灰の虎とガラスの獅子

□Gが始まる/虎の絶叫
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Gが始まる/三人の獅子


 ……避けられている。
 ここ数週間、彩塔さんに避けられている。避けられ始めたのは一緒に博物館に行った後くらいからだったか。あの日に彼女の気に触るような事でもしてしまったのか。偶に顔を合わせるが、最初に会った頃の様な作り笑いを浮かべ、極力俺との会話を短く済まそうとしている節がある。
 最初の一週間は、嫌われたかとも思ったのだが……多分、そうではない、と思う。彼女は嫌っている相手には、とことん辛辣だ。「何をして『いる』んです?」ではなく、「何をして『いやがる』んです?」になるし、色々と皮肉も混じる。
 それがないと言う事は、嫌われてはいないと思うんだが……
「俺って、同情されてるのかなぁ……?」
――ネガティブ!? ここに来てまたネガティブ思考かお前!――
「だってさぁ、この数週間の彼女見てみ? 話には付き合ってくれるけど、誘いはやんわりと断られるじゃないか。最近じゃぁこっちも断られたくないから、話しかけるのも怖いっつーの」
 彼女の優しさに甘えて、調子に乗りすぎたのかも知れない。彼女もそれを感じ取ったから、距離を置き始めたのかもしれない。
 ……思考がどんどんと悪い方向へと向いていき、終いにはどうしようもなく凹んでしまう。
――あのなぁ。お前、まさかここまで来て「好きだけど手に入らなくても良い」とかとち狂った事言う気じゃないだろうな?――
「嫌われたくない、離れたくない。……だから、現状維持」
――アホかお前! 好きなら何が何でも手に入れる、くらいの気概は見せろ。もうこの際だ、冗談抜きで押し倒せ!――
「そんな事したら本気で嫌われるだろうが。むしろ返り討ちにされそうな気がするから却下」
――まあ、押し倒すのは最終手段だとしてもだなぁ……お前、一度でも硝子に好意を伝えた事、あったか?――
「いや、無いけど」
――伝える前から玉砕するって決めてかかってるのか? 馬鹿じゃねぇの?――
「最初から望みのない恋愛はしたくないだけだ。……俺はネガティブだからな。沈んだら絶対浮上しない」
――胸張って言う事じゃねーし。大体、本当に望みがないって言うのは、相手が死んでいる時、相手に既に想う奴がいる時、そして自分が本気じゃない時だけだ。お前の場合どれでもねぇだろうが――
 はあ、と頭の中で溜息が聞こえる。だが、溜息を吐きたいのはこっちの方だ。
 確かに、真に望みが無いって訳じゃないのだろう。だけど、避けられているのも確かだ。距離を取られている。少なくとも馴れ馴れしい態度を取ろうとはしてくれない。
 俺はもっと親しくなりたいのに、彼女は出会った頃に戻ろうとしている。そんな気がする。
 アッシュじゃないが、我ながら自分のネガティブっぷりに苦笑を浮かべた、その刹那。
 鈍い……まるで石畳に何か硬い物を、勢い良く叩きつけたかのような音が、俺の耳に飛び込んできた。直後、小さく……しかし俺の聴力では充分に拾える大きさで、「痛い」と言う女性の苦情の声も聞こえる。
 ちょっと待て、何が起こった!? つか今の音は「痛い」で済まされるような感じじゃなかったぞ!?
 反射的に音がした方に向かいつつ、俺は心の中でツッコミを入れる。と言うか、突っ込まずにはいられない程の音だった。
 って言うか、今の声ひょっとすると彩塔さんじゃないか? いや、幻聴の可能性もあるけど、あんな派手な音を立てておきながら「痛い」で済ませられる女性なんて、彼女くらいのものだ。
 と非常に彩塔さんに対して失礼な事を思っている間に、俺の視界にはこの暑い中、更に暑苦しい印象の黒コートを羽織ったカウボーイ風の男と、それとは逆に涼しげな黒タンクトップの男の姿が映りこんだ。
 コートの男は拳銃を構え、タンクトップの男は……指を伸ばし、床に倒れこんでいる女の足首を掴んで、自分に向かって引き寄せている。
 コートの男は何者なのか知らないが、少なくともタンクトップの方はレオで、足首掴まれているのは彩塔さんだ。しかも彼女の腕の中には、霧雨の体がすっぽりと納まっている。
 まずいっ!
 思うのと、体が動いたのは同時だった。瞬時に俺はジーンズのポケットに入れていたメモリと、懐に入れていた赤い銃型の「何か」を取り出し……
――Bullet――
 メモリから響くガイアウィスパーを聞きながら、メモリを銃についているスロット部分に挿し込むと、俺はレオの手に向かって狙いをつけた。
 レオと一緒にいる事から考えて、コートの男も恐らくは霧雨を狙う連中の一人なのだろう。とにかく、まずは彩塔さんを解放して、直後にレオとコートの男の動きを止める必要がある。連射できるかは分らないが、とりあえず最低でも六発は欲しい。レオの右手に二発、それから二人の両肩に一発ずつ。
 思いながら、俺は「最初の一発」のつもりで引鉄を引く。と……銃口部分から、銃弾を模したエネルギーが発射される。それも、俺の願い通り、六発分。
 ……って、ええええええっ!? 待て待て待て! 俺、引鉄引いたのは一回だけだよな!? なのに何で6発も弾丸が出る!?
――そりゃぁお前、そいつは「弾丸の記憶(バレット)」だぜ? 普通銃弾は六発で一組だろうが――
 リボルバーならそうかもしれないがカートリッジはもう少し多いからな!? って言うか、引鉄一回で六発は危険すぎるだろ? 弾丸は狙い通りの場所に着弾してくれる辺りは便利だが。
 あまりの事に驚くが、今は驚いている場合じゃない。今の攻撃に驚いたのか、彩塔さんの足から手を離したレオと、コートの男、そして霧雨を抱えながら体勢を立て直した彩塔さんの視線を一身に受けつつ、俺は彩塔さん達の側に駆け寄る。
「怪我は? すっごい派手な音してたけど?」
「音だけです。私、石頭なので問題ありません。それより、今の……」
「ああ、これ? 少し前にマスカレイド……クークの奴に貰った物さ。まさか使う事になるとは思わなかったけど」
 手の中に納まっている拳銃型の物を見せつつ、俺は極力軽い口調で言う。
 同時に、視線をレオとコートの男に向け……
 ……って、待て。
「レオの奴、左腕が生えているよーに見えるんだが?」
「詳しくは分りませんが、再生して貰ったそうです」
「それはまた……厄介だな」
 言いながら、俺はレオの左肩めがけて再び引鉄を引く。
 やはり響く銃声は六発。そのうち四発は、俺があらかじめ狙っていた通りレオの左肩に着弾し、残る二発はコートの男が腰から提げている銃のホルスターに直撃した。
 結果、レオは左肩からどくどくと血を流しはじめ、コートの男が持っていた銃はドスリと鈍い音を立てて地面に落ちる。
「Why doesn't my injury recover!?」
「どう言う事だ? たかが撃たれた程度でその様な……」
 怪我が治らない事に苛立ち、声を上げるレオ。そしてそれを不思議そうに見つめるコートの男。
 確かに、オルフェノクの回復能力は結構高い。普通の銃弾なら、今頃血くらいは止まるはずだ。
 考えられる事は三つ。一つは勿論この「銃」その物。普通とは呼べないからこそ、レオの回復を妨げているのかもしれない。
――それは無ぇな――
 アッシュ?
――バレットは所詮「弾丸」でしかない。放たれているのは過去の銃弾の記憶だが、たかが銃弾……鉛なり銀なりで、傷の回復が遅れると言う事はまず有り得ない――
 まあ、物語の中の「魔物」は、銀の弾丸に弱いとかって言われているが……生憎とレオはオルフェノクだ。オルフェノクが銀に弱いなんて話は聞いた事が無い。と言うか、シルバーアクセサリーとか着けてる奴も普通にいるし。
 弾丸じゃないとなると、次の可能性として……再生したあいつの腕が、実は生身の人間とほぼ同等、つまり、「左腕だけオルフェノクではない」って事が挙がる。
 ただ、もしもそれが本当なら……奴の腕が灰化しない事が気にかかる。以前も言ったが、オルフェノクの中には、あまりにも強大な力故に、触れた物を灰化させてしまう体質の奴も存在する。そしてレオも、その体質の持ち主だ。奴の場合、肩から先の腕の部分がそれに当たる。
 「腕だけがオルフェノクでは無い」のならば、肩先から生えるはずもない。何故なら、触れてもしばらくしたら灰化してしまうのだから。
――んじゃあ、三つ目の可能性って奴か?――
 ああ。そして最有力候補だ。
――へえ?――
「俺の時も……アッシュメモリを打ち込まれた時もそうだった。……根本的に、オルフェノクの力とガイアメモリの力は合わないって事だろ」
 反発、とでも言うのだろうか。オルフェノクの力は、メモリの力を拒絶する。そして俺が撃ち出している弾丸も、結局はメモリの力だ。メモリを挿す訳ではないにしろ、多少の反発はあるだろう。
 もっとも、これは俺の実体験に基づく推測であって、本当にそうだと決まっている訳でも無いのだが。
「Shit! It's provoking!」
「As for it, it is this feeling」
 忌々しい、と吐き捨てるレオに同意するコートの男。どうやらこちらも普通の人間と言う訳ではないらしい。最初に撃ち込んだ両肩への銃撃で出来た傷は塞がっており、下顎から頬にかけて、顔に虹色の細胞が浮かんでいる。
 と言う事は、あっちのカウボーイはファンガイアと言う事か。
「貴様には二度も邪魔をされているからな、小僧。……そろそろ、永眠してもらおうか」
 言いながら、男の姿が変化する。彩塔さんと同じ、獅子を連想させるフォルム。だが、彩塔さんの「本来の姿」が大理石を連想させる白なら、こちらはオニキスを連想させる黒だ。
 その姿には見覚えがある。最初に霧雨に出会った時、彼女の両親を殺したファンガイアそのもの。
 ……と言う事は、こいつが彩塔さんの言っていた聖守とか言う奴なのだろう。レオだけでも充分厄介なのに、更に厄介な敵登場、って所か!?
 と、思った瞬間。聖守は右拳を固め、俺めがけて振り抜く。それを何とかかわし、再度俺は引鉄を引いて距離を稼ぐ。
 目標を失って空振りした腕は、俺の脇の石畳にめり込み、蜘蛛の巣状の皹を広げた。
 ……うわぁ。地面、拳の形に凹んでるんですけど。
「灰猫さん!」
「Hey! Your other party is me」
「ああもうっ! 心底邪魔臭い方ですね!」
 こっちの助太刀に入ろうとする彩塔さんの前に回りこんだレオに、彼女はくしゃりと前髪をかき上げて言う。若干苛立っているように思えるのは、やはり先程打った頭が痛むからなのか。
 それでも霧雨をかばえるのは、ある意味本能の領域なのかもしれない。
「……って、彼女を気にかけていられる状況でもないんだけどな、俺もっ!」
 距離をとっても、聖守は弾丸など気にせずずかずかと俺に近付いては殴りかかってくる。
 本性を表した為なのか、人間の姿の時に比べ、格段に弾丸が与えるダメージが減っている。
「人間如きが作り出した物で、この俺を倒せると思うな、小童」
「人間馬鹿にしてると、いつか痛い目見るぜ?」
 振り下ろされた聖守の拳を何とか受け止めると、俺はお返しとばかりに相手の胸部を蹴り飛ばす。だが……ガラス質で脆そうなその見た目に反して体は硬く、蹴った足の方が痛い。
 まともにファンガイアと戦った経験が無いから知らなかった。だがまあ……石畳殴りつけて、そっちに皹が入るくらいなんだから当たり前と言えば当たり前か。
 チッと小さく舌打ちしつつ、俺は相手の眼球目がけて再度銃弾を放つ。
 口の中と眼球は、どれほど頑張っても鍛えようが無い場所として有名な急所だ。流石に眼球も弾丸を弾き返しますとか言われたら、打つ手無いかもしれない。
 と、思ったのだが……どうやらその心配は杞憂に終わったらしい。こちらの狙いに気付き、慌てて聖守は自分の腕で目を守りながら、俺との距離を取った。
――……弓、お前案外えげつねぇのな――
 口の中を狙わなかっただけマシだと思って欲しい。
「……的確な攻撃だ。しかし、それ故に邪魔な存在でもある」
「I should have said, "The man obstructs it some time"」
「Sure. あの時殺していれば、幼き女王も白城の獅子も、連れて行く事が容易かったであろうな」
 邪魔で悪かったな。と、心の中でのみレオの言葉に突っ込みつつ、俺はギロリと敵さん二人を睨みつける。
 いつの間にこー言う体勢になったのかは不明だが、聖守の隣にレオが、そして俺の隣には霧雨を小脇に抱えた状態の白いライオンファンガイア……彩塔さんが立っている。
 一見すると同一個体の色違いのように見えなくもないが、彩塔さんの方が少し華美だ。飾り気も多い。
 恐らく、先程聖守が言っていた「白城の獅子」と言うのは彼女の事だろう。言われれば確かに、ちょっとばかり城の壁を連想させる部分が多い。
 って……
「ちょい待て。彩塔さん拉致してどうする気だ?」
 今、聖守の奴は「白城の獅子も連れて行く」と言っていた。
 グランドクロスの大災害とやらは、「幼き女王」……つまり、霧雨だけで充分だと聞いている。それにこの間のレオだって、彩塔さんを殺そうとしていた。ならば、彩塔さんを狙っているのは、聖守の個人的な理由から、と考えるのが妥当な線か。
 なら、その「個人的な理由」ってのは一体?
 そこまで考えた時、聖守の体の細胞に、奴の顔が浮かぶ。そこには……凄絶、と言う表現では生温い程、歪みきった楽しそうな笑みが浮かんでいた。
 その顔に、ぞくりと背筋が凍る。それは彩塔さんも同じなのか、うっと小さく呻き、半歩だけその場を後退った。
 その笑みだけで、充分に碌な事を考えていない事が分る。奴さんの考えなぞ聞きたくないと言う思いと、聞かないと更にまずい事になるような懸念が入り混じる。どの道後悔する事になりそうな予感がひしひしとするのは、俺だけではないはずだ。何故なら、聖守側であるはずのレオですら、その顔にドン引きの表情を見せているのだから。
 そんな俺達の心の内に気付いていないのか、聖守はゆっくりと視線を彩塔さんに向け、きっぱりと言い放った。
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