迷い込むのはイルカの女王

□本・音・願・望
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「霧雨、あなた……」
「ってゆうか、そもそも……お姉さん、本当に皆からちやほやされたいんですか? なんか、ちがうく見えますけど」
『何を……言って……』
「お姉さんは……本当は、『みんな』じゃなくって、決まった『誰か』に好きになってもらいたいんじゃないですか?」
 お姉さんの目を覗き込んでそう言うと、ちょっとだけ「デルフィニス」を縛り付けていたモヤモヤが緩くなったように見えます。
 メモリを挿したせいで、モヤモヤ自体だいぶひび割れていたって言うのもありますが、お姉さん自身がしばられている事を不思議に思っているみたいにも見えます。
『私が、本当に好かれたい相手……』
「ねえ、愛。私がどうして、今のあなたの事を相手にしていなかったのか、教えて上げるわ」
 じゃり、と私のすぐ横まで美羽お姉さんは近寄ると、腰に手を当ててお姉さんを見下ろしました。
 でも、なんか偉そうな言葉とは全く逆で、美羽お姉さんの目はすごくやさしく見えます。
「見ていれば分るのよ。あなたは恨んでいるはずの私を……『風城美羽』を見ていなかった。だから私も相手にしなかった」
『わ、たし……私、は……』
「はっきりしなさい。あなたが見ていたのは……あなたが誰よりも認めて欲しいと思っているのは、誰?」
 ついさっきまでの……それこそ、クイーンメモリを挿す前のお姉さんなら、たぶん、美羽お姉さんの言葉なんか聞かないで、攻撃してきたと思います。
 でも、今のお姉さんはそうじゃないです。モヤモヤが壊れかけて、「自分」を取り戻しかけているからなんでしょうか。座ったまま、じぃっと、水かきみたいなものがついている自分の手を見下ろして、そしてぽつん、と呟きました。
『私が、認めて欲しかったのは……愛して欲しかったのは……邑久、だわ』
 お姉さんがそう言った瞬間、それまでお姉さんを包んでいたモヤモヤが、バラバラと剥がれ落ちていくのが見えました。
 って言っても、お姉さんは今「デルフィニス」ですから、モヤモヤが落ちても見えている格好はデルフィニスなんですが、それでも今までずっと出す事ができなかった「本質」が、デルフィニスからあふれ出しました。
 「白い糸」……家族への親愛とか情愛とか、そう言った結びつきを表している糸ははっきりと誰かの方へと伸びていき、その糸のもとになる光が、うっすらとデルフィニスを包んでいるのが見えました。
『私は……邑久の『自慢の姉』のままでいたかっただけなのに……どこで間違えたの……』
「そこがスイッチの恐ろしい点でもある。誰かの心の弱みに付け込み、本質を見失わせる」
「けど、お前は気付いたじゃねぇか。自分の本質を」
「そうね。その上で……本当の自分を思い出した上で、まだ私と争うと言うのなら、今度は受けて立つわ」
 そう言うと、美羽お姉さんはお姉さんを立たせようと、すっと手を差し出しました。
 そしてお姉さんの方も、ちょっとだけはずかしそうにしながら、おずおずと手を伸ばして……
 だけど、その瞬間。ぞわぞわっと、何だか嫌な感じがして。その「嫌な感じ」の方を向くと、そこにはさっきまでお姉さんを縛っていたモヤモヤを、さらに黒く、暗くしたようなものが、お姉さんに向って伸びてきていました。
 ……モヤモヤ、なんて可愛いものじゃないです。もっとドロッとしていて、周りの空気まで重くしてしまうようなそれが、何かに操られているみたいに真っ直ぐにお姉さんに向って進んでいます。
「凵`△!!」
 サガークさんも、その気配に気付いたんでしょうか。キュッと一声あげると、そのままお姉さんに向って突進しますが……でも、一瞬だけそのドロッとしたモノのほうがはやくって。「それ」はあっと言う間に、お姉さんをぎちぎちに縛りつけてしまいました。
 さっきまで見えた白い光も、さっきまであった白い糸も全部くるんでしまって。それまでは「デルフィニス」に見えたお姉さんが、今は真っ黒な繭に見えます。
『え……あ、ああぁぁぁぁぁっ!!』
「愛!?」
「まさか、コズミックエナジーが暴走した!?」
 悲鳴みたいな声を上げるお姉さんを、危ないと思ったのでしょうか。美羽お姉さんはビックリしたみたいに手を引っ込めると、もう一度わたしの手を引っ張って、弦太朗お兄さんのところまで下がります。
 そして横の方では、賢吾お兄さんがそんな事を言っています。
 お兄さん達には見えていないんでしょうか。お姉さんを……「デルフィニス」を操る、この黒いドロドロが。そしてそれが、まるで操り糸みたいに、どこかにむかって伸びているのが。
『ああぁぁぁぁっ! グゥアアアっ!!』
「愛!? しっかりしなさい! スイッチに呑まれては駄目よ!」
「……無理です。暴れてるのはお姉さんの意思じゃないです。アレは……誰か、別の人が操ってます」
 黒い糸がぴくぴくと動くたびに、お姉さんは苦しそうに呻いては、こっちに向っててのひらをむけて水を撒き散らします。
『うああぁぁぁ、グオォォアァァッ!!』
 まるで、泣いてるみたいに聞こえる声で、デルフィニスのお姉さんは、無茶苦茶に腕を振り回して水を撒いて、そして時々思い出したようにこっちに向ってパンチやキックを繰り出してきます。
 黒い糸はお姉さんの意思を無視して操り、そして本質を完全に閉じ込めて人形にしてしまっています。こんなのが長く続いたら、本当にあのお姉さんは「消えて」しまいます。
『イカムレマギラザカヴ!!』
 口から漏れる声も、悲鳴でも何でもない、意味の無い言葉になっていて。このままじゃ、本当にお姉さんが消えちゃいます。
 でも、わたしにはどうすれば良いのかわかりません。あの黒いドロドロを何とかしなきゃいけないのはわかるのに、それを「どうにかする」方法がわからないんです。
 あうあうと混乱するわたしとは逆に、美羽お姉さんは……いいえ、お姉さん「達」はなんだか冷静で。
 弦太朗お兄さんは、美羽お姉さんの前に出ると、わたしから見て左から二番目と一番右にあるスイッチを入れました。
 すると、お兄さんを囲っていた星が反応して、その右足にミサイルっぽい物が入った箱と、左手に小さなパラボラアンテナみたいなのがくっつきました。
 そして次の瞬間には、左足のミサイルがばばーっと発射されて、デルフィニスの体に命中します。
 でも、その攻撃はドロドロにはきかないのか、全然苦しそうじゃなく見えます。いえ、苦しいのかもしれませんけど、ドロドロじゃなくて全部デルフィニス……お姉さん自身に行ってしまっているのかもしれません。
 それは弦太朗お兄さんも考えている事みたいで、ちょっとだけ悔しそうに顔を顰めています。
「如月、相手は水を使う。エレキステイツで攻撃しろ!」
「おう!」
 賢吾お兄さんの言葉に頷くと、弦太朗お兄さんはわたしから見て一番左のスイッチを、黄色いのに変えて、そのスイッチを入れました。
 すると、今度は「人工の星」からバチバチと雷みたいなものが奔って……お兄さんの体を、雷が守るように覆いました。
 しかもお兄さんの手には、今まで無かった警棒みたいなものが握られています。
 そしてお兄さんはスイッチをその警棒の柄に差し込むと、何だか警報のような音が響いて……
「ライダー百億ボルトシュート!!」
 そう言った次の瞬間。お兄さんの周りを囲んでいた雷が、一気に警棒に向って奔ったと思うと、それが剣みたいな形になって……そして、お兄さんが警棒を振ると、その雷の刃はそのまんまの形でデルフィニスに向って飛んで……
 纏わりついたドロドロも一緒に、その雷の刃はデルフィニスを斬り裂いて……ドォン、っていう大きな音を鳴らして、デルフィニスは爆発してしまったのです。
 そして……残っているのは、お姉さんが押していたスイッチだけでした。


再・会・兄・姉
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