灰の虎とガラスの獅子

□そのAは崩れない/虹の牙
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『興味深い発言ですねぇ。先程は随分とお若く見えましたが?』
「一族の中では若い方ですね。六五歳ですから。若いどころか、お子様です」
「どんなお子様だそれ!?」
「一族の中には、百年から二百年生きている者もいますが」
「怖っ。彩塔さんの一族、怖っ!!」
「何を仰いますか。平均寿命が八百年程のドラン種族に比べれば、我々など短命な方です」
 そんな長寿で短命言うな。人間はどうなる。
 ……何て会話してる場合じゃないんだった! 今はとにかく、ウェザーをどうにかしないと!
 ギロリとウェザーを睨みなおし、俺は自分の感覚をフルに研ぎ澄ます。
 オルフェノクになってからと言うもの、五感は随分と発達した。主に、視力と嗅覚が大きかったかな、俺の場合。
 夜目が利くようになったし、風の運ぶ微かな匂いにも反応するようになった。ひとえに、虎としての力が付加されたお陰だろう。
 ……正直、そんな力は欲しくなかったが。
『怖い目だ。しかし、その目の奥には人間に対する憎悪が秘められている』
「無い無い無い! そんな物、秘められてない!」
『そう思っているだけですよ。面白い、ますます君にこのメモリを挿したくなってきましたよ……!』
 嬉々とした声で言うウェザーに、力の限り否定の言葉を返すが……ダメだあの人、こっちの話聞いてねぇ!
 何で俺にメモリを挿したがっているのかはわからんが、とにかく退けないと……
 そう思った瞬間だっただろうか。
 再び前にいたウェザーの姿がぶれ、消えたのは。
「また蜃気楼か……!」
『その通りです』
 思った以上に間近に聞こえた声に、俺はびくりと声のした方を見やる。俺の、すぐ左隣。そこに、そいつはいた。
「灰猫さん!」
「しまっ……!」
 気付いた時には既に遅く。
 俺はウェザーに左腕を捕らえられ、バシュっと言う音と共にコネクタとメモリを打ち込まれる。
 最初に襲ってきたのは、強烈な違和感。そして、次の瞬間には、左腕を中心にして激痛と言う言葉では生温いくらいの、強烈な痛みが襲ってきた。
「が……ぅあああああぁぁぁっ!?」
 のけぞりながら、俺は意識しないで自分の姿を「タイガーオルフェノク」から「灰猫弓」に戻していた。
 何だ、これ!?
 気持ち悪ぃ、体が痛い、世界が回る。頭ン中で、誰かの声が響いてくる。
 殺せ、壊せ、拒絶したモノ、全てを。本能のままに相手を屠れ。脆いモノは壊すべきだ。
『フフフフ……素晴らしい。実に素晴らしい! …………とは!!』
 そう笑うウェザーの声が、いやに遠い。言葉も、よく聞き取れない。
 煩い、黙れ、鬱陶しい。ああクソ、なんでこんなに苛立つんだ? 何もかも、全てが煩わしい。
 ……いっそ、壊すか? それも良いな、ああ、悪くない。
 そんな風に思った瞬間だっただろうか。俺の視界に、一人の女の顔が広がった。
「灰猫さん、大丈夫ですか!? しっかりして下さい!」
「彩……塔、さん……?」
 そう呟いた刹那。俺の体から、違和感の元が抜け落ちたのを感じた……


Sの落とし穴/過剰不適合者
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