを肩まで引き上げながらぼやく。



すぱんっ



良い音を鳴らして襖が開かれた。


「裕!梵!」


露草だった。
珍しく機嫌良さそうにしている。
その顔は楽しそうに輝いていた。

襖に背を向けるように寝ていた鶸は、露草の大きな声に眉を寄せた。
そんなことは知ることもない露草。


「露草がそれだけ楽しそうなんて珍しいな。どうした?」

「綺麗な虹が出てるんだよ」


説明しながらこぼれる笑顔。


「…そんな事の為に、わざわざ俺を起こしに来たのかい?」


非常に迷惑そうな声音で苦情をたれる鶸。


「あんたがどうこうなんざ知ったこっちゃねぇよ」

一瞬眉間にシワを寄せながら言い捨てる。
しかし、またすぐ笑顔に戻った。


「せっかく虹が出てんだ、寝てないで見に行こうぜ!」


勢い良く鶸の上掛けを取り上げた。
意外すぎる露草の行動に、鶸は目を丸くして固まっている。


「早く来いよー!」


驚いている二人をよそに、露草は足早に部屋を出て行った。

…鶸の上掛けを持ったまま。


「…はぁー、だから雨の日は好きになれないんだよ」


気だるそうにのっそりと起き上がる。


「…虹がなんだってんだい、そんなものいつでも見られるだろう」


ピアスの付けられていない口からはひっきりなしにぶつぶつと文句がこぼれ出る。


「しかし、露草は元気だな」

「あれでも樹妖だしね、水っ気が多い分気持ちも昂ぶるんだろう」


やれやれ世話が焼ける、と頭をかく姿を見ていると、
二人が遊べとだだをこねる子供と、渋々と、でもちゃんと付き合ってやる父親のように見えてきて


「ふふっ」


思わず笑ってしまった。
鶸は突撃笑い出した自分を怪訝そうに見やる。


「なんだい、急に笑い出して」

「いや、少し露草と鶸が親子みたいに見えて」

「…俺が父親で、露草が子供?」

「そうそう」


まだ湧いてくる笑いを堪えつつ答えると、鶸はふっと笑った。


「悪くはないかもね」

「そうか」

「そうしたら、裕が母親になるわけだし」


なるほど、だから鶸は満足そうに笑っているのか。


「さて、そろそろ行ってやらないと。息子がそろそろ騒ぎ始めるよ」

「…そうだな」


父親を気取る鶸もまた、面白い。





外へ行くと、濡れてしまうのも構わずに露草は雨にうたれながら立っていた。


「…狐の嫁入り、だね」


鶸が持ってきた傘に露草を入れてやりつつそう言った。


「で、肝心の虹はどこなんだい?」

「あれ」

彼がまっすぐ指差した先には、確かに虹がかかっていた。
それは稀に見る見事なものだった。
円でいう三分の一程の長さが見てとれる。色も濃くて、一色一色をはっきりと見分けられた。


「ほぅ…」


鶸が感嘆の声をもらすと
露草は彼を見上げ、その表情を伺った。
それに気付いた鶸は笑う。


「お前にしては素晴らしいものを見つけたじゃないか」


その言葉に、露草は嬉しそうににっと笑った。
どんな癇に障るような言い方をされても、今は気にならないらしい。
よほど見られたことが嬉しいのだろう。
露草が後ろにいた自分に振り返った。得意げに笑っている。


「な、綺麗だろ!」

「全くだ」


そうして少しの間虹を眺めた。




「…それにしても、どうして急に俺たちを呼んだんだい?」

「ん?」

「普段なら虹ごときで俺たちを呼びには来ないだろう」

「いや、別に…」


もごもごと口ごもる。
耳が赤い。
どうやら照れているようだ。


その顔が見たくて、隣に並んで顔を覗き込んでみた。
目が合ったと思いきや、ぷいとそらされる。
その顔はやっぱり赤かった。


「別に、その…たまにはあんた達と見るのもいいかと思って…」

((かわいー))


絶対に今、鶸と同じ事を考えた気がする。
彼の方に目をやると、これまたはたりと合った。
そして理解した。


やっぱり同じ事考えてた。


「ふはっ」

「くくくっ」


二人は揃って笑い出す。
露草はぎょっとした表情で二人を交互に見た。


「あんたら、何笑ってんだよ」


どう答えたものか。


「愛する息子がとても可愛らしく思えてね」

「はぁ!?」

「そうは思わないかい、裕?」

「…そうだな」

「馬鹿かおい、そこは同意すんじゃねぇよ」


今日久しぶりに聞いた露草の罵倒。


「しかし、眠いな」

「情けねぇな、たまには起きてこういうのも見ろ、もったいない」

「やれやれ、子供は元気なものだねえ」

「餓鬼じゃねえっつってんだろ」



いつもより覇気の感じられない気怠げな鶸。


いつもより上機嫌で輝いている露草。




普段と違う二人がとても珍しく、微笑ましく思えた。









「そういえば空五倍子はどうしたんだい?」
「呼びに行ったんだが、何か忙しいからって来なかった」
「夕飯かな?」
「そんな所じゃないかい」

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