灰の虎とガラスの獅子

□決着のB/灰にするだけ
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決着のB/超えられないなら


「茨の道? 種族を超えた恋愛は、悲劇しか生まない? 上等じゃないですか。……私、障害を破壊するのって大好きなんです。ですから……灰猫さん。一緒に、戦わせて下さいませんか?」
 にぃ、と。とてもじゃないが、「正義の味方」には見えない笑みを浮かべ、彩塔さんは俺の目を見つめてそう言った。
 ……ああ。本当に。この人はどうして、俺の予想の斜め上を行くような行動を取るんだろう。
 純粋なだけの女なら、きっとすぐに釣り合わないと諦めていた。
 強いだけの女なら、きっと可愛げがないと言って見もしなかった。
 だけど、この人は……純粋なくせに善人からは程遠くて、強いくせに抜けていて。
 ……守りたい、守られたい、隣にいたい、隣にいて欲しい。いつの間にか、そんな風に思える「たった一人」に変わっていた。
 だからこそ……俺は、彼女と同じような、決して善人には見えない笑みを返し……
「ホント、あんたって人は……あまり俺を信用するな。……無用心だ」
 最初に彼女に正体を見せた際に放った言葉を紡ぐと同時に、幾度目かの引鉄を引いた。
 その瞬間、連中は姿を再び「ヒト」から「そうでない物」に変えると、左右へ展開して銃弾から逃れようと飛び退る。だが、その辺は今までの経験上予測済みだ。銃弾は俺の意思に応える様に、宙でくいと方向を変え、左へ逃げたレオの両腕、両足の計四箇所を貫いた。
 ちっ、二発外した。
「!! What!?」
 当たった事を不思議に思ったらしい。レオの驚愕の声が耳に届く。
「The association with you is long. I know immediately where you escape (お前とは長い付き合いだからな。どこへ逃げようとするか、すぐ分る)」
「You're an annoying man」
 こいつに忌々しい、と言われるのは何度目だろう。だが、それはこちらの台詞だ。
 そんな俺の隣では、ヒトの姿のままの彩塔さんが、いつの間にかこちらに迫っていた聖守の横っ面に、右手で力の限りの平手打ちをかましていた。
 平手打ち……のはずなのに、聞こえた音はちょっとした破裂音。おまけに叩かれた方の体は、傾ぐとかそう言うのを通り越して少し離れた場所に吹き飛び、固い地面に叩きつけられた。
 今まで、拳やら棍棒やらで彼女が「殴る」姿はよく見かけたが、今回のように「叩く」のははじめて見るかもしれない。って言うか平手打ちで人間の体ってあんなに吹っ飛ぶものなのか……?
「聖守。あなたとの因縁もここまでです」
 会心の笑みを浮かせて、彩塔さんは聖守に向って言い放つ。
 左手で右手をさすっているのは、多分打った手が痛むからだろう。
――あれで痛まなかったら、俺結構ビックリするんだけど――
 ああ、うん。それは同意する。
 そして打たれた聖守は、ブルブルと体を震わせながらゆっくりと起き上がる。震えているのは、彼女への腹立たしさからなのか、それともビンタ一つで吹き飛ばす彼女への恐怖か……レオに銃口を向けつつも、そんな風に考えた、次の瞬間。
「ふ、ふふふふふふ。面白いっ! 肉体の頑強さに加え、精神の強靭さも併せ持つか。……その精神が微塵に砕け、我が道具へと堕ちる様、見てみたくなったぞ!」
 高らかな笑い声と共に、狂喜に満ちた声で聖守はそう宣言する。
 体の震えは、怒りでも恐怖でもなく、歓喜から来るものだったらしい。
――うぅわぁ。あの男、イタすぎるわぁ――
「……とことんまで変態ですね」
「それも、同意」
 空笑い混じりのアッシュの声と、半ば引き攣った顔で呟く彩塔さんに言葉を返し、俺は聖守へ冷たい視線を送る。
 未だフルフルと体を震わせ、黒い体の中で形作られているモザイクの一つ一つに、聖守の恍惚の表情が浮かんでいるのを見ると、怖気が走る。
 俺ですらそうなのだ。その狂気を向けられている彩塔さんの感じるそれは、俺の比ではないだろう。
「あの鬼畜は、私が息の根を止めます。ですから灰猫さんは、ご自身の因縁を断ち切って下さい」
「……ああ、わかった」
 彩塔さんに言われるまでも無い。
 俺もいい加減、レオとの決着をつけるべきだ。
 今なら分る。こいつを放置してしまった事で起こった悲劇って物が。こいつは、きっと幾人もの人を殺してきたに違いない。……オルフェノクと言う種を増やし、生き残る方策を見つける為に。
 勿論、それが悪い事だとは思わないし、言えるはずがない。俺だって死ぬのは怖い。生き残る方法を探すレオの気持ちも充分すぎる程に分る。何しろ一度死んでるんだ。それをもう一度経験するなんてのは……俺としては御免被りたい。
 だが、「死ぬのが怖い」のは普通の人間でも同じだ。ましてそれが、理不尽な方法、身勝手な理由からだとすれば……死んでも死に切れない。
 レオは、そんな「死」を生み出した。それを今まで取り逃がしていたのは、俺の罪だ。だから……
「It will be made to finish. Connection with you (終わらせよう。お前との因縁を)」
「It's the words here. You are wrong as a Orpenoch」
 オルフェノクの体から伸びる、ヒトの形をした影は、忌々しげに顔を顰めてそう言い放つと、トン、と軽い足音を立てて俺に向かって駆けて来る。
 それを確認し……俺はまたしても引鉄を引く。狙いはレオの両足に一発ずつ、残りの四発は全て奴の眼球を狙って。
 その狙いに気付いたのか、レオは慌てて自身の目を右腕で覆い、眼球への直撃を免れる。
 レオの最大の武器は、動きの早さじゃあない。動体視力の高さだ。
 だが、目の代わりに銃弾の犠牲になった右腕からは、どくどくと血が流れ、それは地に着く前にざらりとした灰になって宙を舞う。その度に、俺の中に居座るアッシュの存在が濃くなっていくのは……恐らく、生まれ出た「灰」が、「灰燼の記憶」であるアッシュの一部として蓄積されていってるからだろう。
「……確かに『オルフェノク』としては、間違ってるのかも知れない」
 言って、もう一度引鉄を引く。今度は六発全てを相手の右腕に向けて。
 それも、ただ撃ち込んだ訳じゃない。今まで撃ち込んだ場所に向けて、全く同じ位置めがけてだ。我ながらこの攻撃はエグイ。
「!!」
 やはりオルフェノクの力とガイアメモリの力は合わないらしい。普通ならとうに治っているはずの怪我をもう一度銃弾で抉られ、レオは声にならない悲鳴を上げて仰け反った。
 右腕程度で仰け反るなど、いつものレオならありえない。と言う事はやはり、バレットの力が有効に働いていると言う事だろう。
「認めてやるよ。オルフェノクとしては間違ってる。だがな、俺は『元人間』だ。……人間を、捨てられないんだよ」
「……You are disqualification as comrades after all. In the necessity of applying tender feeling to man, there are no we anywhere」
「人間に情けをかける必要はない、か。……なんでお前がそう思うのかは知らないが、残念ながら俺はそうは思えない。情けをかけるとかじゃなくて、対等だと思ってるからな」
「Equivalent? Don't make it laugh」
 銃撃を受けすぎて上がらなくなった右腕を抱えながら、それでもレオはきつく俺を睨みつけると、こちらに向かって駆け寄り、渾身の蹴りを繰り出した。
 だが、元々レオはパワーファイターじゃない。まして右腕を襲う痛みは生半可の物じゃないはずだ。集中力の途切れた蹴りは、あっさりと俺の腕に止められた。
 止められた瞬間に咄嗟に俺との距離を取ったのは、おそらく俺の持っているこの銃を警戒しての事だろう。ちっ、ついでに銃弾撃ち込んでやろうと思ったのに。
 物騒な事を考えながらも、レオの様子をじっと見つめる。
 サラサラ、ザラザラと、血だけでなく右腕その物が灰化し始めており、よく見ればそれが全身に伝播しかかっているのが見て取れた。その一瞬後には青い炎がチラチラと上がり始め、奴の「二度目の死」が近い事を俺に伝えてくる。
 多分、今になって俺の銃撃が効いたからと言う事だろう。ただそれが、純粋な物理的ダメージによる結果なのか、それともガイアメモリの力と反発した故の結果なのかは分らない。
 レオも、自身の死を悟ったのだろう。ライオンオルフェノクとしての姿をやめ、苦笑いで青い炎をあげながら、静かに口を開いた。
「What did man do to us? Man fears and persecutes us and, at the end, tries to kill. I thought that you understood」
 人間はオルフェノクを恐れ、迫害し、そして最後には殺そうとする。人間が「してくれる」事なんて何もない。
 ……レオの言いたい事は分る。俺の場合は肉親がそうだった。だから、人間に絶望して、恨んだ事もある。
 だが……だからと言って、それが無関係な人間を巻き込み、霧雨を利用し、そして彩塔さんを人形扱いする理由にはならない。
「分るからこそ、お前を許せないんだろうが。同じように『死にたくない』と願う人間を、お前が殺したんだから」
「……I hate you after all」
 ひょいと肩をすくめながら、レオははっきりと俺を嫌いだと言った。その体から上がる炎は、徐々に勢いを増している。
 もう、レオには時間が無い。やったのは間違いなく俺なんだが、やはり「死」を目の当たりにするのはあまり気持ちの良い物じゃない。
 そんな俺の横では、彩塔さんが聖守をしばき倒している音が聞こえる。
 時折何かが割れて砕けるような音が聞こえるのは、聖守の体が彩塔さんによって砕かれているからだろうか。
 ちらりと一瞬だけそちらに目を向ければ、思った通りボロボロになっている黒ライオンの姿と、その鼻頭に向け、今まさに膝をめり込ませ、更にそのまま足を伸ばして相手の頬を蹴り抜いた彩塔さんの姿が。
 …………うわぁ、痛そう……
 同情すべき相手では無いと分ってはいるんだが、今のは流石にちょっと……
 とか思っていると、彩塔さんに蹴り飛ばされた聖守の体が、炎を上げているレオの足元に転がった。
 流石にこの状況では楽しめないのか、聖守の口から漏れる呻きは、どことなく苛立ちを含んでいるように聞こえる。
 そして、逆に。それまでどこか諦めたような表情を浮かべていたはずのレオの顔に……満面の笑みが浮かんだ。
「Do you think that you die without my doing anything?」
「何……?」
 死に際に、何もしないと思ったのか?
 そう言ったレオに声を返したのは、俺だったのか、それともレオに見下ろされている聖守だったのか。
 より一層高く燃え上がる青い炎に巻かれながら、レオは高らかに笑うと、ほとんど灰と化した右の手を足元に転がる聖守に向け……
「It's useless resistance of …… my last …… moment!!」
 ざらりと、レオが崩れ去ったのと。
 ひび割れ、砕けかけた聖守の心臓に、彼の「触手」が突き立ったのは、ほとんど同時だった。いや、恐らく触手が突き立った方が一瞬だけ早かったらしい。聖守の体が、びくりと大きく跳ねた。
「がっ!?」
 俺の耳に、聖守の心臓がドクンと高鳴ったのが聞こえる。その直後、奴の体が目に見えて変質していった。
「な、あ……? 何故っ!? 何故、奴は、俺を……同志であるはずのこの俺をォォっ!?」
 オルフェノクの毒に侵され、叫ぶ聖守。
 正直、何故と言われても俺に分る訳がない。道連れにする気だったのか、それとも別の目的があったのか。
「……強制的に、オルフェノクの力を持ったファンガイアを作り出そうとした……?」
 俺の横で、彩塔さんが小さく呟く。
 成程。確かに奴は、彩塔さんに自分の「子供」を産ませる事で、オルフェノクとファンガイアの混血を生み出そうと画策していた。だが、燃えて散り逝く中、そんな事は不可能と悟り……偶々足元に転がってきた聖守を、奴の言う所の「新種のキング」にでも仕立て上げようとしたって事か。確かに、そういう考えもある。
 ……既に、本心を確認する術はない訳だが。
『お、おおあ……あ、おぉぉぉぉっ』
 心臓を中心に始まった変質は喉にまで達したらしい。聖守の声がくぐもった物になり、顔の左半分がレオに似た灰色のライオンに、右半分は今まで通り……だが、色は更に黒味を増したように見える。
 ジタバタとその場でもがき苦しんでは、口からは言葉にならない、ただの声を漏らすだけ。その目からは、既に理性の色は消えている。
『おあ、ああお、おおあぁぁぁお、おあぁぁぁぁっ!』
「……お、オルフェノクと言うのは……こんなに苦しんで変化するものなんですか……?」
「いいや。大体は一瞬で決まる。こんな風になるのを見るのは……俺も初めてだ」
 たじろぐ彩塔さんの言葉に、俺も掠れた声で返す。
 これは……暴走、とでも言うべきか。オルフェノクがガイアメモリの力と反発するように、ファンガイアはオルフェノクの力と反発している。少なくとも、俺にはそう見える。
「弓にーちゃ、しょこちゃん……かいぶつがいるよぉ……こわいよぉ……」
 周囲に響くような獣の咆哮に、流石に霧雨も恐怖を感じたらしい。「それ」を視界に入れたくないのか、彩塔さんの後ろに回りこんで、きつく目を瞑り彼女の体にしがみつく。
 怪物。言いえて妙だ。今のあいつはもう聖守でもレオでも……そしてオルフェノクでもファンガイアでもない。
 二つの力に苛まれ、苦しむ怪物と言えるだろう。
 だが、それまで声高に上がっていた咆哮が……ぴたりと止んだ。そして、次の瞬間。今まで床にもんどりうって転がっていた「それ」は、唐突に跳ね起きたかと思うと、こちらを一瞥し……
『おおあぁぁぁぁああおあおおあおあおっ!』
 意味の成さない声を上げたかと思うと、即座に俺達との距離を詰め、黒と灰の混ざった、形容し難い色の右腕を無造作に振るった。
「っ!?」
 俺も彩塔さんも、慌てて屈んでそれを避けたが、「それ」は振った右腕を強引に方向転換させ、拳を握ってそれをこちらの脳天めがけて打ち下ろす。
 同時に、相手の右腕からバキリと嫌な音が聞こえたが、労わってやろうと言う気は起きないし、避けるのに必死でそれどころでは無い、と言うのが本音だ。
 慌てて回避はした物の、俺の頭の代わりに「あれ」の拳を受けたアスファルトは、ぼっこりと陥没し、「あれ」の右腕の半分近くが地に埋まる。
「ちょっとコレ……まずくないか?」
「まずい、と言うレベルをとうに超えてしまっているくらい、危険な生物と化しています。見て下さい、折れたはずの右腕が再生しています」
 彼女の言葉に弾かれたように「あれ」を見やれば、確かに先程嫌な音をしていた右腕が、パキパキと微かな音を立てて治っていくのが見える。
 と、言う事は生半可な攻撃では意味を成さないと言う事だ。
『おおあぁぁ、あお、おお……ああああああああっ』
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