臨時講師は虎と獅子

□邂・逅・困・惑
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「……二人共、そこにいると落ちてきますよ」
「落ちて来るって……」
「まさか……」
 ずるり。ずる……ずるおぉっ。
 悪寒を覚えるには充分な音が、彼らにも聞こえたのだろう。微かに引き攣った顔で二人は非常扉の方を見上げ……そして、私の言う「落ちてくる」の意味を理解したらしい。
 大文字君はぎょっと目を見開き、JK君に到ってはひっと小さく息を呑んで慌ててその場から離れるように再び走る。
 それもそのはず、蛇の塊は追ってきた勢いそのまま、非常扉からその「顔」を出し、地上に向って躊躇無くダイブして来ているのだから。
 ……トラウマになる光景、第二弾。
 今朝方降って来た蛇の数など可愛いとさえ思える程の「蛇の雨」。それが、つい先程まで私達がいた場所に、どさどさと音を立てて降っているのだ。
 しかも地面に落ちた蛇達はすぐさま体勢を立て直すと、再度こちらに視線を向けてゆっくりと這って来る。恐らく、「獲物」である私達をいたぶる為に。
「これはまた……随分と壮絶な光景ですね」
「そ、そんな呑気な事言ってる場合じゃ無いっしょ、先生!」
「ああ、早くここから……」
『逃がさない』
 逃げるべきだと、大文字君が言うよりも先に。蛇の後ろに佇む存在が、言葉を遮りこちらを見つめた。
 現れたのは妙に蒼白い顔の男性……に似た異形。異形と称したのは、全身にある球状の飾り以外が蒼白く染まっており、瞳はどこか爬虫類を連想させる形をしているからだ。勿論、瞬きもしなければ唇も動かない。体には将棋の駒に似た形に飾りが配置されており、足にも一つずつ同じような飾りが施されている。
 恐らく、この異形が「オフィウクス」と呼ばれる存在なのだろうが……何だろう、弓さんに聞いていた話と少し違う気がする。
『貴様達の存在は目障りだ。……ここで消えろ』
 覚える違和感の正体が掴めぬまま、オフィウクスの号令の下、無数の蛇達は再び固まって一匹の巨大な蛇と化す。そしてその巨大な口を開くと、私を……と言うか私達を飲み下すべくその身をくねらせ、一息に距離を詰めにかかる。
 だが、こちらとしても消えてやるつもりはない。握り締めた拳に、力と殺気を思いきり込めた、その瞬間。
「させるかぁぁぁぁぁっ!」
 視界の端に、この学校の制服とは異なる黒の短ランが映った。しかも、その服の持ち主はこちらに向って全力疾走。私の両脇で緊張の面持ちだった二人の青年も、その人物の登場に安堵したのか、張り詰めていた何かが緩んだのを感じる。
 ……駆けて来る彼は、二年の如月弦太朗君と言っただろうか。腰には不思議な形のベルトを提げ、それを順に弄り……
『Three』
『Two』
『One』
「変身!」
 カウントダウンの後の宣言。そしてその直後、不可思議な音と共に、彼の姿が変わった。
 白地に黒の模様。限りなく赤に近いオレンジの複眼。デザインはスペースシャトルだろうか。尖った頭部は、普段如月君のトレードマークであるリーゼントをどこか髣髴とさせる。
 おまけに「変身」の勢いで生まれた突風に煽られる形で「大蛇」は(ほど)け、オフィウクスの足元でただの蛇の群れへと戻る。
「弦太朗!」
「弦太朗サン!!」
 大文字君もJK君も驚かない所を見ると、どうやら彼がこの姿に変身する事を知っていたのだろう。安堵の混じった声で彼の名を呼び、呼ばれた方は両手両足を大きく伸ばし……
「宇宙、キターっ!」
 と言葉を放つ。
 ……えーっとつまり?
 如月君は、風都で言う「黒緑(ダブル)」や「加速(アクセル)」と同じ様な存在であると考えれば良いのだろうか?
 拳を解き、呆然と見つめる私などお構いなしと言いたげに、私達とオフィウクスの間に入った彼は、すっと拳をオフィウクスに向って突き出す。
「仮面ライダーフォーゼ。タイマン張らせてもらうぜ」
 一対一(タイマン)とは、今時の子にしてはまた古風な。いや、その姿勢は好感が持てるが。
 いつの間に側に寄ったのだろうか。半ば呆然とその様子を見つめる私の前に、四人の男女が姿を現し、ぐいぐいと校舎の影に押し込んでいく。
「先生、こっち!」
「体に蛇遣座のアストロシンボル。……オフィウクスか」
「城島さんに、歌星君? それに、風城(かざしろ)さんに、野座間さんも?」
 訝るこちらの声は聞いていないのか、彼らは慣れた様子で何やらその場で鞄……に見せかけた解析ツールらしいそれを広げ、じっと相手を観察している。
 いつの間にかJK君も、その輪に加わり、何やら茶色っぽい物を構えて如月君とオフィウクスの戦いを記録していた。大文字君の姿が見えないが、逃げた……と言う雰囲気でもない。どちらかと言えばJK君の方が真っ先に逃げるタイプに見える。
「彩塔先生、今のうちに逃げて下さい」
 戦いを眺める私にそう言ったのは、学園の「クイーン」、三年の風城 美羽(みう)さん。所謂女子生徒の中のトップだ。元はチアリーディング部に所属していたらしいのだが、最近はそちらには顔を出さず、彼らとつるんでいると言う話は聞いている。
 聞いてはいるが……まさか、こんな事に積極的に参加するようなお転婆さんとは思わなかった。「クイーン」の称号を持つ者は、得てしてこんな風にお転婆さんなのだろうか。我々ファンガイアの「クイーン」である「もう一人の同居人」でもある少女の事を思い浮かべながら、少々失礼な事を思ってしまう。
 しかし逃げろ、と言われても……私は年長者だし、何よりも「先生」だ。彼らを守る義務がある。
「心配、ありがとうございます風城さん。ですが、逃げません。生徒を守るのが教師の義務(しごと)ですから」
「馬鹿な! 相手はゾディアーツだぞ。そんな事を言ってる場合か!?」
 こちらの言葉に、歌星君が苛立ったような声を返す。
 まあ、気持ちは分らなくもない。私が彼らの立場なら同じ事を言うだろうし、今までの人生でも何度か同じような会話をした事がある。……主に弓さんに怒られる形で。
 しかしこれも生まれつきの性分なのだ。生徒同士の一対一の勝負に手を出すつもりは無いが、聞いた話ではまだ「サソリ」の存在が残っている。
 と思っている間に、蠢いていたはずの蛇はその数を減らし、如月君……彼曰く「フォーゼ」なる存在は左足のガトリングガンでオフィウクスを追い詰めていた。そしてベルトの一番右端のスイッチを何やら操作すると、虚空から現れたオレンジ色のロケットが彼の右腕に装着され、その推進力で思い切りオフィウクスに突っ込んでいく。
 そのまま極まれば、ドーパントで言う「メモリブレイク」になるであろう一撃。しかし、現実はそう甘くないらしい。オフィウクスとフォーゼの間に、一つの影が舞い降りたのだ。
「スコーピオン!」
「げっ!」
 歌星君の緊迫した声と、如月君の嫌そうな声が重なる。
 スコーピオン、蠍座。降り立った影こそ、弓さんの言っていた「サソリ」らしい。そいつは止まれない程の勢いで突っ込んできたフォーゼの体を捕えると、そのまま彼の軌道をオフィウクスから反らし、近くの木に激突させる。
 更にスコーピオンは体勢を立て直そうとするフォーゼに向って追い討ちをかけるかのように駆け寄ってその足を振り上げた。
 だが、今度はスコーピオンとフォーゼの間に、黄色い……大型のパワードスーツらしき物が立ち塞がり、その蹴りを止めると強引に相手の足を振り払う。
「サンキュー、隼!」
 そのパワードスーツに、フォーゼが言う。それに対してパワードスーツの方は、きゅぴぃんと言う効果音が聞こえそうな、敬礼に似た仕草で返す。
 あの仕草やフォーゼが「隼」と呼んでいた事から、操縦者は大文字君と言う事らしい。動きにもその片鱗が見える。成程、道理で姿が見えなくなっていた訳だ。
 察するに大文字君はフォーゼの戦闘の助力をしていると言う事か。そして歌星君が作戦参謀、JK君と野座間さんは情報収集と言ったところか。風城さんと城島さんの役割はよく分らないが……応援?
 とにかく、これでオフィウクスに対して有利になったはず……と思った瞬間。私はその認識が甘かった事を痛感した。何故ならオフィウクスの連れていた蛇が再び寄り集まり、先程よりやや小振りな「大蛇」と化し、大文字君が操るパワードスーツを拘束したのだから。
「しまった! くっ、操縦が利かない」
『ふふふ。油断したな、学園のキング』
『邪魔をしないで貰おう』
 せせら笑うようなオフィウクスの声と、淡々と述べられるスコーピオンの声が響く。
 ギシリ、と蛇に締められて軋む大文字君のパワードスーツ。そしてスコーピオンに踵を向けられたフォーゼ……否、如月君。
「如月!」
「ゲンちゃん! 大文字先輩!」
「隼!」
 こちら側にいる彼らの悲鳴じみた声に顔をあげ、私は反射的に駆け出していた。生徒を守るのが教師の義務。そう言ったのは自分だし、そもそも見ているだけと言うのは私の性に合わない。
 問題はどちらを助けるかだったが……その点も今は心配していない。「私が手を出さなかった方」は、きっと「彼」が何とかしてくれる。
 そう信じ、私はスコーピオンとフォーゼの間に入ると、振り下ろされた踵を受け止めた。
「さ、彩塔ちゃん!?」
『私の攻撃を、素手で止めただと!?』
「これでも私、チェックメイトフォーのルークでして。甘く見て頂いては困ります」
 驚いたような声を上げるフォーゼとスコーピオンに、私は不敵な笑みを浮かべて言葉を返す。と言っても、おそらく彼らには何の事か分らないだろうし、分る必要もない。
 驚きで動きの止まったスコーピオンに対し、私は受け止めた足を脇へ払うと、ぐっと拳を握って相手の鳩尾にそれを叩き込んだ。
 ゴッと言う鈍い音が響き、スコーピオンの体が派手に吹き飛ぶ。ただ、飛んだ距離に比べて手応えが薄い事から、相手も自分から後ろに飛んで勢いを殺した様ではあるが。
 一方で大文字君の方はと言えば。未だ「大蛇」に締められて、ミシミシと嫌な音を立て始めている。
『ちぃっ。ならば、キングだけでも……』
「それも、させられないな」
――Bullet――
 大文字君を絞め殺す指示を出す為か、ぎゅうとオフィウクスが己の拳に力を込めた瞬間、非常階段から声が響くと同時に、私にとっては聞き慣れた電子音が鳴り、更にその一瞬後には「大蛇」に向って六発の銃弾が着弾、蛇達は再度その姿を解き、散り散りになって大文字君を解放した。
『何!?』
 私を除く全員が、その予想外の攻撃に驚いたのだろう。助けられた大文字君でさえも、その視線を非常階段に向ける。
 そこにいたのは、白衣を纏い、左手に銀と赤に塗られた缶、右手に赤い銃のような物を持つ男性。銃には鈍色のガイアメモリが挿されており、銃口は真っ直ぐオフィウクスに向っている。
「灰猫センセ!?」
「何故ここに!?」
「声から察するに、そこのデカブツは大文字だな。で、そっちの白いのは如月か? 間一髪だったな」
 その人……弓さんは、ニヤリと笑ってそう言うと、ひょいと非常階段の踊り場から飛び降り、軽い足音を立てて地に降り立つ。
 どうやら先程のタカ型のメカは、きちんと彼を呼んでくれたらしい。
 ……クークが用意した物だったので、あまり期待していなかったのだが、なかなか使える代物だったようだ。
 皆が呆然とする中、彼はすたすたと私の側に歩み寄ると、ぽんと私の肩を叩き……
「頼ってくれて嬉しいぜ、硝子。……遅くなった」
「私が一番頼りにしているのは、あなたですよ、弓さん。それに、来て頂けると信じていましたので」
 言われた言葉に笑みと声を返しつつ、私達はじっとスコーピオンとオフィウクスに視線を送る。
 刹那、弓さんはオフィウクスに対して違和感……と言うか差異に気付いたらしい。顔を歪め、不思議そうに首を傾げた。
 だが彼が何かを言うよりも先に、スコーピオンが動く方が早かった。
 トンと軽い足音が響くと同時に、相手の尾がこちらめがけて襲い掛かる。見目がサソリと言う事は、おそらくその尾から毒でも出るのだろう。ならば喰らってやる訳には行かない。
 瞬時に判断し、私は半歩だけ横に体をずらすと、その尾を捉えて相手の動きを止める。瞬間、ふわりと嗅ぎ慣れた香りが届き……その香りに、私は思い切り顔を顰め、相手に聞こえる程度の声で言い放った。
「その匂い……成程、あなたがスコーピオンでしたか。…………道理で受け付けない訳です」
『何……!?』
 こちらの言葉の意味を汲みきれなかったのか、それとも汲んだ上での驚きなのか。スコーピオンは驚きの眼差しをこちらに向ける。
 しかし生憎とこの状況で何もしない程、私はお人好しではない。今度は鳩尾に右膝を蹴り入れ、そのまま足を伸ばして顎を蹴り上げる。
「そもそも、学生の喧嘩(ゴタゴタ)に大人が手を出すのはルール違反でしょう?」
『ぐう……』
 呻くスコーピオンに、追い討ちをかけるようにして上がりきった足を振り下ろし……しかしそれは「彼女」をかばうように間に割って入ったオフィウクスに阻まれ、狙った相手には届かない。
 スコーピオンに当てるつもりだっただけに、こちらも手加減はしていない。思い切りオフィウクスの肩に入った蹴りは、その体を勢い良く大地へ叩きつけ、相手の「変身」を解いた。
 最初に教室で見た光景を考えれば、そこに転がっているのは川奈瑠美のはず。……なのだが。白衣を纏い、その下に青いブレザー。そこまでは彼女と同じ。しかし穿いているのはスカートではなくズボンだし、体付きだってどう見ても男子生徒そのもの。
 そして呻きながらも睨みつけて来るその顔は、普段「灰猫先生」について回っている「もう一人」の人物。
「設楽……明草!?」
 こちらが驚いた拍子に抜け出したスコーピオンが、設楽の体を素早く抱えると、ばさりとマントを翻して走り去る。恐らく、これ以上ここにいても不利と判じたのだろう。
 フォーゼも追おうとしたが、既にスコーピオンの姿も、設楽の姿も消えている。逃げ足だけは速い。
「……どうなってんだ、一体……」
 そう呟いたのは果たして誰だったのか。私達はただ、悔しげに顔を顰めるだけであった……


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