戦乱の話

□弐話
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それからあれよあれよと言う間に気付けばナントカ城の立派な部屋の一室で。


まさかあの後に人生初の乗馬をする事になるとは思ってなかった、緊張でガチガチに固まりながら部屋の片隅で正座待機しているのだが正直腰と尻が痛い。
身動ぐと知ってる香りがした。伊達政宗さんの匂いだ。
ぱっとフラッシュバックするのは先程までの乗馬中の光景。馬の横腹を蹴り、今止まったら漫画みたいに吹き飛んで死ぬんじゃないかと思うくらい爆走されてそれこそ死に物狂いで背後の青年にしがみ付いた時だ。あの時は必死で気に留める余裕もなかったのだが今改めて嗅いでみるとなかなか上品な香りだ。
うん、高そう。ついでに身分も高そう。まさかこんなデカいお城に辿り着くとは思わなかった。
もしかするとここは現代の日本ではないのかもしれないのだ。しかも城に入った時の青年の扱われ方といい本人の口振りといいあの青年は殿様か何か。

そこまで条件が絞り込まれて漸く伊達政宗の名前が記憶の奥底の人物と該当する。
戦国武将、青葉神社、大きな三日月をこさえた鎧兜。因みにこの兜は部屋に通されるまでにちらっと見えた気がする。もしかしなくても伊達政宗さんはあの伊達政宗さんなのでは…?え、俺あの伊達政宗さんに花冠乗せたの?
きりきりと胃が締め付けられる感覚がし、唯一の持ち物である返してもらった刀を誤魔化す様に強く握り込む。
騒がしい部屋の外の音と自分の心臓の音が煩い。


すぱんっ


小気味のいい音がして勢い良く襖が開かれた。心臓と一緒に軽く体も跳ねてデジャヴを感じる。
そろそろ1日で寿命が縮み過ぎて俺は死ぬのでは??

「待たせたなpuppy!」

待ちに待っていたたった1人の顔見知りが大股で部屋に入って来る。
子犬じゃねーし!しかもまだ冠着けてんのかよそろそろ恥ずかしいぞ!!
安心感も相まってそう言ってやろうとしたが、伊達さんの背後に立っていた人と目が合い口を開けただけでそれは終わってしまった。
伊達さんよりもガタイの良い、頬に大きな傷の入った目付きだけで人を殺せそうな、オールバックのおっちゃんがこっちをそれこそ睨み殺す勢いで見てくる。
ご、極道の人だ…!やっぱあの伊達政宗じゃなくてヤクザの伊達さんだったんじゃん!!きっと名前が一緒だからって大ファンなんだな!?
身の危険を感じ正座したまま後ろにずり下がるが、片隅にいたせいで大して下がれはしない。どうすることもできずにそのまま硬直していると伊達さんが目の前で屈み込み頭を撫でてきた。

「そう怯えんな、とって食ったりしねえよ」

あんたがしなくても後ろの人がとって食いそうなんだよ…!!
恐怖に慄き全力で首を横に振って無言で背後を訴える。それを見て怪訝そうに振り返った伊達さんは納得した様子でちょうど背中で俺を隠す様にして立ち上がった。

「おい小十郎、怯えてんだろ」
「政宗様、お言葉ですがまたその様なモノを拾ってこられたのですか!間者である可能性もございます、軽率な行動はお控えくださいとあれ程…!」
「No problem、コイツはそんなんじゃねえよ。武器はこれしか持ってねえしおそらく使った事もねえ。どっちも見りゃ分かる」
「ですが政宗様…」
「確かに妙な国から来ているってのは怪しいがそれももうすぐに解決するだろ、家に帰してやるまでの間だけだ。それに、オレが見誤った事があるか?」
「……いえ」

まるで野良犬を拾って飼おうとする青年とそれを元いた所に捨ててこいと説教する保護者みたいな光景に口を挟む間も無く唖然としている内に、話は溜め息を吐くおっちゃんを言いくるめた伊達さんの勝利となっていた。

「…おい」
「っはい!?」
「政宗様はテメェを認めていらっしゃる様だが、万が一怪しい動きでもしてみろ、すぐに叩き切ってやる」

地を這う程の低い殺気の籠もった脅しに首がもげそうなくらい頷く。やっぱ刀返してもらわない方がよかったじゃん…!
対照的に相手を説き伏せられたので機嫌が良いのだろう、調子良く向かいに腰を下ろした伊達さんに持っていた刀を差し出す。

「Ah?どうした」
「いや、その、持っていない方が怪しまれなさそうですし、なんだったらこじゅうろうさん?にでも預かってもらえればと…」

しかし伊達さんは何を渋っているのか手は出さずただちらりと何か言いたげな目を向けてくる。あれか、さっきされた受け取る気はないの話か。

「あ、預けるだけですってば、後で返してもらえれば」
「…OK、確かに預かったぜ」

彼の求める言葉を出せたのだろう、無事に刀を受け取ってもらえた。それを後ろ手に差し出しこじゅうろうさんが素早く回収する。でも自分に刺さる視線の鋭さは変わらない。
大丈夫警察と一緒で何もやましい事がなかったら大丈夫。
そう自分に言い聞かせてなんとか視線を手前の伊達さんへと戻す。

「Hey、これを見てみろ」

ばさりと大きく広げられたのは日本地図だった。
日本列島の形は見慣れたそれだったのだが、よく見ると、書いている都道府県の名前がオカシイ。

「これは…?」
「おいおい、これも知らねえのか?日ノ本の地図以外になんだって言うんだ。…で、此処がオレの治める国、奥州だな」

懐から取り出した扇子の先で指し示される”奥州”の文字。宮城か山形かの位置に大きく書かれたその2文字に混乱して目を瞬かせる。なら東京は?
列島の輪郭を目でなぞり見つけた目的地には”武蔵”と書かれていた。その周りに並ぶ慣れ親しんだ都道府県とは違う歪な線に囲われた”駿河””甲斐””信濃””越後”の、流石に見聞きした事のある文字たち。

つまり、もしこれが大学の分布図?でないならば……


「戦国時代…?」
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